ベルゼ・カルネ前編
死の大地にあるアイシスの居城より東に1kmほどの位置に、食品などの品種改良や生産を行う施設がある。外観はそれほど大きな建物ではないのだが、中は時空間魔法により空間拡張されており非常に広い。
主に実験的に様々な食品を作り出して試験するのがこの施設の役割であり、極寒の地である死の大地でも育てることが可能な作物、晶花宴などの死王配下が主催する行事で提供される酒類などが日々研究されている。
この施設の責任者といえるのが死王配下のひとりベルゼ・カルネであり、一度食したものは己の魔力を元に生成可能という能力を応用して、複数の食物をかけ合わせたりしつつ新種ともいえるような食材を制作している。
またベルゼはかなり特殊な来歴を持つ存在であり、対外上の処置として、アリスより公爵級高位魔族の認定を受けてはいるが魔族というわけではなく、世界の特異点たる宮間快人が異世界から連れ帰ってきた存在だ。
己の抱える孤独感に気付かないままそれを食欲と勘違いして暴食の限りを尽くしていたという境遇が、どこかかつてのアイシスに似ていたこともあって、快人よりアイシスを紹介され意気投合したことで死王配下に加わった存在である。
ベルゼは自身の孤独を解消してくれた恩人ともいえる快人を非常に慕っており、人型の外観を作る際に髪や目の色は快人に似せて作っていた。
最初は見た目も快人に寄せていたのだが、快人と仲睦まじくしている妻や恋人が羨ましく、自身も後々はそういった関係になりたいと願って女性体の姿をとるようになった。
服装も魔力で作ったものではあるが、ジーンズに白のシャツ、黒いフード付きパーカーと快人がよく着ている服である。
そんなベルゼはいま、食品精製施設の中で一本の大きな木の前に立っていた。新しく作った植物を時空間魔法で時間の流れを加速させて成長させ、その経過を観察している最中である。
経過観察をしながら、ベルゼは懐からケースに入ったタブレット菓子を取り出し、笑みを浮かべた後でそれをピンッと親指で上に弾く。
タブレット菓子はある程度の高さまで行くと、急に膨れ上がるように姿を変えて百メートルはあろうかという巨大な肉塊に変わる。
空間拡張された広い部屋のおかげで壁や天井に当たる問うことは無かったが、重力によって自然落下してくる百メートルの肉塊の迫力は凄まじく、常人であれば容易く押しつぶされて終わりだろう。
だがベルゼはそんな肉塊を見て、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「んぇぁ……」
そして直後にベルゼの体が縦にふたつに裂け、中から黒いヘドロのようなものが勢いよく噴き出したかと思うと、そのヘドロが巨大な口の形になって肉塊を丸呑みにしてしまう。
肉塊を丸呑みにしたヘドロは逆再生のようにベルゼの裂けた体に吸い込まれていき、ふたつに割れていたベルゼの体も元に戻る。
「ふはぁ……とても美味しい。ん~普通のタブレット菓子の状態でもお腹は満たされるけど、大きなものをバクッて食べたほうが食べてる感じがしていいな。やっぱり、カナーリス様にお願いしてこの機能を付けてもらって正解だったよ」
ベルゼの一日の平均的な食事量はカロリー換算でおよそ80億キロカロリー、人間族の成人男性の一日の必要摂取カロリーが2300キロカロリー~2700キロカロリーほどと仮定すると、ベルゼひとりで三百万人分の食事量と考えればその凄まじさが理解できるだろう。
そしてその80億キロカロリーというのも、限界でもなんでもない。なにせ、ベルゼはかつて異世界で五つの銀河を食い尽くした暴食の化身であり、むしろ最近は「心が満たされてるおかげで小食になった」と自負しているほどである。
もっともいまは快人の部下を自称する全知全能の神カナーリスによって作られた超高カロリータブレット菓子のおかげで、一般的な食事量でもまったく問題はない。
もちろん、そのタブレット菓子を常人が食べれば、体内で膨れ上がったカロリーで爆散して死ぬが、ベルゼにとっては腹持ちのいい食べ物程度の認識である。
「今度は、スパイシーな味付けの物も作ってもらおう。ああでも、その前にカナーリス様にお礼を……う~ん、この前作ったベーコンが凄くいい感じだから、アレを……」
ベルゼがいつもお世話になっているカナーリスに自分が作った食品でお礼をと考えていると、施設に誰かが入ってくる気配を感じて、ベルゼは思考を止めて入口の方を振り返る。
「ベルゼ~お邪魔するっすよ」
「ウルペクラ? いらっしゃい」
施設にやってきたのはウルペクラであり、ベルゼは軽く首を傾げつつも快く出迎える。
「今日はどうしたの? ……はっ!? まさか、晶花宴でカイト様とアイシス様と一緒の席だったことを自慢に……」
「あ~アレは本当に最高のひと時だったっすね。いやもぅ、幸せそうなアイシス様やカイト様を近くで見れるだけでも最高だってのに、晶花宴のことでアイシス様に褒めて貰ったりカイト様に頭を撫でて貰ったりして、いや~最高っすね!」
「……グルルルル」
「自分で振ってきといてキレるのやめてもらえれねぇっすか……」
快人もアイシスも大好きなベルゼにとってウルペクラの自慢話は嫉妬の感情を掻き立てるには十分であり、体中に鋭利な牙が付いた口を出現させ、長い髪の先も口に変えて凄まじい様相で威嚇するような唸り声を上げる。
そんなベルゼを見てウルペクラはどこか呆れたように苦笑する。実のところ、ウルペクラとベルゼはかなり気が合う。
理由は単純でどちらもアイシスと快人が大好きで話が弾むというのが大きい、このやりとりも当然冗談……気心知れた者同士の冗談である。ガチン、ガチンをベルゼの体中から牙を打ち鳴らす音が聞こえるが、冗談……のはずである。
「ほら、その大量の口を引っ込めるっす。この前買ってきたヒカリ饅頭あげるっすから」
「くぅっ……ゆ、許す!」
まぁ、特段問題があるわけではない。ベルゼの機嫌を取るのは簡単で、美味しい食べ物を渡せばいい。もちろん元々仲の良い家族同然の死王配下同士だからこそではあるが、とりあえず美味しい食べ物を渡せば大抵のことは許してくれる。
「……ん~やっぱり、ヒカリ饅頭は凄く美味しくていいね。最高!」
「包装紙ごと食うんじゃねぇっすよ……」
パクパクと手に出現させた口でヒカリ饅頭を個包装の包装紙ごと食べながら、幸せそうな表情を浮かべるベルゼを見て、ウルペクラはどこか呆れたように苦笑した。
~ちょっと解説~
【部下ゴッド】
相も変わらず有能で、困った時は頼っておけばなんとかしてくれる全能の神。百年後も表情筋は死滅したままだが、快人の部下として毎日楽しく過ごしている様子。
日々の幸せヒストリーを、別世界の神に自慢げに話してぶん殴られているのも変わっていない。
最近カレー作りに凝っており、スパイスも自分でいろいろ新しいのを作っているとかなんとか……。




