閑話・生き方と運命の出会い
偶然かある意味では必然か、それとも裏で糸を引いた者のおかげか……コルネが外の世界に出るにあたって最初に掲げた目標は爆速で達成となった。
とはいえ、育ての親の老婆の願いもあり彼女は外の世界で新しい生き方を見つけるつもりで、あくまでアイシスに感謝の言葉を伝えるのは最初の目標というだけで、外の世界でやるべきことが終わった訳ではない。
アイシスの誘いを受けてクリスタルシティにやってきたコルネは、アイシスが家などを用意してくれたこともあって申し訳なさを感じつつも、いままで山から出ずに狭い世界で生きてきたが故の知識不足をアイシスや死王配下たちの協力を得ながら解消していった。
元々素直で真面目な性格のコルネは、すぐに様々なことを学び一般常識もしっかり身に着けた。もちろん知識や経験不足のすべてが解消されたわけではないので、不意に知らない要素が出てきて混乱することなどもあるがおおむね順調に日々を過ごしていた。
「……配達、ですか?」
「……うん……コルネは時空間魔法も得意だし……仕事として向いてるかなって……どうかな?」
「やります」
「……じゃあ……最初は私からいくつか依頼……この手紙を……それぞれの場所に届けて欲しい……期間には余裕があるから……一通ずつゆっくり届けてくれればいいよ」
以前言っていた通りコルネに紹介する仕事として、アイシスが提案したのは配達業だった。コルネは戦闘スタイル自体は近接パワータイプではあるが、時空間魔法に適性が強く転移魔法などがかなり得意だった。
そんなコルネの適性を生かす仕事として、アイシスが提案したのが手紙や荷物の配達だった。
アイシスにお世話になっている現状に申し訳なさを感じていたコルネにとって、仕事の提案は待ち望んだものともいえる。
ようやくアイシスに恩を返せるようになるのだと勇みながら、コルネはアイシスの提案を了承した。
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ハミングバードや荷物の転移など便利な魔法はあるが、高価な魔法具が必要だったり制限があったりで誰しもがそれを利用できるわけではないため、配達業というのは一定の需要は存在する。
もちろんアイシスにそんなものは必要ない筈なので、コルネに仕事として託された複数の手紙は、コルネが仕事に慣れるためにあえて依頼してくれたのだとコルネも理解していた。
ただ気になるのは、手紙にはそれぞれ期間が指定されており、三日から五日ほどの帰還を空けて順に配達するようになっていた。
(……こういう日時の指定とかも、配達には大切ってことかな)
指定された日に手紙を届ける練習も兼ねているのだろうと、そんな風に感じつつコルネは最初の配達先である魔界最大の森林都市ユグフレシスへとやって来てた。
手紙を届ける相手は界王リリウッドであり、謁見の手続きなどをして会うことになるのだが……アイシスから事前に話が通っているのか、スムーズに会うことができた。
『配達、ありがとうございます。確認させてもらいますね……ふふ、なるほど……アイシスはずいぶん、貴女を気にかけているみたいですね』
「アイシス様が?」
『ええ、手紙には貴女にユグフレシスの街を見て回らせてあげて欲しいと書かれています』
「ッ!?」
『おそらく他の手紙も……貴女に世界のあちこちを見てもらいたいのでしょうね。私の眷属をひとり案内に付けます。是非、ユグフレシスの街を楽しんでいってください』
「……っ……はい」
目の奥が熱く痺れるような感覚を覚えつつ、コルネはリリウッドに深く頭を下げる。
コルネはクリスタルシティに来て、住居や勉強、金銭などでもアイシスに世話になってばかりで、その恩を返すために働きたいと考えていたし、実際にアイシスが仕事を紹介すると約束していなければクリスタルシティで仕事をするようになっていただろう。
だが、アイシスはそれをよしとしなかった。山の中から外の世界に出て、これから新しい生き方を見つけようとしているコルネに、広い世界をたくさん見て欲しいと考え……自然に仕事として各地を訪れつつ、様々なものを見れる機会を用意したのだった。
手紙の配達日がかなり余裕をもって設定されていたのも、今回のリリウッドへの手紙の様に、コルネが観光できる時間を確保するためであるのは間違いなかった。
(恩を返すつもりが、もっと大きな恩を……でもせっかくのアイシス様の厚意なんだから、ちゃんと受け取って見識を広げるのが、一番アイシス様が喜んでくれると思う……あと、なんだろ……困ったな……お世話になってばかりで申し訳なく思わなくちゃいけないのに、アイシス様が私のことを想って手を回してくれたのは……嬉しい)
当たり前のようにコルネを気にかけて優しく道を示してくれるアイシスに、コルネは感動で涙を浮かべながらもどこか嬉しそうだった。
育ての親である老婆と過ごしていた頃を思い出す。心からコルネを気遣う優しさが……胸を温かくしてくれた。
それからコルネは、アイシスの厚意を受け取り手紙を届ける過程で様々な場所を見た。
魔界の各所、人界、はては神界まで……なにもかも新鮮な場所を訪れ、アイシスが手紙で頼んでくれたこともあって案内をしてくれた相手と知り合いになり、交友の幅も広がった。
ひとつ手紙を届けてはアイシスの元に報告に戻り、配達先で自分が見たものなどを伝えた。コルネの話をアイシスは楽しそうに聞いてくれて、また胸が温かくなった。
そしてアイシスから預かった手紙を全て配達するころには、数ヶ月が経過していた。
「……お婆ちゃん、世界は私が想像していたよりもずっとずっと広かった。たくさんの場所を回ったのに、まだ全然知らないことがたくさんある。だけど新しい生き方は……進みたい道は……見つけた」
転移魔法で故郷の山に戻って来て老婆の墓参りをした後で、コルネは確かな決意と共にアイシスに会いに行った。
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死の大地にあるアイシスの居城で、アイシスはコルネの来訪を喜んでくれて、応接室でお茶を飲みながら話をすることになった。
「……アイシス様、預かっていた手紙、全部配達しました」
「……そっか……ありがとう……たくさんあって……大変だったでしょ?」
「いえ、楽しかったです」
「……それなら……よかった」
コルネの言葉にアイシスが優し気な微笑みを浮かべ、それを見たコルネも小さく笑みを浮かべつつ……どこか決意の宿った目でアイシスを見る。
「今日は、アイシス様にお願いがあって来ました」
「……お願い?」
「はい。私を……アイシス様の配下にしてください」
「……私の配下に……いいの?」
「はい。アイシス様のおかげでたくさんのものを見ました。いろいろなことを教わりました。世界は私が思っていたよりずっと広くて凄くて、感動しました。でも、それ以上に手紙を届けたってアイシス様に伝えにくるのが……幸せでした。表現は難しいです。まだまだ知らないこともあって、もっといろんなものも見たいです。でも……帰ってくるのはここが……アイシス様の場所がいい……だから、貴女の配下になりたいです」
それはまっすぐで真摯な言葉だった。素直に自分の言葉を口にして、アイシスの元を己の帰る場所にしたいと告げるコルネの言葉に、アイシスは嬉しそうに微笑む。
恩を返すのでも世話になった申し訳なさではなく、本人の願いとしてアイシスの元に居たいと、そう口にしてくれるのがなにより嬉しく感じた。
「……コルネがそう思ってくれたなら……私も嬉しい……これから……よろしくね」
「はい!」
優しく頷くアイシスを見て、コルネはパァッと表情を明るくする。背負った育ての親の願いでもない、積み重なった恩の返済でもない。
他のなにでもなくコルネ自身の「こうありたい」という願いとして、彼女はアイシスの配下になることを……己の新しい生き方として決めた。
それはきっと、間違いなく……彼女にとってなによりも正しい正解なのだろう。
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正式にアイシスの配下となったことで、コルネはクリスタルシティからアイシスの居城に移り住むこととなり、荷物を運び終えた後は他の死王配下への挨拶へ向かった。
そして、その道中の廊下……そこで彼女は運命と出会うことになる。
「あっ、初めまして! 新しい子だよね? 私は、アルシャ! よろしくね! 私もつい最近配下になったばかりで、殆ど一緒のタイミングでの所属だし仲良くできたら嬉しい!」
「……」
眩しい程の笑顔で挨拶をしてくる黒い猫耳と三本の尻尾が特徴のアルシャを見て、コルネは雷に打たれたかのような感覚を味わっていた。
(え? ……可愛……可愛い……耳が可愛い、目が可愛い、鼻が可愛い、顔が可愛い、笑顔が可愛い、尻尾が可愛い、全部なにもかも可愛い……え? な、なにこれ? こ、こんな可愛いの化身のような存在が……)
それはコルネが生まれて初めて抱く思いで、文字通り雷に打たれたかのような一目惚れだった。目の前のアルシャに見惚れてしまって、思考が全て「可愛い」で埋め尽くされてしまっており、まともな言葉が出てこない。
完全に硬直しているコルネを見て、アルシャは不安そうな表情で首をかしげる。
「……あっ……えっと……な、馴れ馴れしすぎた……かな?」
「う、ううん。すぐに反応できなくてごめん。私はコルネ……私も、仲良くできたら嬉しい」
「よ、よかった~! 同期に初対面で嫌われたらショックで寝込むところだったよ……よろしくね、コルネ!」
「ん」
眩しい程の笑顔でアルシャが手を差し出し、一拍遅れてコルネも手を伸ばして握手をする。
「私の方がちょっとだけ先に入ったから、分からないことがあったら聞いてね……なんて、私も分からないことが多いんだけどね!」
「ん……ありがとう、アルシャ」
「えへへ……あっ、あんまり引き留めても駄目だよね。また後でゆっくり話そうね! じゃ、またね~!」
コルネと仲良くなれそうなのが嬉しいのか笑顔を浮かべた後で、アルシャはコルネの挨拶回りを邪魔しないために大きく手を振って去っていく。
元気いっぱいのアルシャを小さく手を振って見送り……その姿が見えなくなったところで、コルネはガクッと頽れて膝を突く。
(……あ、足に力が入らない……お、お婆ちゃん、知らなかったよ。可愛さを過剰に摂取すると、まともに立っていられないぐらいのダメージがある。で、でも駄目、こんな姿をアルシャに見せたら引かれてしまうから、ちゃんと自制しないと……で、できる? が、頑張らないと……)
とてつもない衝撃と共に一目惚れをしたコルネではあったが、彼女自身は極めて善良で良識のある人物であり、己の事も客観視できるマトモさはある。
いまの状態をアルシャに見せれば間違いなく引かれてしまうというのも分かった上で、今後はしっかり自制しなければと強く心に誓った。
~ちょっと解説~
【にゃーにゃー言ってない頃のアルシャ】
キャラ付けに「にゃ」を付け始める前のアルシャ。特に性格などは変わっておらず、明るく社交的なのは元からであるが、この時は念願のアイシスの配下になれて浮かれており若干テンションは高かった。
後にコルネはこの時の初対面を「可愛いという概念でぶん殴られた気分だった」と語っている。




