閑話・意志と名
老婆の死後、コルネは黙々と鍛錬を行いつつ日々を過ごしていた。五年を五千年と聞き間違えたこともあり、既に老婆と過ごした時間よりも長い二百年という月日が経過していた。
そんなある日、いつもの同じはずの日々に変化……コルネがこの山に住むようになって初めて、外の世界からの来訪者が現れた。
「……爵位級高位魔族?」
「そうです。貴女は男爵級高位魔族の条件を満たしたので、そのお知らせですね。まぁ、別にだからってなにかがあるわけじゃなくて、一定の強さ基準に到達したって思ってくれればいいですよ」
「なるほど……えっと、貴方は?」
「おっと、失礼。名乗るのが遅くなりましたね。私はノーフェイス……六王のひとりです」
「ノーフェイス様? あ、えっと……六王というのは、なんですか?」
「ん~まぁ、軽く説明しますか……」
鎖の付いた黒いフードを着た存在はノーフェイスと名乗り、コルネが男爵級高位魔族に認定されたことを伝えてきた。
もちろん外の世界を知らないコルネにはなんのことかさっぱり分からず、一から爵位級高位魔族と六王について教えてもらった。
ちなみにこれまで使う機会は無かったが、老婆から敬語などもちゃんと教わっているので、ノーフェイスに対してしっかり敬語を使って話していた。
「……というわけです、理解できました?」
「ん。教えてくれて、ありがとうございます」
「急に押しかけたのはこっちですし、そのぐらいのサービスはお安い御用ですよ。しかし……なかなかパワフルですねぇ」
「……えっと、その……困ってます。最近力が強くなりすぎて、鍛錬をするとこんな風に……」
爵位級高位魔族や六王について説明を終えたノーフェイスが視線を向けたのは、コルネが鍛錬を行っていた場所。あちこちクレーターだらけになり、激しい戦闘でもあったのではないかというような惨状であった。
そして、ノーフェイスの言葉にコルネは鍛錬を行った結果の惨状であり、以前ならともかく最近はあちこちを壊してしまうことに困っている様子だった。
「まぁ、対策術式も防護結界も無しでやってりゃ、そうなるでしょうね」
「対策術式? 防護結界?」
「……ん~まぁ、貴女に戦い方を教えた人は対策術式が必要なほど強くは無かったでしょうし、知らなくても仕方ないと言えば仕方ないですね」
「……」
呟きながらノーフェイスがコルネを見ると、コルネは明らかに困った表情を浮かべていた。まだまだ、老婆と約束した五千年まで年月はあり、いまでこの惨状であればもっと強くなったら山を壊してしまうのではないかと心配している様子だった。
「……はぁ、仕方ないっすね。基礎ぐらいなら教えてあげますよ」
「いいんですか?」
「乗りかかった舟ですし、大した手間じゃねぇっすからね。あと他の必須技能系は……本をあげるので、それ読んで勝手に勉強してください」
コルネの様子を見てノーフェイスは簡単な指導を提案し、コルネに周囲に被害を及ぼさないような対策術式や結界魔法をいくつか教え、他にも様々な術式や技能が記された本を大量に置いてから「じゃ、また貴女が子爵級になることがあれば会いましょう」と言い残して去っていった。
そんなノーフェイスを見送り、コルネは内心でかなりの衝撃を受けていた。
(……強さの底が、全然見えなかった。隙だらけに見えて、まるで隙が無い感じ……外の世界には、あんなにも凄い人が居るんだ。お婆ちゃんが、五千年鍛錬しろって言った理由がよく分かった)
聞き間違えではあるのだが、ノーフェイスという魔界の頂点の一角を見たことで、外の世界にはいまの己では強さを測ることすらできないレベルの強者が存在することを理解して、コルネはより一層鍛錬に力を入れていくこととなった。
****
ノーフェイスのおかげで鍛錬の環境が劇的に改善されたこともあり、コルネは鍛錬でメキメキと実力を伸ばしていった。
そして老婆の死から七百年ほどが経過したタイミングで、再び彼女の前にノーフェイスが現れた。
「いや~お久しぶりですね。五百年ぶりですけど、私のことは覚えていますか?」
「覚えてます、ノーフェイス様。たくさんの本、ありがとうございました。よかったら、ノーフェイス様も食べますか?」
「じゃ、せっかくなんでいただきますかね」
コルネが夕食用に焼いていた獣を差して告げると、ノーフェイスは苦笑しつつコルネの誘いを受ける。そして、コルネに手渡された串焼きを、黒い霧で覆われたフードに突っ込んで食べながら世間話のように告げる。
「そうそう、コルネさんは子爵級高位魔族に認定です。いや~子爵級まで七百年はなかなかのハイペースというか、トップクラスですね」
「よくわからないですけど、えっと……次は伯爵級、でしたっけ?」
「ええ、ですが、子爵級から伯爵級は結構大きな壁があるので、ここで躓く人は多いですね。さすがに次は結構時間がかかるでしょうね」
ただの一般魔族から爵位級高位魔族にも大きな壁があるが、それ以上に高いのが子爵級から伯爵級の壁であり、この時点では事実上の最高位ともいえる伯爵級の壁に阻まれた子爵級は大勢いる。
「なるほど、ノーフェイス様は物知りでいろいろ教えてくれるので、ありがたいです」
「……いい子なんすよねぇ。けど、ウチの陣営には致命的に向いてないんですよね~戦闘スタイル的にはゴリラさんとかが気に入りそうですけど、戦闘好きってわけでもない、性質的に向いてるのはクロさんのところでしょうがシックリとは来ない……ピッタリ合う陣営は無さそうですね」
「ん? ノーフェイス様?」
「ああいえ、なんでもないですよ。ご馳走様、なかなか美味しかったです……では、貴女が伯爵級に到達することがあれば、また会いましょう」
コルネは性格もよく才能もノーフェイスの目から見てかなりものであり、優良物件と言えるような存在ではあるのだが……性格的にも能力的にも幻王陣営には向いていないので勧誘したりはしなかった。
かといって他にコレという感じで適している陣営があるわけでもないので、特にそういった話はせずに独り言を呟くだけに留め、軽い言葉と共に姿を消した。
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老婆の死から約三千年、老婆との約束……とコルネが思い込んでいる五千年の半分を超えたころ、コルネは封印されている斧を遠目に見つめていた。
老婆は一族の罪に縛られるなと言っていたが、どちらにせよ五千年は鍛錬をするのだからとコルネは老婆から引き継ぐ形で封印を見守っていた。
ノーフェイスに貰った本のおかげで結界魔法などもしっかり学べたため、劣化した封印結界を修復したりしつつ今日までやってきた。
そんな彼女の耳に、とても懐かしい声が聞こえてくる。
「いや~お久しぶりですね。とはいえ、あれから二千三百年なら十分すぎるほど早いですけどね」
「……ノーフェイス様? 貴女が来たってことは……」
「ええ、おめでとうございます。コルネさんは伯爵級高位魔族の基準を満たしましたので、その認定にきました。この上の公爵級は実質ひとり専用なので、伯爵級が事実上の最高位ですね」
「伯爵級……私は、だいぶ強くなれたんでしょうか?」
「ええ、間違いなく魔界でも一握りの強者ですよ」
「じゃあ……いまの私なら……アレをどうにかできますか?」
ノーフェイスが告げた言葉を聞き、コルネはどこか神妙な雰囲気で視線の先にある斧を指さした。
「……貴女の育ての親は、一族の罪には縛られないで欲しいって言ったんじゃなかったですっけ?」
「うん? なんで、ノーフェイス様がそれを知ってるんですか?」
「私はなんでも知ってるんすよ」
「ノーフェイス様は物知りで凄いです」
なんでも知っているというノーフェイスの言葉を特に疑ったりすることは無く、コルネは素直に感心した表情を浮かべる。コルネらしい善良さと素直な性格が感じられ、ノーフェイスは軽く苦笑を浮かべる。
そしてコルネは、少し沈黙した後で視線を斧に向けて口を開く。
「……縛られるつもりはないです。でも、背負いたいんです。大好きなお婆ちゃんの想いも願いも、後悔も……一族の役割も、お婆ちゃんが残してくれたものは全部……でも、お婆ちゃんと同じように見守るだけじゃ、お婆ちゃんの願いは背負えない。だから、封印を見守るんじゃなく……あの斧そのものをどうにかしたいです。でも、私には、その方法が分からない」
「……」
真っ直ぐに自身の想いを口にするコルネの言葉を聞いて、ノーフェイスは少し沈黙した後でフッと笑みを溢す。
「……死者の想いを背負って生きるですか……そのことの是非は置いておいて、個人的には好きな考えではありますね。しかたない、少しアドバイスしてあげますよ」
老婆の想いを背負って生きたいというコルネの言葉を聞き、ノーフェイスは彼女自身がいまも背負い続ける親友の言葉を思い出し、少しの共感を覚えた。
そしてなんだかんだ言いつつも、彼女は善人にはアレコレ世話を焼いてしまう優しさを持っており、軽くため息を吐いたあとでコルネに必要な情報を口にする。
「……必要なのは、意志と名です」
「意志と、名?」
「ええ、そもそもの話、なぜあの斧が無差別にテリトリー内のものを攻撃しているのか、それはあの斧が意志を持って周囲を攻撃しているわけではありません。意志のようなものはあるかもしれませんが、あの斧にそこまでハッキリとした自我は無いです。ただ、あの斧は使用者の意志に強い影響を受ける性質を持つんですよ」
「使用者の意志……じゃあ、あの斧が周囲を無差別に攻撃するのは……」
「そう、初めにあの斧を目覚めさせた者は殺意と憎しみを持ってあの斧を使おうとしました。しかし、そいつには斧を御せるだけの実力は無かった。結果として殺意と憎しみに影響を受けた斧は、周囲を無差別に攻撃するようになったと……それが、そもそもの始まりです」
ノーフェイスの言葉を聞いて、コルネは以前に老婆から聞いた言葉……「あの斧が悪いわけじゃない」という言葉を思い出していた。
「それを元に戻す方法は単純です。貴女の意志で上書きする。貴女があの斧を手にして、その力をどう振るいたいのか、なんのために使うのかを明確な意思として心に据えた上で斧の柄を掴みなさい。そして、あの斧に名前を付ければOKです」
「……名前ですか?」
「ええ、名前ってのはその存在の在り方を定めるのに大切な要素なんすよ。貴女が、育ての親に名前を貰って名も無き魔族からコルネに成ったように、名前というのはその存在の在り方を固め安定させます。そうすれば、あの斧も落ち着くでしょう」
「……ノーフェイス様……ありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。上手くいくかどうかは貴女次第ですしね」
深く頭を下げるコルネに軽い口調で告げてからノーフェイスは身を翻る。
「さて、それじゃあ私はそろそろ失礼しますね」
「ノーフェイス様……もう、会えないんですか?」
「さぁ、どうでしょうね? 縁があったら会えるかもしれないですね。ではっ」
伯爵級が事実上の最高位であり、そこに到達したということはもうノーフェイスが昇格を連絡しに来ることも無い。そのことに少し寂しそうな表情を浮かべたコルネだったが、ノーフェイスは相変わらず軽い口調で告げた後に手を振って姿を消した。
それを見送り、ノーフェイスが消えた方向に一度深く頭を下げて感謝の気持ちを示した後で、コルネは真剣な表情で斧の方を向いた。
そして自分自身の考えを整理するように少しの間動きを止め……封印の柵の中に入った。
直後地面から飛び出した魔力棘がコルネの体を貫く。伯爵級高位魔族に到達し圧倒的な力を得た筈のコルネの体であっても、あらゆる魔力防御を貫通して行われる攻撃を防ぐことはできない。
体にいくつもの魔力棘が刺さり、全身串刺しといっていい姿になったコルネだったが……特に気にした様子も無く、刺さった魔力棘を砕きながら斧に向かって歩き始める。
次々に突き刺さる魔力棘に体を貫かれ、体に空いた穴から血が流れだしても即座に治癒し、ダメージなど意に介さずに歩き続ける。
斧に近付けば近づくほどに魔力棘の数は増え、斧が眼前に迫った際にはコルネの体が見えなくなるほど膨大な数の魔力棘が襲い掛かり、コルネの体を飲み込んで黒い棘の球体のような形になる。
しかし一拍の後、その棘の球体を砕きながらコルネが現れ、そのまま手を伸ばして斧の柄を掴む。
(……お婆ちゃんが教えてくれた。力が全てではない、だけども力の無さは後悔に繋がることもある。私に力が無ければ、この柄を掴むこともできなかった……だから私は、この斧の力を後悔しないための力として振るう。いつかお婆ちゃんみたいな大切に思える相手に巡り合った時に、その人を守れるように……後悔しなくてすむように……)
絶え間なく突き出てくる魔力棘に体を貫かれながら、コルネは強い意志を持って柄を握り……口を開く。
「だから……私と一緒に来て……ベオウルフ!」
ノーフェイスから貰ったアドバイス通りに、意志を込めた後で斧に名を与えた。その瞬間、コルネの体を突きさしていた魔力棘が煙のように消え、斧が咆哮した。まるで、新しい主との出会いを喜ぶかのように……。
すっかり大人しくなって手に収まった斧を見て、コルネは直感的に感じ取った。この斧は自身を主と認め、力を委ねてくれたのだと……。
「……ありがとう。これからよろしく、ベオウルフ」
コルネの言葉に反応するように斧がもう一度咆哮を上げ、コルネは小さく微笑みを浮かべた後で斧を手に柵の外にでる。
老婆の一族が抱え続けた罪……それを御し背負うことに成功したコルネの目はしっかりと前を見つめており、これからは斧の使った戦い方を鍛錬しようと、そんなことを考えていた。
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コルネが斧……ベオウルフを手にしてからさらに千三百年ほどの時が流れ、相変わらず辺境の山で鍛錬を続けるコルネの姿を、遠く離れた場所からノーフェイスが見つめていた。
たまたま近くに来る用事があり、様子だけを見ようと立ち寄った形でありコルネの前に姿を現す気は無かった。
ノーフェイスはフードを外して素顔を出していたが、コルネの鍛錬を見つめるその目にはどこか憐れみの色があった。
(……いい子だとは思いますし、個人的に応援したいって気持ちもあります。でも……残念ながら、あの子が背負った願いは幸福な結果を呼ぶことは無い。あと一万五千年ぐらい早ければ話は違っていたかもしれませんが……駄目ですね。あの子の想いは、言葉は……アイシスさんには届きません)
コルネ個人に関しては性格にも好感が持て、死者の後悔を背負うというその生き方に共感も覚えている。だが、三界一の頭脳を持つノーフェイスから見て、コルネの進む先の道は詰んでいるとしか感じられなかった。
(傷つき心がすり減り、ひとつの願いだけを妄執し他を全て拒絶するようになってしまったいまのアイシスさんに、あの子の言葉は届かない。いや、それどころか……『死の魔力に対抗できる実力者を介して届けられる礼の言葉』……それは、アイシスさんを傷つける結果にしかならないでしょうね)
ノーフェイスの目から見て、もはやアイシスの心は分厚い氷に覆われてしまっており、温かな言葉が届くことは無い。
コルネが純粋に老婆が言えなかったお礼の言葉を伝えとして、いまのアイシスは『自分はそんな一言すら強者伝いでなければ受け取れない』と穿った捉え方をして傷つく結果にしかならない。
(いまのアイシスさんには、私たち家族ですら差を感じさせられる対象になってしまっていますしね。正直、本人には言えないですし、言いたくもないですが……アイシスさんの願いはほぼ詰んでるとしか思えないんですよね。もうどれだけ足掻いても、アイシスさんの願いが叶う未来は来ないって、そう思えてしまいます……まっ、それは……私の願いも……ですかね)
世界単位の話をするのであれば、いま世界は友好条約が結ばれてしばらくの時が経ち、三界に交流が生まれたことで大きく発展しているといっていい。
だが、そんな世界の発展とは裏腹に、ノーフェイスの目から見ていくつかの状況は詰みと言える状態に到達していた。
ノーフェイス自身の願いも含め……もはや彼女の頭脳をもってしても、どうやったら叶うのか分からなくなってしまっている。叶う未来が思い描けなくなってしまっている。
「……ままならない……ものっすね」
そんな小さな呟きと共にノーフェイスは空を見上げた。視線の先にはまるでいまの彼女の心境を現すかのような分厚く暗い雲が広がっていた。
ノーフェイスが感じていたいくつもの詰んでいると言える事柄……クロムエイナの欲しいもの、アイシスの願い、自身の悲願、魔王となった者の嘆き……どうにかなる未来を思い浮かべられないそれらを、根こそぎひっくり返してしまう特異点が後に現れることは、さすがのノーフェイスの頭脳でも予想することはできなかった。
そう、世界に特異点……宮間快人が現れて、魔界を取り巻く状況は大きく変化し……そして、コルネが五千年の鍛錬を終える時がやってきた。
~ちょっと解説~
【特異点】
本編の主人公にして、ほぼ一年でトリニィアの割と根深い問題を含めて根こそぎひっくり返して解決した上に、創造神の心も思いっきり動かした存在。
本当に特異点としか呼べないほどの成果であり、アリスちゃんも救われた後に何度も腹を抱えて笑っており「この人には絶対勝てないな」と、そんな風に考えている相手。
特にアイシス関連は、快人が現れないとまったく好転しないというか、結果がバッドエンドしかない状態であるため本当にアイシス関連では最重要の存在である。




