小さな体に秘めた大きな力
コルネの予想外の発言には驚いたし、意図を考えもしたが……なにを隠そうアルシャ、切り替えは早い方……もとい、あまり深く考えない方である。
コルネの態度は普段通りであり、特に妙な感じも無いため「まぁいいかにゃ」と普通に雑談に移行していた。
「……それで、ウル先輩のせいで散々追い掛け回されたにゃ! 酷い話にゃ!!」
「それは、大変。大丈夫だった?」
「まぁ、シリウス先輩やラサル先輩も私がウル先輩に巻き込まれたってのは分かってたにゃ。だから、ある程度経ったら追ってこなくなったから、見逃してくれたんだと思うにゃ。ちなみにウル先輩はもちろん見逃されてなくて、ずっと追いかけられてたにゃ」
「そっか」
少し前にあったウルペクラに巻き込まれて共犯にされ、シリウスとラサルに追いかけられたことに関して愚痴るアルシャに対して、コルネはいるも通り穏やかに聞く。
両者の性格もあるのだが、基本的にふたりでいる時に主に話すのはアルシャであり、コルネはそれに相槌を打ちながら聞く形になることが多い。
もちろん適当に聞き流したりしているわけではないので、アルシャとしても話しやすい。くだらない話であってもしっかり最後まで付き合ってくれるコルネの優しさが好きであり、こうしてふたりで話している時間は楽しかった。
「それで、今回という今回はウル先輩にガツンと文句を言ってやろうと思ったにゃ! それで翌日にウル先輩のところに行くと、ウル先輩は『あっ、そういえば渡し忘れてたっす。ちょっと前に友好都市に行く用事があって、アルシャが食べたいって言ってたヒカリ饅頭を、お土産に買ってきたっす』って……ズルいにゃ!? あのペテン狐は、そういうズルいことするにゃ!!」
そう、あの一件の後アルシャは憤りと共にウルペクラの元を訪れた。アルシャは激昂していた。必ずかの邪知暴虐の狐に償いをさせねばならぬと決意した。
しかし、いざ怒りの声を上げようとしたタイミングで差し出されたのは、ウルペクラからのお土産だった。
「前に雑談の中で私がヒカリ饅頭食べたいってのを覚えてて買ってきたにゃ! しかも、一番大きくていっぱい入ってるやつにゃ……そんなの嬉しいにゃ!? 感動しちゃうにゃ!」
「ウルペクラが本当に忘れてたとは思えない。たぶん、そういうタイミングで渡すために持ってたんじゃないかな」
「私もそう思うにゃ! 絶対、私が文句言ってきた時に黙らせるために隠してたにゃ!! そんにゃ、そんにゃ、小賢しい手段で私のご機嫌を取れると思ってるにゃ!!」
「……許したんだね」
「許したにゃ! だって嬉しかったにゃ……美味しかったにゃ……うにゃぁぁぁ、またウル先輩の掌で転がされたにゃぁ……あっ、コルネにもヒカリ饅頭あげるにゃ」
「ありがとう」
アルシャが本気で怒っているわけではなく、単なる愚痴であるというのはコルネも分かっており、アルシャからヒカリ饅頭を受け取りつつ小さく口角を上げて苦笑する。
そのまま穏やかに雑談を続けていると、鍛錬用の空間隔離結界に誰かが入ってくる気配を感じて、ふたりそろってそちらを振り向く。
『おや? 先客が……おぉ、アルさんとコルさんでありますね!』
「この組み合わせってことは、アルシャの鍛錬か……熱心なことだな。熱を入れすぎると空回りしそうだが……まぁ、鉄は熱いうちに打てって言葉もあるわけだし、気合が入った時にガッツリやるのが一番か……」
『おふたりは鉄製ではない気がするでありますが?』
「比喩だ、ポンコツ」
結界内に入ってきたのはリゲルとムジカであり、アルシャとコルネを見つけて近くにやってくる。
「リゲル先輩にムジカ先輩にゃ、おふたりも鍛錬にゃ?」
「シャドーだ……俺の方はただの付き添いだ。鍛錬する予定なのは……」
『小生でありますね! いや~やっぱりたまにはしっかり動いておかないと体が鈍るでありますからね!』
「……ゴーレムって鈍るのかにゃ?」
リゲルが自己鍛錬を行うために来たという言葉を聞いてアルシャは首をかしげるが、リゲルの生態が意味不明なのはいまに始まったことではないのでそれ以上特にツッコミなどは入れなかった。
するとそのタイミングで、リゲルの肩に乗っていたムジカが肩から浮遊し、コルネに声をかける。
「コルネが居たのは幸いだったな。悪いが、ちょっとリゲルの相手をしてやってくれねぇか? 俺がするつもりだったが、俺はそもそも特殊なタイプだからあんまりリゲルの鍛錬にはならんだろうからな」
「アルシャがいいのなら、構わないけど……」
「大丈夫にゃ。私はもうちょっと休憩したいところだったにゃ、リゲル先輩に付き合ってあげて欲しいにゃ」
「ん。分かった」
ムジカは遠距離専門かつ因果律操作などの特殊な方法を用いて戦うタイプであり、強固な装甲とパワーで近接戦を行うリゲルとは組んで戦うなら最高の相性だが、鍛錬の相手としては不向きである。
『おぉ、コルさんが相手をしてくれるのなら助かるであります!』
「ん。期待に添えれるように頑張る。あっ、ムジカ、もし余裕があればアルシャに攻撃への特殊効果の付与術式を指導してあげて欲しい」
「シャドーだ……ああ、問題ねぇ。観戦しながら、少し見てやるよ」
そんなやり取りをした後で、コルネとリゲルは闘技場を模した空間隔離結界の中心に移動して向かい合う。130cmほどの小柄なコルネと、3mを越えるリゲルでは身長差は倍以上であり向かい合うとアンバランスさが凄かった。
とはいえ、体の大きさなどで強さを測れないのが爵位級高位魔族である。
向かい合った両者に、ムジカが軽く合図代わりに手を叩くと鍛錬がスタートして、リゲルが巨椀を振りかぶりコルネに向けて振り下ろす。
コルネは振り下ろされた拳を片手で受け止め、続けて放たれたもう片方の腕の一撃も残った手で受け止める。手四つの力比べといっていい形になり、両者の凄まじい力に強力な保護魔法が施されている筈の結界内の地面にヒビが入る。
『……相変わらず、小柄な体でとんでもないパワーであります。上から力を込めてる小生の方が、弾き飛ばされそうであります』
「リゲルも凄い力……流石に、完全には押し返しきれない」
コルネはその小柄な体に似合わず、凄まじいパワーで正面から相手を粉砕する近距離型であり、リゲルの方も凄まじい力ではあるのだが力比べではコルネの方がやや上だった。とはいえ、そこまで大きな差は無いため、コルネもリゲルを弾き返したりはできていなかった。
そのまま硬直した後で、互いに手を放して距離を取る。リゲルが拳を突きだすと肘に当たる部分より先が腕から離れ、とてつもない速度でコルネに向かう。
ロケットパンチ……リゲルがそう呼ぶ一撃に対し、コルネは回避することなく受け止める。流石に凄まじい威力であり、地面を足で削りながら少し後退するがそれだけだった。
「……リゲル、使っていい?」
『問題無いでありますよ。小生も燃えてきたでありますから!』
コルネが短く告げた言葉に、リゲルが了承の言葉を返す。するとコルネは背負っていた巨大な戦斧に手をかける。
「起きて……ベオウルフ」
その言葉に呼応するかのように、戦斧が咆哮する……そう、比喩ではなく狼のような咆哮を行い、戦斧に黒い魔力の棘が現れる。
その斧はかつて魔界の辺境の地で恐るべき災厄として長年封印されていたものであり、近付くものを無差別に喰らい殺す危険な斧……コルネが従えるまでは、禁忌の品としてとある一族が守り続けていたといういわく付きの品だ。
その戦斧の能力は『あらゆる魔力防御を貫通する』というものであり、この斧の前では魔力障壁も防御結界も意味をなさず、身体強化による防御力の上昇も無意味となる。
ただしあくまで貫通するのは魔力が影響を及ぼしている防御のみであり、身体強化や魔力障壁が一切関係ない「素の強度」に関しては別である。
それでも圧倒的なパワーを誇るコルネが振り下ろした戦斧の一撃の威力は桁違いではあるのだが、リゲルはそれを軽々と片腕を盾に防御する。
「……相変わらず、とんでもない硬さ。ベオウルフの一撃を素の強度で耐える素材って一体……」
『ふふふ、これぞ超合金の力であります!』
「超合金……」
そもそも伯爵級高位魔族であり、特にパワーに優れたコルネの一撃は物質としては世界最高峰の強度と言えるオリハルコンですら紙のように切り裂く。
しかしその凄まじい一撃をもってしても、リゲルの謎装甲には傷が入らない。魔力によって強度が上がっているのではない、ただ単に純然たる素材そのものの強度として、リゲルの体を構成する金属が常識の外にあるほどに硬いのだ。
反動を利用するように後方に跳躍して一度距離を取ろうとするコルネだが、リゲルのモノアイが光を放ち赤いレーザー光線が放たれる。
文字通り光速で迫るレーザーをベオウルフで弾きながらコルネが着地するのとほぼ同時に、リゲルは次なる一撃の準備を整えていた。
胸部の装甲が開き、バチバチと凄まじいスパークと共に異常ともいえるほどの魔力が収束していく。
『いくでありますよ!』
「ん。受けて立つ……」
明らかにこれから強力な一撃を放つという雰囲気のリゲルに対し、コルネもグッと体を逸らすようにしてベオウルフを大きく振りかぶる。
一瞬の静寂……そして、リゲルの胸部に収束した圧倒的なエネルギーが指向性を持って放出される。
『コスモブレイザー!』
「……ティタノ……マキア」
光速すら遥かに凌駕し、進路上のすべてを消し飛ばす力を持って放たれた極彩色の閃光。迎え撃つは漆黒の魔力棘が禍々しい獣の口のような形となった戦斧の一撃。
余波だけでも消し飛びかねないアルシャをムジカが守り、空間隔離結界内は轟音と光に包まれる。
光と圧倒的な魔力の奔流が晴れると、向かい合い両者ともに無傷のリゲルとコルネ……そして防護魔法を貫通して抉り取られ、ドロドロに融解して熱を放つ地面が見えた。
『……ちょっと、加減を間違えたでありますかね?』
「地面が融解しちゃった。いったん中断して、結界を修復しよう」
凄まじい衝突ではあったが、リゲルもコルネもまだ全力ではない。あくまで空間隔離型結界を破壊しないレベルに力を抑えた上でのぶつかり合いである。
それでも、若干調整を誤ったのか一部破損してしまっており、鍛錬を中断して修復することとなった。
「ったく……ちゃんと加減しろよ」
『いや~ついついテンションが上がってしまったでありますね』
呆れたようにため息を吐いたムジカが、リゲルの傍に行き悪態をつきながらも修復作業を手伝い始め、コルネの元にもアルシャが駆け寄ってくる。
「うにゃぁ、やっぱりコルネは強いにゃ……私もいつかそんなレベルになれるのかにゃ?」
「大丈夫。アルシャならいつかきっと伯爵級にもなれる。ああ、でも、出来れば……私はアルシャより強くありたいな」
「うん? 追い抜かれるのが嫌かにゃ?」
「追い抜かれるのが嫌というより、私がアルシャを守りたいから、強くありたいと思うだけ」
「そ、そういうこと言われると照れるにゃ……」
「ふふ……さて、修復をしよう」
「私も手伝うにゃ!」
相変わらず淡々としたクールな雰囲気ではあるのだが、コルネがアルシャに向ける目には愛が満ちており、心からアルシャを大切に想っているのが傍目に見ても明らかだった。
……気付いてないのは、それを向けられているアルシャ本人ぐらいである。
~ちょっと解説~
【ベオウルフ】
コルネの持つ両刃の戦斧であり、かつては魔界の辺境で災厄として封印されており、近付くものを無差別に攻撃する危険な名も無き武器だった。
あらゆる魔力防御を貫通する性質を持っており、この武器の前では魔法障壁も防御結界も魔力による身体強化も意味をなさず、素の物理耐久で受けるほかない。
リゲルが例外なだけであって、普通は伯爵級レベルの肉体でも軽々と切り裂ける。
コルネが魔力の棘で体中を串刺しにされながらも、まったく意に介さず接近し屈服させ、ベオウルフをいう名を与えたことでコルネに従うようになり、以降はコルネの武器として指示に従っている。
このベオウルフも素材がよく分からず、凄まじい強度と切れ味を持ち、欠けたり折れたりしても魔力を注げば即座に再生するなど、不思議な素材で出来ている。
なお、例によって製作者は神域にいるアイツである。




