外見はクール、心はホット
死の大地の死王アイシスの居城から少し離れた場所には、配下たちが鍛錬などを行うための空間隔離型結界が用意されている場所がある。
死王配下はいずれも爵位級高位魔族であり、非常に大きな力を持つため普通の場所で鍛錬などを行っては大惨事になるため、空間隔離型結界で作り出した亜空間で鍛錬を行っている形だ。
そんな鍛錬用空間隔離型結界の内のひとつの中に、桃色の髪をショートポニーに纏めた翡翠色の目の少女が居た。
130cm少々の小柄な体にノースリーブの上着とホットパンツ……一見すると活発そうな少女という印象を受けるが、その背には小柄な体には不釣り合いな禍々しい両刃の巨斧があり、なんともいびつな雰囲気を醸し出していた。
少女が軽く掌を上に向けるとそこに光が集まり魔力球が生成され、それを少女が握りつぶすと、少女の体の周囲にビー玉ほどのサイズの無数の魔力球が現れ、次の瞬間無数の光となって放たれる。
まるで散弾のような無数の魔力弾が向かう先には死王配下のひとりアルシャの姿があり、身を低くした独特の構えから一気に加速して桃色の少女に向かう。
面を制圧するかのように迫りくる無数の魔力弾。避け方を間違えば即座に被弾するであろう魔力弾の雨を軽やかで華麗なステップで回避しつつ、魔力弾の雨を抜けたところで軽く跳躍する。
まだ桃色の少女までは遠く、普通に攻撃をしても当たることは無いであろう間合いの外……アルシャは空中で手を振り上げ、その瞬間巨大な猫の姿に変わった。
魔獣型魔族としての魔獣の姿となり、体が大きくなったことで伸びたリーチ、跳躍によって得た高さを生かして巨大な腕を少女に向けて振り下ろす。
衝撃と轟音……男爵級高位魔族、それも魔獣型魔族の膂力による一撃は結界内の大地を波打たせ、爆発するかのように土煙が舞い上がる。
しばしの静寂の後、舞い上がった土煙が晴れると……アルシャが振り下ろした巨椀を、片手で軽々と受け止めている桃色の少女の姿が見えた。
「……そろそろ、休憩しようか?」
桃色の少女の口から静かな声が聞こえ、アルシャは魔獣化していた姿から普段の姿に戻った。
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闘技場のような造りになっている空間隔離型結界の端、石で出来たベンチにアルシャと桃色の少女は並んで腰かけてドリンクを飲んで水分補給を行っていた。
「……うにゃぁぁ……やっぱ、コルネは強いにゃぁ、全く歯が立たないにゃ」
「そんなことない。アルシャもどんどん強くなってるし、戦闘センスもいいと思う。特に最後の魔獣形態になってリーチを伸ばすのは虚も突けるいい手だと思う。アルシャの才能は十分だから、いまよりもっと強くなれると思う」
「そ、そうかにゃぁ。照れるにゃ~」
「ふふ……」
桃色の少女……コルネは、アルシャのほんの少しだけ口角を上げて微笑みながらアルシャの戦闘センスを称賛する。
コルネはアルシャと同じく死王配下に属する者であり、アルシャが「先輩」と呼んでいないことからもうかがえるように、死王配下となったのは僅かながらアルシャより後である。ただほとんど差は無く、実質同期のような関係であり、日頃から仲良くしていた。
「でも、いつもながらコルネが付き合ってくれて助かるにゃ……指導してもらってばかりで申し訳ないにゃ」
「ん。気にしなくていい。私は好きでやってるし、アルシャの鍛錬の助けになってるなら嬉しい」
コルネは世界のバグと言えるようなウルペクラなどと比較すれば劣るが、僅か3000年ほどの自己鍛錬で伯爵級に到達し、5000歳を超えたいまは伯爵級でも上位といっていい力を持つ紛れもない天才であり、戦闘力という点においてはアルシャより遥かに上だった。
なので一緒に鍛錬しているというよりは、実質的にコルネがアルシャを指導しているような形であった。
「あっ、そういえば話は変わるけどにゃ……私のこのにゃって語尾も、かなり馴染んで定着してきた感じがしないかにゃ?」
「ん。そうだね……犯罪だと思う」
「犯罪にゃ!? に、似合ってないかにゃ?」
「似合ってると思うし、可愛いと思う。だけど、可愛すぎて犯罪だとも思う」
「あ、犯罪ってそういう……ホッとしたにゃ、一番仲良しのコルネにこのタイミングで似合ってないとか言われたら、ちょっと立ち直れなかったところにゃ……」
明るく表情をコロコロ変えながら話すアルシャと、表情はほぼ変わらず淡々とクールな雰囲気で話すコルネは対照的ではあるが、どこか気心が知れた間柄のような空気が流れており、性格的な相性の良さが感じられた。
「一番仲良し? 私と、アルシャが?」
「……え? あっ、だ、だって、ほぼ同期だし、いっぱい話すし、一緒に出掛けることも多いし……わ、私は、そう思ってたけど……ち、違った?」
聞き返すようなコルネの言葉を聞き、アルシャは仲良しだと思っていたのは自分だけだったのかとショックを受けたような表情で、思わず語尾が以前のものに戻った状態で青ざめる。
「ああ、ごめん。そういうことじゃない。誤解させてしまったなら謝罪する。私も、前々からアルシャとは仲良しだと思ってて、アルシャの方もそう思ってくれてたのが嬉しくて反射的に聞き返したけど、違う意味に感じられたよね? 申し訳ない」
「ああいや、大丈夫にゃ! こっちこそ、早とちりだったにゃ……コルネに嫌われてなくてよかったにゃ」
「私がアルシャを嫌うことはありえないから、大丈夫」
反射的に聞き返しただけで含む意味などは無いと弁明するコルネに、アルシャは明らかにホッとした様子で息を吐いた。
さすがに死王配下に入ってすぐの時期から仲良くしていた相手が、実は自分を快く思ってないとかだったら立ち直れなくなるところだった。
「にゃはは、変な感じになっちゃったにゃ。いっそこの流れに乗って、ここはついでに聞いちゃうにゃ! コルネにとって私って、どんな存在かにゃ?」
「比翼連理、運命の片割れ、魂の番、世界の生み出した奇跡、紛うこと無き最愛」
「……なるほどにゃ~」
「ん」
アルシャの質問に淡々と、世間話のように答えた後でコルネはドリンクを飲む、そのごく自然な動きを見ながら、アルシャの頬には一筋の汗が伝っていた。
(……重てぇにゃ……あれ? なんか、軽いノリで聞いたら、想像の百倍ぐらいヘビーな言葉が返ってきたにゃ!? え? 冗談? 冗談なのかにゃ? 私のノリに合わせた感じにゃ? ……コルネは結構ノリのいいタイプだし、ありえない話では無いにゃ……)
アルシャの想定としては「同期」とか「家族」とか「親友」とかその辺りの返答を想定していたのだが、想像以上に好感度が激高と思われる返答がきて戸惑っていた。
しかし、コルネの方は特に気にした様子もなく、アルシャがジッと見ていることに気付くと、振り向いて不思議そうに首をかしげていた。
(分かんねぇにゃ……相変わらずのクールフェイスにゃ。うにゃぁ? 聞き間違えだったかにゃ……それとも冗談で言って滑った感じになったから、無かったことにしてるにゃ?)
不思議そうに首をかしげるコルネは本当にいつも通りであり、邪な想いだとか重たい愛情だとかは感じない。あくまで仲の良い友人として接してくれている感じであり、あまりにも先程の発言とギャップが大きく、アルシャは聞き間違えだったかと首をひねっていた。
そんなアルシャの様子を見ながら、コルネは静かに考える。
(……相変わらず、アルシャは世界一可愛い。にゃって語尾も似合ってて、ただでさえ可愛いアルシャが、犯罪級の可愛さになってもはや可愛さの暴力。私の理性が危険……しっかり自制しないと……)
コルネの態度はいつも通りである。なぜなら、彼女はそもそも初対面の時点でアルシャに一目惚れしているのだが……コルネは己を客観視できる上に、しっかりと自制ができるタイプだ。
アルシャに心底惚れ込んではいるが、それを普段から表に出してはアルシャに迷惑が掛かると分かっており、日々しっかり自制した上で節度もしっかり守っているため、特に大きな愛情が暴走したりという危険も無い。
先程の発言もあくまでアルシャに聞かれたから素直に答えただけであり、普段からそれを態度や行動に出す気は無いため、アルシャへの愛情は深いが極めて安全な人物だった。
~ちょっとキャラ解説~
【コルネ】
単一種の魔族で伯爵級高位魔族。死王配下としてはアルシャの次、ほぼ同じ時期に所属したためアルシャとは同期と言える間柄。
かつては幼い己を拾って育ててくれた祖母と辺境の山で暮らしており、祖母が亡くなる際「……せめて後五年はしっかりと鍛錬をしてから山の外に出るように」と遺言を残したのだが……今際の際かつ、声も掠れて途切れ途切れだったため、五年を『五千年』と聞き間違えて、そのまま律義に辺境の山で五千年黙々と鍛錬を続けていたため、若干世間に疎いところがある。
いくつかの事情と因縁によりアイシスと出会い、いろいろなことを教えてもらってお世話になり、アイシスの人柄に惚れ込んで死王配下となった。
そしてアルシャと出会って一目で恋に落ちた。言ってみれば『暴走しないマキナ』のようなものであり、アルシャに対する愛情は非常に大きいのだが、己を客観視できており「まずなにより私自身の欲望からアルシャを守らないと」としっかり自制をしているため、ヤンデレ度はゼロである。
背にある巨大な両刃の戦斧……は、災厄としてとある部族が封印し続けていた曰く付きの斧であり、この斧による攻撃はあらゆる防御魔法を貫通するという『まるで神の権能のような』能力を有している不思議な斧である……誰が作ったかは、言うまでもない。
日々楽しくしているが、ひとつだけ心の底から後悔していることがあり……それは「アルシャより死王配下に入るのが遅かったため、アルシャを苦しめた組織の殲滅に参加できなかった」ことである。
アイシスが始末をつけたことに異論はないが、もし己がボスの始末を任されていたら、とりあえず十回ぐらい「お願いですから殺してください」って言うぐらいまで痛めつけてから殺していた。
名前の由来はヘルクレス座の星であるコルネフォロスから……。




