アンリ・アルベルト中編
アンリの顔を見に来たウルペクラは、そのままアンリと雑談を続けていた。
「けどアレっすね。国王を投票制にしようって形式を整えつつあるわけっすけど、準備が出来たらさっそく実行するんすか?」
「うん。いまのペースで話し合いが進めば……まぁ、五年後ぐらいを目途に一回目って感じかな。そのあと何年周期で投票を実行するかはこれから詰めていくけどね。ああ、私は候補者に含まない予定だよ」
「てことは、想定では五年ほどで国王を辞めるってことっすか?」
「そのつもりだけど、無責任にポイってするつもりはないから、投票で選ばれた新国王が安定して治められるようになるまでは相談役みたいなポジションにいるつもりだけどね」
「そうっすか……」
ごくごく当たり前のように、国王投票の基盤を完成させたら第一回の結果に関わらず国王を辞するつもりと告げるアンリを見て、ウルペクラは少し考えるような表情を浮かべた。
まず思い浮かぶのはもったいないという感情。アンリは国民人気も高く、歴代最高の王と呼ばれるほどに様々な施策などを用いて国に貢献している。
その上で、国王歴が千年を超えるラグナや、賢帝と名高いクリス相手でも十分すぎるほどに渡り合える逸材である。
実際クリスやラグナも、アンリの事は非常に高く評価しているうえで警戒もしている。
アルクレシア帝国皇帝クリスは「先代国王アマリエや先々代国王ライズを蛇とするなら、アンリ国王は大蛇……気を抜けば噛みつかれるどころではなく、丸呑みにされる可能性すらある存在と言えますね。アリス様が指導したという噂もあるが、確かにあのこちらを煙に巻くような狡猾さはアリス様を彷彿とさせます」とアンリを評して、油断ならない相手と語っている。
ハイドラ国王ラグナも「ニコニコと人の良い笑みで近付いて、明るく隙だらけな姿を見せたと思えば一瞬で刃を振るってくるような強かさを持っておる。アマリエ嬢やライズ坊も優秀ではあったが、怖さという意味ではそこまででは無かった。アンリ嬢には踏み込みどころを間違えれば一瞬で主導権を握られるような怖さがある上、予想外のところから妙な伝手を引っ張ってくるから性質が悪い」と、クリスと同じく明確に先代及び先々代より上であると語っていた。
少なくとも両者ともに百年以上国を治めている王であり、その両者からこれだけ評価されるという時点でアンリの国王としての能力は疑いようがない。
だが、それ以上にウルペクラが気になっている部分があった。
「……けど、分かんねぇもんすね。あんなに小さなころから、絶対に国王になるって頑張って勉強とかして見事夢を叶えたってのに……う~ん、実際にやってみたら理想とは違ってた感じっすかね?」
「え? ううん。そんなことないよ。そもそも私が国王になったのは、国王になって絶対に成し遂げないといけないことがあったからで……それはもう半年前に達成したからね。いまはいつ辞めても問題ないんだけど、無責任に投げ出す気はないからちゃんと引き継ぐつもりだよ」
「あ、ああ、なるほど、国王になることが目的じゃなくて、国王になってやりたいことがあったわけなんすね。それなら納得……うん? ううん?」
ウルペクラの記憶では、まだ10歳にも満たない頃にアンリは「絶対に国王になる」と言い出して、様々な分野の勉強を必死に行ったり、様々な資格などを獲得したり、社交界などで強いコネクションを形成して味方を増やしたりと、国王を目指して全力で頑張っていた。
それが、即位して10年ほどで辞めるための準備を進めていると聞いて複雑な気持ちになっていたが、どうもアンリはなにかしらの目的があって国王を目指していたようで、それは無事に達成できたらしい。
だが、アンリの言葉を聞いたウルペクラは少しして首を傾げ、悩む様な表情を浮かべる。
「……アタシの記憶が間違いじゃないなら、半年前にシンフォニア王国であった変化って言うと……複数の条件を満たした場合に『親子間での婚姻を可能にする』って王国法の改正……」
「……」
確認するように呟くウルペクラに対し、アンリはニコニコと笑顔を浮かべたままなにも言わない。だがその反応がある種の肯定であり、謎の圧力のある笑顔に思わずウルペクラの頬を汗が伝う。
「……私にはね。小さなころからの夢があったんだ。別に隠したりしてないよ。ウル姉にも何度か言ったことがあると思う。ほら……『大きくなったら、パパと結婚するんだ』って」
「……い、言ってましたね。確かに……でも……え? えぇぇ……そ、そういうことなんすか?」
確かにアンリの言葉通り、その夢に関してはウルペクラも聞いた覚えはある。だがそれは、幼い子供が語る内容としてはありがちなものである。
ただひとつ、大きな認識の齟齬があったとすれば……アンリにとってそれは、幼き日の戯言でもなく、時間が経過して風化するような思いでも無かった。
彼女にとってそれは、全力で追い求めるべき夢だったと……そういう話である。
「パパはさ、凄い人だから法律なんかに縛られない。でもね、私はママの子供でシンフォニア王国に国籍もあるから、国法が適応される」
その直後にアンリの瞳からハイライトが消え、底冷えするかのような声が確かな圧力を負って放たれた。
「……国が……私とパパの愛を邪魔するんだよ? そんなの許せないし、間違ってるよね。だから、私が国王になって正しい形に戻したんだよ」
「……なんすかねぇ。祖母だの孫だのってのは、いわゆる広義の意味で的なやつで血の繋がりは無い筈ですよね? なんで、実の両親よりマキナ様の方に似てきちゃってるんすかこの子!?」
シンフォニア王国第二十代目国王……アンリ・リア・シンフォニアニ十世。本名をアンリ・アルベルト……人に好かれるカリスマ、貴族として完璧な立ち振る舞い、数多の分野で見せる様々な才能。
人格、能力共に優れ歴代最高の国王とまで呼ばれる彼女には、付き合いの長いウルペクラですらいまのいままで気付かなかった一種の欠点とでも呼ぶべき部分が存在した。
そう、彼女は――極まったファザコンだった。
~ちょっとキャラ紹介~
【アンリ・アルベルト(真)】
リリアと快人の娘にして、現シンフォニア王国国王であり……極まったファザコン。
とにかく父親である快人の事が本気で大好きで、心から愛しており、快人と結婚するために法律を変えるために国王になった存在。
もちろん母親であるリリアの事も大好きで慕ってはいるのだが、順番を付けるなら快人が一番上であり、彼女にとっての世界の中心は快人である。
そういう部分なども、マキナと気が合った要因かもしれない。
ただし、リリアの奥手な部分も変に継承しており、本人はこれまでも快人に数々のアプローチを全力で行った気でいるのだが……傍から見れば、普通に娘が父親に甘えているレベルの健全なスキンシップ。




