アンリ・アルベルト前編
それなりに長く続いた会議も終わり、国王アンリは参加していた様々な役職の者たちに軽く挨拶をして見送る。そのやりとりがある程度終わったタイミングで、メイドが近付いてきて一礼して口を開く。
「……陛下、ウルペクラ様がいらっしゃっております。以前いただいた指示通り、陛下の私室にご案内して、お茶をお出ししております」
「ん? わかった、ありがとう。それじゃあ私室に向かうよ。今日は他にはなにもなかったと思うけど、来客とかがあれば伝達魔法具で伝えて欲しい。夕食は別の場所で食べる予定だから用意はしなくていい」
「畏まりました」
メイドに簡単に指示を出してからアンリは王城内の私室に向かって歩き出す。170cmに近い女性としては高めの身長に洗練された美しい所作も相まって、歩く姿だけでも絵になるような気品が感じられた。
性格は気さくで人に好かれるカリスマもあり、立ち振る舞いは貴族として完璧といえるほどの品と格が備わっていて、さすがに母親であるリリアには及ばないものの様々な面で非常に優れた才覚を持ち……まさに完璧な国王と言っても過言ではないアンリは、規則正しい足取りで私室に辿り着いて中に入る。
「おっ、来たっすね。お邪魔してるっすよ」
部屋に入ると、すぐにソファーに座ってくつろいでいるウルペクラが目に付き、アンリはフッと優し気に微笑んだ後で部屋のドアを閉めて鍵をかけ、防音用の魔法具を作動させ……表情を崩して、ウルペクラに文字通りに飛びついた。
「ウル姉ぇぇぇ!」
「うぉっと、どうしたんすか急に?」
「ウル姉のもふもふ尻尾に包まれることでしか癒されない疲れがあるんだよ」
「あはは、なんすかソレ……まぁ、それならご要望通りに、よっと」
「はふぅぅ、もふもふで幸せ~」
ウルペクラに抱き着いて十本の尻尾に包まれながら蕩けたような声を出すアンリは、先ほどまでの国王として凛としていた姿とはまったく別に見えたが、ウルペクラにとっては見慣れた光景である。
「ウル姉~国王辞めたいよ~」
「なに、ラグナさんみたいなこと言ってんすか、そんなに緊急会議が嫌だったんすか?」
「だってさぁ、だってさぁ!! 今日は、パパやママとピクニックに行く予定だったんだよ。それが、私だけ緊急会議……酷いよ、あんまりだよ。そりゃ、議題は私が提案して実行しようとしているものだし、シンフォニア王国的には初めての試みだから、いろいろ混乱が出るのも分かるけどさぁ……今日じゃなくてもいいじゃん!」
「あ~確か次期国王を国民の投票で選ぶ形にするんですっけ? ハイドラ王国みたいな感じになるんすかね?」
駄々をこねるように告げるアンリの頭をウルペクラが苦笑しつつ撫でると、少しして落ち着いたのかアンリは姿勢を戻して口を開く。
「最終的な理想としてはハイドラ王国みたいに貴族も平民も含めて~ってやりたいけど、現実問題それは難しいよ。どうしたって国王をやる以上政治的な知識も必要だし、現状だと指定された特定の役職における業務経験が一定年数以上ある者を立候補可能にする形だね。後々貴族以外でも政務の重役に就けるようにしていって、範囲を広げられていけばいいけど……いまの段階だと、貴族の一部が候補だね」
「なるほど、まぁ、たしかに政務経験なしじゃ無理っすね」
「うん。まぁ、そもそもハイドラ王国のは一種のお祭りみたいなものだけどね~。ああでも、ラグナ陛下は前に会った時、『今回は支持率が下がった! やはり国民は新しい風を望んでいるんじゃ!』って上機嫌だったね」
「うん? ラグナさん、支持率下がったんすか?」
「0.6%だけね。しかも、下がった理由もたまたま投票のタイミングでハイドラ王国の一部で感染症が流行してて、投票数自体が前回より下がってただけだね。ちなみに下がった上で支持率97.3%だよ」
「……国王を辞められる日は来なさそうっすね」
長年国王を辞めたいと言い続けているハイドラ王国のラグナだが、それでも国王として極めて優秀でありなおかつ国民人気も高く、そもそも世界的な英雄でハイドラ王国という国の象徴的存在でもあるため、本人の希望とは裏腹にいまだにまったく国王を辞められる兆しは無かった。
「そういえば、今日あのふたりが居ないのは、ピクニックの方に行ってるからっすか?」
「そうだよ! 酷いよね? 私の側近の癖に『いえ、我々今日は休暇なので』とか言って、ピクニックの方に行ったんだよ……私だって休暇だったよ!? って、うん? ハミングバード?」
いつもなら一緒にいる側近のふたりがピクニックに参加していることに文句を言っていたアンリだったが、その直後にハミングバードが飛んでくる。
かつてと比べ技術の進歩で大幅に性能の上がったハミングバードは、映像や写真の添付も可能となっており、アンリがハミングバードに触れると空中に「こっちは楽しんでるよ」という文字と共に無表情な顔でピースをする小柄な水色の髪のメイドの写真が現れた。
「……あの腐れメイドがぁぁぁ!? なにすまし顔でパパの膝に座ってやがるんだ! 魔族の血が入ってて成長が遅いだけで、私と年齢変わらないくせにぃぃぃ!」
「あはは」
憤慨するアンリを見てウルペクラが苦笑する。アンリと側近ふたりは母親が親友同士であることも相まって昔から仲が良く、こうした気安いやりとりをする関係であり、ウルペクラから見ればどこか微笑ましさがあった。
そして、メッセージを送ってきたメイドに怒りの返信をした後で、アンリはガックリと肩を落とす。
「……ぐぬぬぬ、私もピクニックに行きたかった……くそぅ、今度またこんな緊急会議起こしたら、マキナおばあちゃんに泣きついてやる」
「止めてあげてください、ガチの大惨事になるので……」
アンリが口にした「マキナおばあちゃん」という言葉に、ウルペクラがなんとも言えない表情を浮かべる。異世界の神であるマキナは、アンリのことを溺愛している。
というのも、アンリがまだ幼い頃の話ではあるが、自分の父親を我が子と呼ぶマキナを見て自分の祖母であると勘違いをして「おばあちゃん」と呼んだことがきっかけだった。
その言葉がマキナに衝撃をもたらした。
マキナは己の世界で生まれた生命を「我が子」と呼んで溺愛しているが、トリニィアに移住した異世界人の子供に関して、どう接するべきが悩んでいた。
我が子の条件は満たしていないが、我が子に関連する存在ではあるため、己との関係性はなんだろうかと悩んでいたのだが……それにアンリが答えを示した。
――そ、そうか……これが孫って概念なんだね!!
その一件以降、マキナはトリニィアで生まれた彼女が我が子と呼ぶ者たちの子供は「孫」と認識し、我が子と同じように可愛がるようになったのだが……中でもとりわけ、アンリの事は溺愛していた。
単純に性格的な相性も良かったのか、「マキナおばあちゃん」と呼びながら己に懐いているアンリを非常に可愛がっており……仮に先程アンリが言ったように、今回の件をマキナに泣きついた場合は、シンフォニア王国貴族の大粛清が始まる可能性が高いというレベルである。
まぁ、アンリもそのことは分っているので、あくまで冗談として口にしているだけで実行する気はないのだが……。
「……はぁ、楽しい音楽でもかけて気分を切り替えよっと」
「……うん? なんすかそれ? カイト様が持ってるやつに似てるような……違うような……少なくともこの世界の物じゃないっすよね?」
「うん? ああこれは、イレちゃんに貰ったイレちゃんの世界の音楽が聴けるデバイスだよ。パパが持ってるやつに似たデザインで、色はピンクにしてくれてるんだよ~」
「なにサラッと、異世界の神様からプレゼント貰ってるんすか……」
「だってイレちゃんはズッ友だし、今度またイレちゃんの世界に遊びに行く予定だしね!」
「リリアさんはさぞ頭を抱えてるでしょうね……」
アンリが当たり前のように取り出したピンク色で猫耳が付いたボールのようなものは、異世界の神である電脳神イレクトローネから贈られたプレゼントであり、トリニィアには存在しない技術で作られた品である。
そう、このアンリ……父親には及ばないまでも、人たらしというべきかとてつもない相手に好かれており……マキナには孫と呼ばれて溺愛されているし、イレクトローネとはズッ友同士で時折一緒に推し活をしていたりもするし、他にも様々な妙な交流を持っていた。
なお余談ではあるが、彼女の母親であるリリアは「どうして! なんでよりにもよって、一番似てほしくない部分が父親に似ちゃうんですか!?」と頭と腹を押さえていたという。
~ちょっとキャラ紹介~
【アンリ・アルベルト】
快人とリリアの娘にして、現在のシンフォニア国王。父親譲りの人に好かれる性質と母親譲りの才能を持ったかなり凄い子である。
側近に、水色の髪のメイドと赤い髪のハーフエルフの剣士が居て、比較的年齢は近い(リリアが奥手過ぎたのが原因で、子供ができるまでかなり時間がかかった)。
流石に快人には及ばないまでも、異世界の神の祝福を5個ぐらい受けており、父親と同じく母親の胃を痛めつけている。
なお極まった○○○○○であり、国王になったのもとある目的のためである。




