もぐもぐタイムを覗く時、もぐもぐタイムもまたこちらを覗いているのだ
とある街の外れにある大きな屋敷、その一室では肥え太ったひとりの魔族が苛立った表情を浮かべていた。
「……それで、おめおめと逃げ帰ってきたのか、役立たず共が!」
「す、すみません、ボス……」
「まったく、忌々しい連中だ。土地の価値も分からんような者どもが、古くからの慣習などというくだらない理由で金の生る地に居座り続けているとは……」
その魔族はいわゆる土地売買を生業とする魔族であり、特に六王陣営の管轄ではない土地……中でも所有者がやや不鮮明な土地をあくどい手段で手に入れて売り捌き私腹を肥やしていた。
今回目を付けたのは男が拠点として利用している小さな街の一角の広場……昔から出店広場と呼ばれ、この小さな街の観光名所と言ってもいい場所だった。
だが、観光名所とはいってもしょせんは辺境の出店であり大したものでもなく、土地の広さや場所を考えるとあまりにももったいなかった。
その土地を手に入れれば、かなり高く売ることができるとは以前から分かっていたのだが……その広場を取り仕切る出店組合には頑固で喧嘩っ早い者が多く、手に入れるのに労力がかかるため無視していた。
だが今回、男の伝手であの土地をかなり高額で買いたいという者が現れたため、本格的に出店広場を手に入れようと動き始め、予想通りではあるが出店組合から強い反発を受けていた。
「……まぁ、お前ら程度ではあの連中を叩き伏せるのは難しいとは分かっていたさ。だからこそ、高い金を払って実力者を雇った……よろしくお願いします、先生」
「ああ、任せておけ」
男の言葉を受け、近くに控えていた筋骨隆々とした大男が頷く。見るからに強そうなその風貌と巨大な魔力にチンピラたちは思わず息を飲む。
「俺はかつて男爵級高位魔族とも引き分けたことがある。喧嘩自慢の素人程度が何百人いようが、相手にならんさ」
「さすが、頼りになります」
その男は爵位級高位魔族でこそないもののかなりの実力者であり、正直言ってこの手の小さな街の土地トラブルに出てくるには段違いの強者であった。
少なくとも一般人程度が束になったところで歯牙にもかけず蹂躙できる強さはあり、勝利を確信したボスと呼ばれた魔族は、深い笑みを浮かべながらあの広場を手に入れた後の利益に関して思考を巡らせていた。
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数日後、出店広場のある街の道を意気揚々と歩いているのは、死王配下のひとりベルゼ・カルネである。以前食べた出店グルメ、まだまだ食べ足りないため数日空けた後でまたやってきていた。
今回は頼まれている買い出しなどの仕事も無いので、ゆっくり堪能できる。もちろん控えめに食べなければいけないという制限はあるが、一日各店百個という重い制限をかけたとしても、十日来れば千個食べれる。
賢いベルゼは分散して満足いくまで食べること出来るのだと、そんな風に自画自賛しつつ歩いていると……出店広場の入り口に人だかりができているのを見つけた。
「……うん? お祭りでもあるのかな?」
前に来た時より明らかに多い人だかりに首を傾げつつ、小柄な体を生かして人の間を縫うように進んで出店広場に入ると……思わぬ光景が目に飛び込んできた。
無残にも破壊された出店の数々に、地面に倒れ伏す店主たち……なにかが暴れて行った後のような凄惨とした光景が広がっていた。
(……どういう状況だろうこれ? 喧嘩? 喧嘩かな?)
ベルゼは大変に賢い子である。もう既に数日前の土地トラブル云々の話は忘れている。出店グルメに関係ないから……とりあえずなにか喧嘩があったことだけは理解した。
倒れている店主たちはそれなりに怪我をしているようで、命の危機というわけではないが治療したほうがいいだろうと判断したが……ベルゼは回復魔法の類は使えない。
正しくは己の体はいくらでも再生できるが、他者の体を治したりという魔法は使えない。だが、癒やす手段が無いわけではない。
「ん~と、ここは……ルーシーの回復薬~!」
ベルゼは食べたことがあるものなら魔力で作り出すことができる。それは薬に関してもそうであり、死王配下のひとりルーシーの回復薬を強請って試飲させてもらったことがあるので、回復薬を作り出すことができる。
ベルゼの両手の先が黒いヘドロのように変わった後で、透き通った回復薬に変わると、ベルゼはそれを倒れている出店の店主たちにかけて回った。
「……んん……アンタは……前にきた大食いのお嬢ちゃん……傷を、治してくれたのかい?」
「うん。怪我してるみたいだったし」
「悪いね。おかげで楽になったよ……礼をしなくちゃいけないね」
「気にしなくていいけど……なにかあったの?」
以前知り合った串焼きの店の女性店主がベルゼの姿と傷の癒えた己の体を見て助けられたことを察しお礼を口にする。ベルゼは気にする必要は無いと言いつつ、なにがあったのかを尋ねた。
すると女性店主は忌々し気に唇を噛みしめながら、吐き捨てるように告げた。
「……前に来てたこの広場を狙っているクズどもがまた来たのさ……ただし、今度は馬鹿みたいに強い傭兵を連れて……」
「……」
その言葉を聞いてベルゼは、「ああ、そういえば土地トラブルがどうとかって……」とここでようやく以前来ていた時に揉めていたことも思い出した。
「あの強さ、爵位級高位魔族かもしれない……くそっ、あんな化け物を雇ってきやがるとはっ!」
「……どうすりゃいいんだ。壊された出店は直せるとはいえ、また来られたら……」
「こ、こっちも爵位級高位魔族を雇えば……」
「馬鹿言うんじゃねぇ、爵位級高位魔族なんて雇うのにどれだけ馬鹿げた金がかかるか……そもそも、よっぽどの伝手でも無いと交渉すらできねぇよ」
「くっ……退くしかねぇのか……」
「馬鹿言うんじゃない! ここは、先祖代々受け継いできた……」
「じゃあどうしろって言うんだよ! まるで歯が立たなかったんだぞ!」
次々に集まって来ては、悲壮感の溢れる表情で話す出店の店主たち。圧倒的な強さの傭兵……爵位級高位魔族に匹敵するその力は、心を折るには十分すぎる脅威だったようだ。
その様子を見つつ、ベルゼはあまり気にした様子は無いというか、比較的普段通りの表情を浮かべていた。
ベルゼは来歴なども影響してか、ある程度の弱肉強食……強者が勝ち、弱者が負けるという構図は自然なものだという考えがある。
もちろん理不尽なものであれば別だが、ベルゼが見ている範囲で言えば店主たちも前回相手を力を持って撃退していた。
力を振りかざしてきた相手に力を持って応じ、相手の方が上だったから負けるというのはごくごく自然の流れのように感じられた。
そしてなにより、この出店広場を狙った連中は店主たちを殺してはいない。痛めつけはしただろうが、命は奪っていない。あくまで暴力という脅しを使って店主たちを立ち退かせ、この広場の土地を手に入れようとう算段が感じられる。
ならば、あくまで広場を巡った喧嘩の延長であるともいえた。心情的に言えば、出店広場を狙っている連中の方が悪い奴に思えるが、ベルゼが介入しようとする理由はない。
広場内に残る魔力の残滓から推測できる相手の実力は低く、爵位級というのも疑わしい程度……仮に本当に爵位級だとしても男爵級の底辺レベルだろうと推測できた。
そんなレベルの戦いにベルゼという存在はオーバースペック過ぎる。介入すればそれだけで盤面がひっくり返るほどに強い存在だ。
(でも、細かい事情はよく分からないしなぁ。ウルペクラも土地トラブルはややこしいって言ってたし、私が関わる理由もないよね)
そう、心情的な同情の気持ちはあるが、関わろうと思うほどの理由はない。強いて言うなら出店広場が無くなると出店グルメが食べられないぐらい……。
……出店グルメが……食べられない……ぐらい?
……自分やこの出店広場に訪れるひとたちが、美味しいものが食べられなくなるぐらいで……つまりは、美味しいものも食べられないし、美味しいものを食べてる人の笑顔を見ることも出来ないと……。
「オ イ シ イ モ ノ ガ タ ベ ラ レ ナ ク ナ ル !?」
「うぉっ!? ど、どうしたんだ、お嬢ちゃん……」
ベルゼ・カルネはいま大変な事実に気付いてしまった。この広場の土地が奪われ、女性店主を始めとした出店の店主たちがこの場を追われるということは、すなわちここでもう出店グルメを楽しめないということである。
ベルゼは美味しい食べ物の味方だ。自分が食べる美味しいものも素晴らしいし、人が美味しいものを食べる機会も大切にしたい。
……それを奪おうとしている奴がいる?
ああ、大変だ。それは大事件だ。前回は気付かなかった……なるほど、土地トラブルはややこしい。土地が奪われることがイコール美味しいものが奪われるというのにすぐに気付けなかった。
つまり、こういうことか? そいつらは私から美味しいものを奪おうとしている訳か……。
……さて、魔力の残滓を辿って……ちょっと平和的な交渉をしに行こうか……内容次第によっては……もぐもぐタイムだ。
~ちょっと解説~
【自称爵位級レベルの傭兵】
かつて男爵級高位魔族と引き分けたことがある。男爵級最底辺レベルの実力かつ、コンディションが絶不調かつ、怪我をしていたというハンデはあったが、本当に一応引き分けている。
なお、ベルゼちゃんは公爵級でもトップクラスの強さである。
【怒れるベルゼちゃん】
美味しいものを奪おうとする行為は大罪だ。決して許されるべきではない……だが、それでも、私は広い心と慈悲をもって許そう……だが、果たして暴食の魔力が許すかな?




