もぐもぐとパクパク、どちらもありうる。それだけだ
ベルゼ・カルネはとても賢い子である。この世界には様々な事情があり、一方向からの視点だけで正否を判断すべきでは無いと理解している。
故に突然出店広場に現れ、周囲の客を威嚇するような動きをし始めたチンピラ集団にも特に興味を示すことも無かった。事情を知らぬのだ、下手に関わるべきではないだろうという極めて賢く合理的な判断であり……決して、串焼きの方に夢中になっているとか、そういうわけではないのだ。
肉串、それは出店でも定番の品ではあるがだからこそ広く愛されているともいえる。ステーキを始めとして肉料理とはまた違う雰囲気……いや、もちろん肉串も立派な肉料理ではあるのだが、レストランなどで食べる上品な料理とはまた違った魅力がある。
分厚く切った肉を串に刺し炭火で焼く、言葉にすれば実にシンプルだが調理法がシンプルだからこそ下拵えや味付けに様々な工夫の余地があり、それが店の顔ともいえる特色を生み出す。
単純に塩コショウで焼くのもいいだろう。炭火で焼いた肉に塩コショウ、それだけで暴力的な旨さが完成する。或いは少し凝ったミックススパイスなどを振りかけてもいいだろう。かぶり付いた瞬間に口の中から鼻に抜けていくスパイスの香りは、肉の風味を間違いなく一段階上のステージに連れて行ってくれる。
だが、タレも捨てがたい。焼いている最中にヘラで肉にタレを塗ってみれば、数的零れたタレが熱された木炭に落ち香しい肉の香りを周囲に広げてくれるだろう。
分厚い肉に濃いタレの組み合わせも最高だ。上品なソースとは違う荒々しい旨味を感じるタレがたっぷり付いた肉串に、口元が汚れるのもいとわずかぶり付く……その荒々しい野性味もまた肉串の魅力である。
つまり、なにが言いたいかと言うと……そろそろおかわりが焼けそうなので楽しみであるということだ。
「……あの連中はここの土地を欲しがってるクズに雇われたチンピラ共さ。ここの広場の土地の権利は、代々私たちの出店組合が受け継いできてるんだが、それを寄こせと嫌がらせをしてきてるのさ」
焼けた串を何本か渡してくれながら女性店主は簡単に事情を説明してくれる。なるほど、土地を巡るトラブル……よくあると聞いたし、ややこしいとも聞いたことがある。
よし、よく分からないことは置いておいて肉串を食べよう……と、ベルゼがそんな結論と共に例によって串ごと肉串を食べていると、出店の前にひとりのチンピラがやってきた。
「おいおい、まだ下らねぇ店を出してやがんのか……ウチのボスを怒らせる前に、さっさと権利を手放したほうが身のためだぜ? ここは俺らが有効に使ってやるからよ」
「はっ、そんな振れば音でも鳴りそうなほどに中身のない頭でどうするってのさ。はした金に尻尾を振る野良犬如きが凄んで見せても、哀れだけさ。他の客の邪魔だ、さっさと失せな」
「んだと、てめぇ……はっ、こんな誰でも焼けるような串焼き……どれ、味でも見てやろうか……」
そういって一本の肉串に手を伸ばしたチンピラだったが、その手は店主によって叩かれる。
「触んじゃないよ! それは客の分だ、野良犬の餌じゃないんだよ!」
「ってぇな、このアマ!」
手を強く叩かれたことで額に青筋を浮かべて食って掛かるチンピラだが……むしろ彼は、女性店主に心から感謝すべきだった。
なぜなら先ほど、チンピラは命の危機にあったのだから……そう、チンピラが肉串に手を伸ばしたとき、そこには静かに視線が注がれていた。
……私の食べ物を横取りする? それはつまり、この串焼きの代わりに自分を食べてくださいという意味と認識していいわけか? 面白いやつだ、気に入った……その串焼きをお前の生涯最後の食事にしてやろう。
という意志の籠ったハイライトの消えた目を向けていた捕食者が居たので、むしろ手を叩かれたことで命拾いしていたのだ。
だがもちろんそんなことを知る由もなく女性店主に殴りかかろうと手を振り上げたチンピラに、店主が火バサミで摘まんだ焼けた木炭が投げつけられる。
「うぉっ!? なにしやが――ぐぁっ!」
慌てて木炭を回避したチンピラの顔面に、いつの間にか出店から飛び出した店主の拳が叩き込まれる。周囲を見ると女性店主だけではなく、他の出店の店主たちも外に出てチンピラたちを物理的に撃退し始めていた。
「なめんじゃないよ! こっちだって荒事には慣れてんだよ! アンタら程度のチンピラが、力ずくでこの広場をどうこうできるとは思わないことだね!」
「ちっ、く、くそっ……覚えていやがれ!」
尻もちをついた体勢で女性店主を睨むチンピラだったが、いまの動きや周囲の様子を見て女性店主や他の出店の者たちが喧嘩慣れしていることを察し、敵わないと悟ったのかお手本の用の捨て台詞と共に走り去っていった。
「はっ、ボスにここは諦めろと伝えることだね! ……おっと、お嬢ちゃん騒がしくして悪かったね。すぐに残りを……あっ、いや、お嬢ちゃん……それは木炭で……熱いし地面に落ちて……」
「美味しい!」
「そ、そうかい……」
チンピラに投げつけた木炭を拾っておやつのように食べているベルゼを見て、女性店主は引きつった様な笑みを浮かべていた。
思わぬおやつではあったが、ベルゼにとってはラッキー以外の何物でもない。地面に落ちたのも土がついているのも気にしない……というか、快人に言われているから食べないだけで、地面などもベルゼにとっては食べ物であり、食べ物に食べ物が付いたところで気にすることなどないというわけだった。
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チンピラたちを見事撃退した出店広場の店主たちだったが、それからしばらくの時が経過すると勇ましかったその表情は戦慄へと変わっていった。
戸惑い、恐怖、戦慄、様々な感情の混ざった店主たちの視線の先には……客足が減ったのをいいことに、各出店の品を三百個ほど平らげたベルゼの姿があった。
「……もうちょっと……い、いや、駄目だ! これ以上は、他の人の分が……が、我慢だ。私はちゃんと我慢できる子……ごちそうさま! 美味しかったよ~!」
「……あ、あぁ……その、たくさん買ってくれて……ありがとう」
満足したのか、これ以上ここに居たらもっと食べたいという欲を我慢できなくなるのか、笑顔で手を振って去っていくベルゼを女性店主は戸惑った表情で見送っていた。
チンピラたちの嫌がらせはあった。撃退したが間違いなく客足は減った……なのにむしろ、普段より遥かに売り上げが出ている現状……そして、それだけの量を食べながら全然まだまだ食べれそうだったベルゼはまさに、未知の化け物のように感じられた。
物質を魔力に変換する魔法も存在するが、そもそもその魔法はそれなりに高度なため彼女たちのような一般人には馴染みが無く、使える者にしてもわざわざ出店で山ほど食べる理由も無いため、とんでもない化け物を見た気分だった。
「……ね、姐さん……あの嬢ちゃんひとりで、出店の食材半分以上食べ尽したんですが……」
「よ、世の中には……とんでもない大食いが居るんだね」
出店広場の者たちは、しばらくの間恐れ慄いたような表情でベルゼが去っていった方向を見つめていた。
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チンピラたちよりよっぽど大きな恐怖を出店広場に刻み込んだことなど知らないベルゼは、意気揚々と道を歩いていた。
「ん~美味しかった。屋台グルメはいいねぇ……あれ? なにか忘れてるような?」
「……そうっすね。例えば買い出しとかっすね」
「おうふ……う、ウルペクラ……なんでここに?」
「買い出しを頼んだやつがいつまでたっても戻らない、どうせどこかでなにか食べてて忘れてるんだろうって、イリスに頼まれて様子を見にきたっす」
「ぎくぅ……い、いや、その、すぐ帰るつもりだったよ……でも、ほら、出店がいっぱいあったから……ね?」
「はぁ……いやまぁ、急ぎの買い物ってわけでもねぇっすし、いいんすけどね。とりあえず、帰るっすよ」
「は~い」
迎えに現れたウルペクラにバツの悪そうな表情で答えると、ウルペクラはどこか呆れたような表情で転移魔法を展開し、ベルゼと共に居城に転移した。
そして居城に戻って、せっかくだからと一緒に倉庫に買ってきた日用品を入れに移動する。
「むしろ心配なのは、ベルゼがなにか食べた先で迷惑をかけてなかったかなんすよね」
「大丈夫! 今回はちゃんと加減して食べたから!」
「ホントっすかねぇ……」
「ああ、でも、変なことはあったよ。えっと……」
ウルペクラと一緒に買ってきた日用品を指定された場所にしまいながら、ベルゼは先程出店広場であったやり取りを説明していく。
「土地を巡るトラブルっすか、ありがちっすね。あの街は六王陣営の管轄じゃないっすし、割と土地権利が曖昧だったりする場所もあるっすからね」
「ん~私にはよく分からないけど、そういうのってアリス様のところが管理してるんじゃないの?」
「基本的にはそうなんすけど、魔界の歴史は古いっすから……そういう制度ができるより前の古くから受け継がれてきた土地とか、そういうのも結構あってややこしいんすよね」
「ふ~ん、まぁ、その辺はどうでもいいけど出店グルメは美味しかったから、また行こっと……」
ベルゼ・カルネは賢い子である。よく分からないことは深く考えないのが一番の正解だと分かっている。とりあえず今回はかなり控えめに食べたので、まだ満足していないこともあって、近いうちにまた出店広場には足を運んで出店グルメを満喫しようと、そんな風に考えていた。
~ちょっと解説~
【賢いベルゼちゃん】
小難しい話はよく分からないので、あまり深くは考えない。分からない時はウルペクラとか、そういう賢い相手に聞いて教えてもらえばOKと思っている。
【出店広場の殲滅者】
魔界の出店組合にまことしやかに囁かれる噂であり、その殲滅者が現れるの=突発的に祭りが開催されたようなもので、数百人の客が一気に押し寄せてきたようなものであり、売り上げと忙しさが跳ね上がると言われている。




