「食べる」と心の中で思ったならッ! その時スデに捕食は終わっているんだッ!
街はずれの屋敷の一室で肥え太った魔族は非常に上機嫌そうな表情を浮かべていた。
「いや~さすがは先生! あと数度繰り返せば、あの強情な連中の心も折れるでしょ。あの土地はもう貰ったようなものだ!」
「けど、ボス。殺さなくてよかったんですか? 先生の実力なら余裕ですし、殺したほうが手っ取り早いでしょ」
「馬鹿者が、土地を手に入れるだけなら殺せばいいが、あの広場は既に買い手が付いている。死体がゴロゴロ転がっていては土地の価値も下がるだろう。まぁ、頭に血が上ってこの屋敷に殴りこんできてくれれば、始末できて話が早いのだがな、ははは!」
高い金を出して雇った傭兵のおかげで邪魔だった出店広場の店主たちを叩き伏せ、もはや障害は無いと言うような表情を浮かべているボス。
別に殺しを避けたわけではない。殺したほうが手っ取り早いとも思っているし、殴りこんできたなら殺すだろうが……買い手が付いている土地の価値を下げる可能性がある事態は避けて、叩き伏せるだけに済ませていた。
あとは数度出店を修理したタイミングで再び叩き伏せれば、それでもう牙は折れるだろうと確信しており、出店広場の土地が手に入るのも時間の問題だと感じていた。
その考え自体は間違っていない。確かに爵位級には届かぬとはいえ近しいレベルの強者……一般人にとって抗う術などほぼ存在しない。
対抗策など用意できる筈もなく、いずれは土地を手放して逃げるしかないという結論に達していただろう。
だが、忘れてはいけない。なるほど確かに傭兵の男は一般人にとっては理不尽とすら言える強者だろう。しかし、彼女にとって傭兵など軽く撫でれば肉塊と化すほどに脆弱な存在でしかない。
「とりあえず、様子を見て出店の修理が終わったらもう一度……」
ボスが部下やチンピラたちに今後の指示を出そうとしたタイミングで、部屋の入口のドアに……巨大な口で噛み千切られたような穴が空き、そこから小柄な少女……ベルゼが入ってきた。
「う~ん、ここで間違いなさそうかな」
「……なんだ、貴様は……」
「えっとね~私は、出店がいっぱいある広場のことで話をしに来たんだよ」
唐突に表れたベルゼにボスが戸惑いがちに尋ねると、ベルゼはごくごく自然な様子で言葉を返してくる。そこにあった出店広場という言葉にボスの目が鋭くなり、隣に立つ傭兵の男に小声で話しかけた。
「……先生。奴らの雇った傭兵かもしれません」
「かもしれんが……魔力はほとんど感じない。多少武術などが使えるかもしれんが、大した実力では無いだろう」
「ふっ、なるほど、しょせんは貧乏人の限界……問題は無いか」
ここでひとつ傭兵の男の実力不足が大きく表れた。しょせんは過去に有利な条件下での戦闘で男爵級と引き分けた程度の実力であり、未熟な部分も多い。
傭兵の男はベルゼから魔力をほとんど感じないことから、弱者であると判断したが……もっと熟達した実力者や、爵位級高位魔族などであれば、魔力を完璧にコントロールして体外に漏れないようにしている強者であると判断できたであろう。
だが、傭兵の男にそんな判断はできず、傭兵の男の言葉を聞いたボスは表情に余裕を取り戻して口を開いた。
「……はて? なんの話かな? 土地を差し出すという伝言でも伝えに来たか?」
「反省して、ごめんなさいってしよう!」
「……は?」
「私にはよく事情は分からないけど、君たちもあの広場が欲しい理由があると思う。事情が噛み合わずに、ある程度の衝突や喧嘩もあったと思う。でも、出店を壊したり大きなけがを負わせたりしちゃった今回のはちょっとやり過ぎだと思うから、まずはそれを反省して出店広場の人たちに謝って、それから互いの妥協点を話し合えばいいんじゃないかな?」
「……」
笑顔で謝罪して今後の妥協点を出店の店主たちと話し合うといいと言ってくるベルゼの言葉を聞き、ボスの額に青筋が浮かぶ。馬鹿にされている、侮られていると感じたのか、ボスはベルゼに冷たい目を向ける。
「なにを言いだすかと思えばふざけたことを……死にたくなければ、さっさと広場の連中の元に戻って土地を渡すように伝えてこい」
「……反省、しないの?」
「はっ、馬鹿が……先生、お願いします」
「ふっ、つまらん追加仕事だ。まぁ、サービスにしておいてやる」
ボスの言葉を聞き傭兵の男は手に魔法陣を浮かべ、高密度の魔力弾を作り出してベルゼに向けて放った。ここは出店広場ではないため殺しても問題無いと判断したのか、その魔力弾は一般人を容易に肉塊に変えれる威力があった。
だが、もちろん、そんな程度の攻撃が意味などある筈もない……放たれた魔力弾は、ベルゼの髪が口のような形に変化したと思うと、その直後にパクッと食べられてしまった。
「…………は?」
「残念、反省しないならしょうがない」
唖然とする傭兵の男やボスを気にした様子もなくベルゼは自然な様子で口を開く。
ベルゼは感情の機微や善悪というのはイマイチよく分からない。彼女は別世界から来た存在であり、生まれながらにして圧倒的な捕食者かつ食欲のままに行動していたこともあって、知識や経験が足りていない部分も多い。
本人も自覚しており日々勉強中ではあるが、とりあえずある程度判断しやすいように、ベルゼは他者を大別して考える。
好きな人、いい人、普通の人、ちょっと悪い人、悪い人、凄く悪い人……六種類に分け、その分類によって対応方法を変えている。
まず好きな人……快人やアイシス、死王配下の面々や快人の家に住む者たち……ベルゼにとって食べるという選択肢すら浮かばないほどに大切で特別な存在。
次にいい人……善人や他者に優しい存在。美味しい食べ物を作ったりくれたりする存在はここに分類される。主に美味しい食べ物を作る料理人などが振り分けられやすい。
普通の人……最も多くの相手を分類している項目で、まだ付き合いが浅くいい人か悪い人か分からないような相手もまとめてここに分類している。
ちょっと悪い人……他者に意地悪としたり、相手を困らせたりする者だが、悪であると思うほどではない者たちの分類。
悪い人……他者を傷つけたり犯罪を犯すもので、経験の浅いベルゼが客観的に見ても悪だと判断できる存在。
凄く悪い人……他者を殺したり大罪を犯したり、己の食べ物を奪ったりする相手はここに分類される。ベルゼにとっては明確に悪と呼べる存在である。
「いい人、普通の人、ちょっと悪い人は……食べちゃ駄目!」
好きな人は食べるという選択肢は存在しないため除外して、いい人、普通の人、ちょっと悪い人はベルゼにとって食べてはいけない存在という判断だ。
「悪い人、凄く悪い人でも反省できる、反省してる人は……食べちゃ駄目!」
ベルゼが大好きな快人が言っていた。悪い人の中にも心から反省し改心できる者もいると、そういう相手にはやり直す機会が与えられるべきだと……快人が言うのだから間違いないと、ベルゼは確信している。
だからこそ、ベルゼは悪と判断した相手にも最初に反省を促す。反省し、謝罪をするのであればベルゼは許す、二度目は許さないが一度目は確実に許す。
……だが、彼女の慈悲は……そこまでだ。
ベルゼは感情の機微に関してはまだまだ勉強中、痛い目を見て反省したりという、後々改心したりというのはよく分からない。故に一度反省を促し、反省しなかった時点で……彼女の慈悲は消え失せる。
「悪くて反省しない人は……食べて……ヨシ!」
『ッ!?』
瞬間、ベルゼの体中に口が現れ、凄まじい魔力が噴き出した。その魔力は一瞬で場を包み込み……傭兵の男も、ボスも、ボスの部下も、チンピラも……押しつぶされそうな強大な魔力に、動くことも喋ることもできなくなった。
格の違いを一瞬で理解できるような、あまりにも凄まじい魔力……しかもそれだけではない。体の奥底から震えあがるような、どうしようもなく嫌な感覚がした。
ベルゼは賢く気遣いの出来る子である。だからこそ、彼女は普段は自身の魔力を極力外に出さないように抑えている。その理由は単純で、彼女の魔力は暴食の魔力と呼ばれるものであり、捕食可能な……ベルゼにとって口ともいえるものだから……。
そう、ベルゼの魔力を感じるということ、即ちそれは……既にベルゼの口の中にいるに等しい。
暴食の化身、ベルゼ・カルネの口が弧を描く……「いただきます」とそんな声が……聞こえた気がした。
「世界ヲ喰ラウモノ」
その瞬間、暴食の魔力が届く範囲にあった全てが、物体も魔力もエネルギーも余すことなく……暴食の化身によって……食い尽くされた。
~ちょっと解説~
【世界ヲ喰ラウモノ】
暴食の魔力による周囲の無差別捕食。魔力が届く範囲を根こそぎ平らげる暴食の一撃。伯爵級高位魔族クラスすらなす術がないほどに理不尽な攻撃。魔力も含めてすべてが捕食対象であるため、発動した時点で範囲内で魔法などを使うこともできなくなるため、転移魔法で逃げたりということも不可能。
公爵級レベルになれば、範囲が狭ければ体の一部を捕食されつつもなんとか範囲外に離脱も可能かもしれない。
なお、現在の最大射程は約140万kmであり……太陽を丸呑みに出来るぐらいであるため、ベルゼが本気で無差別捕食をすれば逃げるのは不可能に近い。
ベルゼの凄まじい捕食速度よりも再生速度が上回れば生存できるが、それができるのは公爵級最上位クラスである。
六王級になれば次元を遮断したりして、捕食を防御することもできる。




