15 燃え上がる未来
15 燃え上がる未来
夜もとっぷり暮れた頃、僕は聖堂へと戻る。
そこではちょうど、ローバさんが聖女たちと協力して、荷車に荷物を積んでいるところだった。
ピュリアとコメッコは、泣きながら手伝っている。
「ローバさん、出て行くことにしたのですか?」
「あっ、アストラルさん。はい、考えた末に、それがいちばんだと思いましたので。
先祖代々の聖堂を守るためとはいえ、信仰を歪めることはできませんから」
「そうですか……ではひとつだけ、僕と約束してもらえませんか?
これからは、いくら風習とはいえ、土地の権利書を権力者に預けたりしないと」
「はい、わたしもそのつもりでおりました。
それが聖堂を守ることに繋がるのであれば、権利書を保管しても、女神様もお許しになることでしょう
もっとも……この先で土地が手に入ることは、もうないのでしょうけれど」
「その気持ちがあるのであれば、これをどうぞ」
僕は封筒を手渡す。
「これは?」と中を開いたローバさんは「ひゃっ!?」とシャックリのような悲鳴をあげた。
「こっ、こここ、これは、土地の権利書……!? どどど、どうしてこれを!?」
「ナキリンさんと交渉して、返してもらったんですよ。少々骨が折れましたが、わかってくれました」
ローバさんの震えが止まらなくなる。
しわがれた頬に、ひとすじの涙が伝った。
「あっ、あああっ、あわわわわっ! ありがとう……ありがとうございますっ……!
やはり、ピュリアさんのおっしゃっていたことは本当だったのですね!
アストラル様は、救いの神様ですっ! みなさん、神様に祈りを!」
ローバさんを筆頭とし、白衣の少女たちが一斉に膝を折る。
僕を拝むことにかけてはベテランのピュリアとコメッコは、額を地面にこすりつけていた。
「待ってください、僕は神様なんかじゃないです。
それにローバさんにはまだ渡すものがあります。……これを」
僕は懐から取りだしたもうひとつの封筒を、眼下のローバさんに差し出す。
「中身は預金通帳です。
ローバさんのお母さんが、土地の権利書といっしょにナキリンさんに預けていたようですね」
「通帳? そういえば母は生前、毎月コツコツと貯金をしておりました。
スズメの涙ほどだと言っておりましたが……」
ローバさんは、受け取った通帳を軽い気持ちで開いていた。
しかし次の瞬間、
「かっ……かみさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ひっくり返るほどに腰を抜かして絶叫していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕はピュリアとコメッコを引きつれ、アジトへと戻る。
夜風が心地いい。
僕は今日、ほんの一時だけれど、億万長者になれた。
でも僕のポケットには、1¥も入っていない。
手に入れたのは、ふたつのもの。
「聖堂を救ってくださるだなんて……やっぱりアストラル様は、神様です!」
「だべぇ! 女神様に祈っても無理だったことを、あっさりやってのけてしまったんだべ!」
神様談義で盛り上がるふたり。
僕は懐から取りだしたものを、ピュリアに渡した。
「これは、もしかして……」
「そうだよ、欲しがってた『首輪』だよ、さぁ、嵌めてごらん」
するとピュリアは、全身の毛が逆立ったかと思うほどに、ぞわぞわっとなっていた。
「まっ、ままま、まさか、本当に……!? 本当に、頂いてもよろしいのですか!?」
「ああ」と頷き返すと、ピュリアは震える手で首輪を嵌めようとする。
でもぜんぜんうまくいかなくて、コメッコに手伝ってもらっていた。
僕が選んだのは、奴隷用の首輪というよりもシルバーアクセだ。
純白のローブにはよく映えるだろうと思ったんだ。
予想どおり、首輪はピュリアの美しさをさらにパワーアップさせていた。
月明かりを受けたピュリアは、全身がほのかに輝いている。
ピュリアは恥ずかしそうに髪をかきあげながら、おずおずと言った。
「こ……これで聖女ではなくて、奴隷らしく見えるようになりましたか……?」
アクセサリーを身に付けた女性の質問とは思えないが、僕は「よく似合ってるよ」と当たり障りない答えを返す。
「うわぁ……! とってもお奇麗ですだ! まるで、絵本のお姫……むがぐぐっ!?」
僕は素直すぎる感想を漏らそうとしたコメッコの口を押えた。
「むーむー」唸るコメッコに、僕はあるものを渡す。
それは、魔導師用の赤い頭巾。
コメッコは自分にもプレゼントがあるとは思わなかったのか、赤ら顔をさらに紅潮させていた。
「ええっ!? オラにもだか!? そんな、めっそうもないだべ!?」
「いや、コメッコも魔術師の修行をがんばっていただろう?
『発火』の呪文が使えるようになったから、そのお祝いだ」
ピュリアはさっそく頭巾を被るのを手伝っていた。
「ありがとうございます、コメッコさん!
コメッコさんが『発火』の呪文で火を付けてくださるようになったので、お料理がとっても捗るようになったんですよ!」
そして赤頭巾はコメッコの可愛さを、よりいっそう引き立てていた。
「うわぁ! とってもよくお似合いです! とってもかわいくて、絵本から飛び出してきたみたいです!」
エルフ耳をぴこぴこさせて大喜びのピュリア。
リンゴのようにほっぺを赤くして照れるコメッコ。
こうしている所を見ると、ふたりはますます姉妹のように見えてくる。
「これからもふたり一緒に、アストラル様のお役に立てるようにがんばりましょうね!」
「んだ! オラも魔術をいっぱい覚えて、荷物もいっぱい持てるようになりたいだ! アストラル様のために!」
ピュリアは聖女として、コメッコは魔女として、生きる目標を見いだしたようだ。
その動機はともかくとして、技術を習得するために鍛錬するというのは悪いことじゃない。
そして僕も、彼女たちのおかげで見つけることができた。
『生きる目標』を。
「アストラル様っ! これからどうなさるおつもりですか!?」
僕は、夜空を見上げる。
繁華街の方角に視線を移しながら、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「僕は、これから……。
『ワールド・オーダー』を、潰す……!」
空は、赤々と燃えていた。




