事務員さんの憂鬱(上)
各地を回りながら、人々の害となる魔術を討伐する冒険者達。またの名を“巡回騎士”という。主な彼らの食い扶持は、魔獣のドロップ品とダンジョンから出土される“お宝”である。
そんな巡回騎士達が籍を置いている団体――福音協会の事務員――カエラ・フルーレは小冊子を眺めながら、少年の帰りを待ち続けていた。
目元にはわずかに隈が出来ており、翡翠色の瞳はやや充血している。だが、それでも女性としての美しさを保っているのは流石といったところだろうか。明るい栗色の髪はセミロングに整えられており、美しい光沢に溢れている。
身体は細くも、主張するべきところはしっかりと主張されており、年齢相応の色気も兼ね備えている。協会指定の制服である細めの青のスーツとタイトスカートがより一層、彼女の身体のラインを綺麗に強調しているように見える。
カエラは体力には自身がある方だったが、それでもここ数日はかなり参っていた。久方ぶりに新しいダンジョンが発見されたこともあって、新規の騎士登録やパーティ申請などの仕事量は激増。加えて民間人からのクエストの受注や報酬についての交渉など、通常業務も容赦なく襲ってくる有様。正直、てんてこまいだった。
そのせいだとは言いたくないが、少し気が回っていなかったように思える。
「やっぱりしばらくは誰かと組ませるべきだったかなぁ……」
トントントンと、目の前の机を人差し指で小突いてみる。――落ち着かない。
日は既に沈んでおり、街にはあかりが灯されている。いくら何でも遅すぎる。――翡翠色の瞳がかすかに揺れる。忙しさにかまけて“彼”へのフォローが疎かになってしまった。今更ながらに湧いてくる自責の念。
地方の歓楽都市アズウェル。山岳地帯に囲まれた小さな街。小一時間歩けば共和国有数の大きな海都が見えてくるから、地理的にはそこまで僻地というわけではない。
だが、カジノやキャバクラ、さらにはマフィアなども拠点を置いているのがこの歓楽都市であり、ハッキリ言って治安は悪い。
そんな、決して環境が良いとは言えないこの街にあの少年がやってきたのは、一ヶ月前のことだった。彼はまだ16歳と数ヶ月、巡回騎士を志願できるギリギリの年齢――自分と一回りは離れている男の子。
彼――アルリス君が来てから今日まで、帰りがここまで遅かった日はない。昨日発見された新しいダンジョン、山岳地帯の奥地で見つかった深い深い森林。
まだ見ぬ冒険というのは心踊るものらしいが、私からすれば不安の方が大きい。なにせ、マッピングもろくにされていないうえに、どんな魔獣が徘徊しているのかもわからないのだ。そんなところに魔術を使えない子が足を踏み入れるなんて……それもソロで。
少しでもマップが公開されるまで止めるか、もしくは無理矢理にでもどこかのパーティに突っ込めば良かったと今更ながら思う。まぁ、色々と事情のある子だからどちらにしてもいい顔はしなかっただろうけど。
仕方ない。もう少し待って帰ってこなかったら、探しに行こう。そう思った時だった。自分一人しか居ない部屋に――ガチャリという音が響き、冷たい風が吹き込んできた。
「……アル君。こんな遅くまで何やってたのかな?」
心の中で胸をなで下ろしつつも、出てきた声はドスの効いたものだった。見れば、肩を上下させながら息を切らせている。顔を見れば、とってもバツの悪そうな顔。
普段は綺麗に整った黒髪を乱しながら、靴紐が解けているのにも気付かないで――多分、走って帰ってきたのだろう。
ただでさえダンジョンの攻略で疲れているのだから、ゆっくり帰ってくれば良いのに。などという、遅くなったことに対する怒りとは相反した気持ちが沸き上がってくる。そんな自分の心の内に、思わず笑いが零れてしまう。――とりあえず、無事に帰ってきてくれて良かった。
「怒ってないから入ってきていいよ。今日の報告と換金、少し休んでからはじめよっか」
はてさて、今日は何を見つけてきたのだろう。せめて何か、少しでもお金になるか使えるものだといいんだけど。
とりあえず、今日もこの子が無事だったことを、女神様に感謝――
一気に疲れが吹き飛んだ私は頬を緩ませながら、アル君が好んで口にしている紅茶を準備するのだった。




