その首飾り、伝説につき
薄暗い森の中。一人の少年と一体の獣が、一進一退の攻防を繰り広げていた。
狒々が突然変異したその魔獣は、背丈こそ少年をやや上回る程度だが、その筋骨隆々の身体と醜く歪んだ顔。ただ、その厳つい風貌をしてはいるが、魔獣――ゴルド・ヒッヒーは割りとポピュラーな種である。
魔術での攻撃は行ってこない上に、行動は基本的に力任せのワンパターンだ。このため、戦闘に慣れていない者でも何とか対処できるレベルとされている。
「ふぅ……」
自然と早くなる呼吸を落ち着かせる。太刀を両手に一歩踏み込み、胴の辺りを一閃。すかさず鋭い爪が襲ってくるため、後方へステップしてそれをかわす。
――襲ってくるのは、怒声か悲鳴かわからないような叫び声。
フーッフーッーと息を切らせながら、目の前で僕を睨みつけている狒々の怪物――ゴルド・ヒッヒーは随分消耗しているようだった。戦い始めてから約30分。
斬っては逃げる、斬って逃げるを繰り返す、いわゆるヒット&アウェイに徹していたが、ようやくこちらのペースに持ち込めそうだ。
僕は魔術が使えないうえ、パーティは組んでおらず、ソロだ。よって、戦闘中に治癒を自分で行うことができない。世の中には回復薬という便利なものが売り出されているが、それを戦闘中に使えるのは、あくまでパーティを組んでいる場合と思ってもらってほぼ間違いないだろう。
だってアレだよ?モンスターが襲ってきてるのに、薬を飲み干してる暇なんかないよ。普通に考えて。そんなわけで僕の場合、唯一の長所である素早さと持久力を活かした戦い方になってしまったのも、必然と言えるだろう。
「グゴォォ!!」
大きな雄叫びを上げ、両手を振り回しながらの突進。――もう随分削ったはずだ。あいつの限界は近い。うん。そのはず。
そう予測した僕は太刀を鞘に収め、僅かに腰を落とす。弱らせてバテさせて、反応を鈍らせた後のカウンター狙い。一対一の戦闘の場合、僕はこれを徹底している。何度も死にかけた結果、これが一番リスクが少ないと感じたからである。
そして、やはり今回もそれは間違いなかったようだ。
ギリギリまでひきつけたところで、右腕に力を込める。僕の太もも程度はあるであろう首を目掛けて太刀を一閃。すかさず、バックステップで距離を取る。
居合いの構えから放つ抜刀術。とある東方剣術の一端。正式に手ほどきを受けたわけではなく見様見真似で覚えた技だが、これが中々に使い勝手が良い。
「ゥボァ?」
少し遅れて、ゴルド・ヒッヒーの間抜けな声が響いた。
血飛沫――やや黒が混ざった鮮血の体液を吹き散らしながら、その頭部は音を立てて地面に転落下した。僕は警戒を崩さずに太刀を構え続ける。
ほぼ死んだと思われるが、稀に首を切り落としてもしばらく動き回るような、そんな恐ろしいヤツもいる。倒したと思って気を抜くと、思わぬ反撃を受けかねないのだ。先程までの喧騒はぴたりと止み、血液の吹き出す音だけがその場を支配する。
――やがて、目の前の魔獣――ゴルド・ヒッヒーは黒いモヤへと姿を変えた。それを確認してから、そのモヤが霧散してしまう前に、その黒い空間の前で太刀を掲げる。すると、漆黒のモヤが刀身に吸い込まれていった。
これで、本当の意味で“討伐完了”である。
詳しくは知らないが、魔獣を倒した後に発生する“モヤ”を放置していると魔獣が復活してしまうため、このような作業が必要なのである。
これは“浄化”と呼ばれており、売り出されている武器には例外なく、浄化を行うための機関が組み込まれている。仕組みなど詳しいことはさっぱりわからないが、目の前で復活されても困るし、欠かさずに行うようにしている。
「殲滅完了。やっぱり魔術が使えないのは辛いなぁ……」
太刀を一振して怪物の血を払った後、鞘に収める。全くもって時間のかかる戦い方だと思う。僕がこうしている間に、他のパーティ達は僕の倍以上も奥まで進んでいるはずだ。
攻撃、防御、移動、回復。この世界には様々な効果をもたらしてくれる“魔術”という不思議な力が存在する。お伽噺に出てくる英雄は雷の魔術を得意としていたし、伝説の魔女は世界に存在する全ての魔術を操ったのだとか。
現代でも実力者と呼ばれる人達はみな、例外なく魔術の恩恵を活かして戦っている。僕のように魔力に乏しい者も勿論いるが、彼らについてはパーティを組んで、仲間に魔術師を引き入れている。単純にその方が効率が良いからである。まぁ、女魔道士がいた方が華があるというのも勿論あるんだろけど。
(今日はここまでかな。回復薬も尽きそうだし)
背負ってきた探索用の鞄を確認すると、回復薬の細い瓶はあと二本しか残っていない。このまま戻っても使い切ってしまいそうだし、本日のところはこれで探索終了した方が良さそうだ。
この森林は五層が再奥となっていたはずだけど、挑み始めて約半日。漸く一層の中間地点に辿り着いたところである。街周辺の治安を守る――巡回騎士になってはや半年。同期や先輩達には遅れをとるばかりだ。――本当に、ソロは不便だ。
踵を返すと、カチャン――と足元で音がした。気付かなかったがそれは、先程倒したヤツがドロップした品のようだった。見た目は綺麗な首飾りだが、淡い紅色の光を放っている。もしかしたらいいものかもしれない。そんな軽い気持ちでそれを拾い上げ、すかさず鑑定用の液体を一滴垂らした。
使えなければ売ってお金に替えればいいし、戦闘に役立ちそうなら装備してみよう。まぁ、先程の狒々(ひひ)はそこまでレベルは高くないため、ドロップ品の質もうかがい知れるというものだが。
そんな風に考えていた僕は、鑑定結果が空中に投影されたのを見て、驚愕する。間違いなく今日一番、いや、巡回騎士になってから一番の驚きだった。
「ふぃ……な、なんみゃこれ!?」
思わず、噛み噛みで変な声が出てしまうくらいには、僕は動揺し、心臓はバクバクと暴れ回っている。だってさ、そこら辺によくいるモブ魔獣が“伝説級”の装備をドロップするなんて、夢にも思わないでしょ。
「お、落ち着け僕!夢かもしれない!そう!夢かも!」
わざとらしくゴシゴシと目を擦り、頬を何回か引っ張ってみる。痛みも感じる。意識もはっきりしている――夢じゃあない。
恐る恐る、鑑定結果を今一度確認する。
名称:プリズムキャリバー
種類:首飾り
希少度:神話級
効果Ⅰ:いかなる魔術も消費魔力なしで発動
効果Ⅱ:発動後の硬直なし
効果Ⅲ:常時、装備者に自然治癒を付与
「な、な、な、な……」
―――――――――――っ!!!!!!
絶叫。
僕――アルリス・ローゼンベルク、16歳。どうやら神話級の防具をドロップしてしまったようです。




