第八話
創造力には、色々得意不得意がある。皆、ある程度は同じ創造が出来るが、個々によって、強度や種類は大幅に違う。例えば、カドレアは大剣、ヨハネスは身体、ロックは楽器、のように。ナキはといえば、なんというのだろう、武器のようなものより、防御が得意だ。それも透明なものであり、色合いも珍しい。というより、透明な創造物なんて、ナキ以外にいるのかどうか。ミスト先生には珍しいらしく、隅々まで調べられた。
そのことを思い出しながら、獅神ライギルドの仮面を見る。アイザが、一緒に商都ナミアの商店街に行った時にくれたものだ。これを見るとアイザのやかましい顔が浮かび出して、気が楽になったりする。
「そういえば、アイザさんとは遊んだの?」
仮面を見ていると、ロックも同じく仮面を見る。あの時にアイザを見て、中々衝撃だったようだ。第一印象があれなのだから、当然だろう。
「いや、ナンシアに帰ってたよ。あの時兵舎に帰ったら、手紙があってさ」
ーー両親は早く仕事がしたいそうなので帰ります。お父さんもお母さんもナキも、本当に情けないです。もう怒ったので、次会った時にナキを殴ります!それじゃあ!
この兵舎はナンシアとは程遠く。訳あって辺境にあるので、中々来れない。
アイザがまた来れるのがいつかは分からないが、その時は甘んじて拳を受けるしかないだろう。アイザのおかげで、一歩進めたのだから。
「時間だよ」
そう声をかけてくれたのは、ヨハネス。昨日ナキと試合をして、勝った相手だ。ヨハネスはいつも通りの笑顔で二人を呼んでいる。まるで昨日のことなど無かったようだ。ヨハネスに殴られた鼻面が、更に痛む。
「もうこんな時間かー」
ロックが気も無しに寮を出ようとするのを見て、気がつく。
もしや、勘繰っているのは自分だけではないか。
「ナキ君?」
ヨハネスは不思議そうに首を傾げる。それを見て、やっぱり確信する。
「お前...俺のこと嫌い?」
「...はっ」
巻かれた包帯の間で目を窄め、吐き捨てるように寮を出ていくヨハネス。そもそも、ヨハネスの毒気を感じているのはナキだけだ。それ以外の人間には、とても優しいヨハネスであって、なんなら聖人君主とでも言われていいくらいの人徳もあって...。
つまり。やっぱり。
「理由をおしえてくれないか...」
獅神ライギルドの仮面を見つめながら、嘆息する。
本当に、こういう時は、どうすれば良いのだろう。
◯
「ナキさん!昨日は有り難う御座いました!」
「へ?」
寮を出ると開幕に、ニャニャッチがお辞儀をする。腰は九十度に曲がっていて、とても綺麗なお辞儀ずまいだ。
素っ頓狂な声を出したナキに、ニャニャッチが顔を上げる。
「あんな白熱した試合、そうそう観れませんよ!とっても勉強になりました!」
その笑顔はきらきらと、太陽みたいに輝いている。昨日と言えば、ヨハネスとの試合である。あの試合は、確かに白熱だったと思うのだが。
既に皆、兵舎の外広場に集まりかけている。ニャニャッチと一緒、慌てて走り整列をする。少しの沈黙の後、トラル教官が咳払いした。
「順位を発表する」
言われて思い出す。今日は、順位の発表だ。この順位は、生徒達の一大行事である。順位が高ければ高い程、強いということだ。強いということは、王の役に立てるということだ。
「十位、モラリャン」
順位は、十位から一位までしか発表されない。それ以降は、貼られた紙に頼るしかない。全員が、モラリャンを意識する。モラリャンはといえば、顔を渋面に、俯く。一位でなければ意味がない。強くなければ、意味がないのだ。
「七位、カドレア」
名が、着々と呼ばれる。この発表で痛感する。自分がどれだけ至らないかを。
「三位、ヨハネス。二位、ナキ」
はっと、目を見開く。トラル教官の言葉を、二度三度、反芻する。
前のナキの順位は、二十二位。
今回の順位は、二位。
ふと、ヨハネスを向いた。同じくヨハネスも、目を見開いている。
ヨハネスの顔が、こちらに向かれた。
「一位、ジキラ」
「...」
その目は、憎悪に塗れていた。
◯
ロジバルトの奇怪さに、価値観に、ほとほと憤慨する。彼等の性質に、吐き気を催した。
こんなくだらない価値観に殺されてたまるものか。
「ふざけるな...!ふざけるなぁ!!」
呻いても叫んでも、腹から溢れる血液は止まらない。寧ろ増えるばかりで、命の灯火は薄まってゆく。
怒りを抑えるように、地面に頭を乱打する。それを止める者は、男の周囲にはいない。
◯
目を開くと、煌々とした天井灯が瞳に直撃した。眩しくて頭を振る。目を落ち着かせてから、周りを見る。
「夢....」
夢を見た。いつもの風景に身を落ち着かせながら、目を瞬かせる。夢に見た景色は、こことは全く違う。あれは、何だったのだろうか。
「あ、起きてる」
そうこうしていると、ロックが上段から顔を覗かせる。
「おはよう」
「今日は雨だねぇ」
「あぁ」
窓を見ると、大きな音をたてながら、滝の様な大雨が降っていた。なんだか不安になりながらも、心を切り替える。雨が起きても、兵舎は変わらず回るのだ。
「寝てる時、うなされてたけど大丈夫?」
「俺が?」
「うん。うぅぅぅぅって」
ロックが鬱々とした顔を披露した。目を瞑って、口を苦しそうに引き結んでいる。
「不吉な予感だねぇ」
「...」
ロックの言葉に耳を傾けながらも、あの夢のことを思い出そうとする。所々は思い出せるのだが、具体的に、仔細に思い出そうとすると、煙の様に消え去ってしまう。夢とはつくづく曖昧だ。不安に思いながらも、未だ逆さまに身を置いているロックに顔を向けた。
「その体勢、苦しくないか?」
「え?....ぅっ」
ナキの言葉に、ロックは閉口する。みるみる顔が赤くなり、苦しそうに呻き出した。今気付いたと言わんばかりの豹変ぶりが、とても面白い
。
◯
滝の様な大雨が、服にも靴にも、総身に降りかかる。見惚れるくらいの暗雲で、昼間だというのに空は薄暗い。
そんな中生徒達は、悪物と対峙していた。
「キシャァァァ!!」
ナキもまた、泥まみれの軍靴を操って、黒猩猩と対峙する。
解き放たれた黒猩猩は、凶暴性を隠そうともせず、ただ怒りに身を任せた大振りをナキに連発する。
発達した腕がナキを襲う。それでもそれは当たる訳もなく、簡単にナキを懐に入れてしまった。黒猩猩のお腹の辺りに掌を押し付け、創造する。光り輝く透明な刀身を。
「ガッ..アッ...」
掌から刀身が発現する。それは直ぐにどすぐろい擬音に代わり、黒猩猩の弱々しい鳴き声が、この身に降り掛かる。すぐに離れて、息絶えた黒猩猩を見下ろした。死んだのを確認して、周りを見る。同期達が、繁殖した黒猩猩を殺している。その光景は、惨殺という言葉がとても似合っていた。惨い、とは思うが、必要なことだと割り切っている。
ここは、悪物園である。動物園ではなく、悪物園悪魔の呪いに掛けられた動物の園だ。悪魔の全身から発せられる瘴気に呪われた動物は、例えばこの黒猩猩のように腕が異常に発達したり、異様な性質が体のどこかに現れる。
だから、見物して楽しむ、普通の動物園ではないのだ。ナキのような想起士見習いの肩慣らしの場である。
「よし」
気付けば、半年が経っていた。悪物との戦闘は慣れてきたし、もう平気だ。着実に、想起士への階段を上がっていた。
ただ。
あの時を境に、夢を意識するようになったのだ。




