第七話
馬の嘶きと剣戟が、至る所で鳴っている。天馬が翼をはためかせ、相手の天馬と相対する。天馬の上には、人が乗っていた。馬の背、鞍に乗った人間が剣を交える。剣が交わる時に、ナキは創造する。透剣が、とても大きくなる。大きくなる。大きくな...。
「がはっ...!」
創造の途中に、いつの間にか、胸の辺りに衝撃が来た。ジキラが体をうまく動かして剣を交わし、胴の辺りに剣を打ち込んだのだ。ナキは涎を吐きながら、俯く。また、負けた。
陸に戻って、天馬から降りると、ジキラが勿体ぶって言った。
「弱!!」
「うるさい!」
「まあまだ慣れてないからな。もう一戦やるか」
「なんだその配慮は。そんなもの要らないから次も本気でやれよ」
「分かってる分かってる」
この試合の規則は、基本的には何もない。ただ、手合わせをするだけの授業だ。中には、新しい創造を試したり、三人組で、二体一などをしていたり、中には死闘を繰り広げる者までいる。もちろん王律法に背くことは出来ないので、死にはしないが、相手が動けなくなるまで試合、なんてのはざらだ。王に認めてもらう為、皆頑張っている。
ナキとジキラはと言えば、天馬に乗りながら、天空戦を繰り広げていた。これまで三戦して、全敗である。負けが連続して、リリーはなんだか不機嫌な様子だ。ようやく相棒になれたというのに、幸先が悪い。
そんなことを考えながらジキラを見上げれば、鷹揚に手を差し出してきた。仕方なくその手を握って立ち上がると、ジキラの背後に、黒髪の男、ヨハネスが立っている。
「ナキ君。次は僕とやらない?」
ジキラは振り向いて、怪訝な顔をする。
「ん?今回は俺との試合だぞ」
「一回だけだから。良いでしょ?」
「はぁ?」
「そこをなんとか、お願いです」
ヨハネスの後ろから、桃色の髪の少女が立っていた。確か、ニャニャッチといった筈だ。なんだか居心地が悪そうに、気まずそうにジキラを見上げる。
「なんだかヨハネスさん、全然集中出来てないみたいで...」
恐る恐るといった感じで、ニャニャッチはヨハネスを流し見る。当のヨハネスは、ジキラと話しているというのに、ナキの方をじっと見ている。その糸目にドキッとして、体が少し硬直した。
「ナキ、どうする?」
ジキラは振り返って、ナキに問う。幼馴染というのもあって、分かる。その目は、断れと言っている。これまでは、ジキラと感性が割と合うこともあって、そのようにしていたりしたが。
ただ。
「いいよ。やろう、ヨハネス」
「なっ...」
想定外の言葉だったのか、ジキラは目を見開いている。こんな所で意表を突いたって何の意味もないのだが、なんだか清々した。
気持ちが伝わったのか、ジキラはうっと顔を歪ませる。
「じゃ、こっちはこっちで一戦やるか」
「にゃにゃ?!いやいやいやだな、観戦しましょうよ」
流石に切り替えが速い。ニャニャッチに向き直り、勝手にやってろと背中が言っていた。
「なんでだよ。あんた強いだろ」
「凄く嬉しいですが、嫌です」
先程までの動揺は無かったかのように、ニャニャッチは毅然と断った。その真剣な面差しに渋々、ジキラも納得したようだ。近くに座って、ニャニャッチも隣にちょこんと座る。そして、ナキに呼びかけた。
「ちゃちゃっと終わらせろよ」
その声に従うように、ナキとヨハネスはなんとなくの位置に立つ。向かい合うようにして、ヨハネスは以前笑顔のままに、観戦している二人を振り返った。
「ニャニャッチさん、お願い」
「あ、は、はい」
ニャニャッチは慌てたように立ち上がり、では、と一息吐いた。
「始めー!」
そういえば、ヨハネスとは試合をしたことが無い。何故だろうか。そんなことを考えた折、ヨハネスが駆ける。天馬は使わないようだ。透剣を創造し、構えて、考える。確か、ヨハネスの戦い方は。
「...ふ!」
ヨハネスが拳を繰り出す。それを透剣で防いで、防いで、防ぐ。力が強くて少し怯んだが、何とか立て直した。少し慣れてくると、早速出てきた。
ヨハネスの拳から、拳が出てくる。拳を創造して、拳から出したのだ。馬鹿みたいになりそうだが、要はそういうことだろう。
試合はしたことはないが、同期達の戦い方は粗方知っている。時折試合を盗み見て、暇な時に考えたりする。
...もちろん、考えるだけである。対策は後回し。脳内で戦いが想像されるだけだ。だから、こんなしどろもどろな戦いになる。
「...くっ...うぉっ!」
防ぐだけで精一杯で、反撃に転じられない。ヨハネスの攻撃は逐一距離が変わる。拳一つ分長くなったり、二つ分長くなったり、元に戻ったりするから、とても戦いにくい。でも、防げない程ではない。このまま消耗線に持ち込んで、体力を奪えば。
そう思えば思う程、油断も隙も出てくる。
透剣が折れたのだ。折れて、そのままヨハネスの拳がナキの顔面にぶち当たる。ぐちゃ、というような音がした気がして、気が付いたら空を見ていた。
「もう終わり?」
ヨハネスの声が聞こえて、妙に怒りが湧いた。立ち上がって、目の前を見据える。鼻血が出ている感覚がするが、そんなことはいつものことだ。
「まだまだ」
今度はナキが透剣を創造し直して、振る。ヨハネスはそれを避けて、身軽にナキの懐に入り込んだ。そうして一気に、前のような形成に戻る。
「あちゃぁ..」
「ぼろ負けだな」
観客が好き勝手言っているが、一応の作戦のようなものは頭の片隅にあるのだ。
常套手段の奇策だ。
「っ...!」
ヨハネスの猛攻は尚も続いている。それを以前のように防いで、かろうじて凌いでいる。ように見せかける。そして、透剣が折れた。
「?!」
透壁を出して、ヨハネスの二連結された拳を受ける。どごん!という大きな音と共に、衝撃がナキを身震いさせる。それを気合いで踏ん張って、足を前に出す。思ったよりも衝撃が強くて不格好になってしまった。だが、ヨハネスの意表はつけたようだ。
透壁を出す前に、透剣の創りは脆くしておいたのだ。そして、透壁を拳に創造する。拳一つ分くらいの四角形の、ごつごつとした透壁だ。それを。
「左ぃ!!」
右から殴る。言葉とは裏の言葉で、相手を惑わす。これが効果を為すかは分からないが、やれることはやるのだ。今回は、それが功を奏したようだった。
ナキの右拳についた透壁が、ヨハネスの左頬に炸裂した。
当たった。やってやった。そんな気持ちになっていた隙に、ナキの左頬にヨハネスの右拳が炸裂した。
「っ!!...がっ..はぁっ..!」
顔に、胸に、腹に、至る所に拳が来る。どん、どん、どん。そんな擬音のようなものが、ナキの内から聞こえてきた。衝撃が、痛さも、考えることも妨げる。
それでもナキは考えた。怒りが衝撃を妨げたのだ。ヨハネスは、ナキのことが嫌いだと、直感的に判断する。理由は全く分からない。たとえナキの責任だったとしても、何も理由を言わずに嫌うだけのヨハネスに、怒りが湧いてしまう。
頭の中で透壁を想像して、気合を入れた。
「ぬん!」
額の辺りに円錐の透壁を創り出し、トンカチの要領で、頭をヨハネスにぶん投げる。
ヨハネスの創造された拳と交わり、どごん!というような大きな音が鳴り響く。すると、ヨハネスの創造された拳と、ナキの創造した透壁がお互いに砕かれた。ヨハネスは驚いて、動揺している。
この隙に。
衝突の衝撃を利用して、回る。そして、右脚をヨハネスの喉元に突きつけた。右の靴裏には、鉛筆程度の透針が、太陽の下で煌々と照っていた。




