第六話
戦闘訓練、乗馬訓練、講義、遠征、創造教科...兵舎が終われば牧場に行く。その繰り返しを、かれこれ三ヶ月は続けている。未だにリリーは乗馬させてくれそうもない。全く仲良くなってもいないのに、早々に名前まで付けて虚しい始末だ。
「あっははは!」
後ろでロックがはしゃいでいる。それを見て少し安心する。一人でこんなに長い間悩んでいたら、焦って足元が狂いそうだ。そして随分と長い間、動物に好かれるロックに何の興味もなさそうなリリーにも安心する。醜い安心に罪悪感を抱きながら、やっぱり焦る。この繰り返しである。
そんな苦悩にももう飽き飽きだった。四ヶ月である。兵舎に来て四ヶ月。焦りという段階すら消えている。もっと他にやることがある。そんな事も言われる。ただ、どうしても違うのだ。今の乗馬訓練での天馬は、三ヶ月となっては流石に連携も取れてくるし、人懐っこくもなっている。
嫌なのだ。甘えられたら、気分が落ち込む。それが耐えられない。これまで犬や猫を撫でても、頭をすりすりされてもこんな思いはしなかったけれど、天馬は駄目だ。何故かは分からないが、どうしても受け付けられない。
聞くものがいたら嫌な顔をすると思うけれど、これがナキだ。仕方ない。そう自分を位置付けて、毎日毎日リリーに会いに来ている。リリーには、こんな思いは抱かない。
三ヶ月目辺りから、飼育員に世話を任される程である。なんでも、リリーは飼育員にとっても扱い難い天馬だとか。飼育員はリリーを見て面倒くさそうに話していた。
「元々こいつらは人懐っこいんだが、こいつは餌をやっても食べないわ、毛並みを整えてやろうとしても振り払ってくるわ、あげくに俺の顔を見るだけで睨み付けてきやがる。扱いにくくてしょうがねえ。兄ちゃんに任せる」
と言って、ブラシやら餌やらをナキに押し付けてきた。その態度にもやもやはあるが、とても有難い。
「餌は食べる。毛並みは整えさせてくれる。睨み付けても来ない。飼育員よりは、俺の方が良いんだな」
声に出してみると、割と元気が出る。リリーは寝ている。ナキなんか眼中に無いのだろう。だけれど、触らせてはくれるし、話しかけてもその場を去ったりしない。思わず、笑みが広がる。こうしている空間が、本当に幸せだった。
◯
「ナキ!」
「アイザ?!」
翌日、牧場に向かおうと思っていた矢先に、赤髪の少女がナキを待っていた。少女はぷっくりと頬を膨らませて、大きな目を凄めている。
「な、なんでここに?」
「なんでもなにも!どうしたもこうしたも!」
肩を怒らせて、右手からパラっと紙をひらひらさせる。ナキの書いた手紙だ。
「三ヶ月も天馬探してるなんて、長すぎ!」
図星。
「だから私が来たの」
「た、頼んで無い」
「知ってる」
ニマッと笑って、手紙をくしゃっと潰した。そして、大胆不敵にこう言った。
「ナキ、怠けてるでしょ」
「怠けてなんか..」
ない、と言いかけて、口を噤む。今までの生活を振り返って、思い澱む。
兵舎での生活は、本気で取り組んでいる。力を見せつけて、ナキの順位は二十二位にまで上がっていた。だが、これでは圧倒的に足りない。もっと、もっと力をつけて、順位は上がると確信にも似た悔しさがある。
ただ、天馬については。
ナキの反応を見て、アイザは嘆息する。そして、横にいるロックの方へと顔を向けた。
「ごめんなさい。あと一言だけ」
「う、うん」
困惑気味のロックが頷くのを見ると、アイザはナキを睨みつける。その目に恐怖を感じて、思わず後退した。
「さっさと見つけて遊ぼうよ!!!」
とてつもなく大きな声で、アイザは叫ぶ。赤髪がふわりと上がり、ナキの目には獣の咆哮のように見えた。その声は、ロックの鈸よりも大きく響く。
すっきりした、という顔で、アイザは晴れやかに、真剣にナキを見る。その顔を見たら、なんだか拍子抜けした。
「分かったよ」
そして、霞が一旦晴れた。
◯
「リリー。...いや、違うか?」
いつも通りに名前を呼んだが、次第に違和感が募る。そもそも、ナキが名前を付けていること事態変な話だ。呼びやすいようにそう呼称するだけならいい。むしろ、最初はそうだろう。最初はそうだった。ただ、そこには次第に愛情や親しみが含まれてしまう。天馬においては、ナキには気の毒に思えてならない。
「俺は、ナキって言うんだ。ナキ。賢いから分かるんだろ。お前、結構賢そうだし。もう三ヶ月って言うのに、名前すら言ってなかった。ごめん」
天馬は賢いと言っても、人の言葉まで解する訳では無い。何を言っているかも分からないだろう。でも、何を伝えようとしているかは分かるんじゃないか。
「俺さ、最初ここに来た時、やる気が出なかった。正直今でも出ない。けど、お前を見た時、ちょっと感動した。言い方がわからないけど、感動した」
天馬は以前眠ったままだ。耳をピクピクさせながら寛いでいる。多分、聞いていると思う。
アイザを思い出して、精一杯息を吸う。
「一緒に行こう」
どこに?そんな疑問が心の内にひしめいた。ただ、これがナキの気持ちだ。
三ヶ月もいたというのに、急な展開に心臓がバクバクする。こんなになるまで何故、現状維持を保っていたのか、本当に分からない。これでは、恥ずかしくて俯いたという方が妥当だ。
「...」
数秒俯いた後、顔を上げる。天馬は目を開けて、こちらを見ていた。少しやさぐれた目に、妙に親近感がある。
数秒、見つめ合う。ふと、天馬が目を逸らしてしまうのではないかと、不安になった。その不安は益々増えて、ついにナキは目を逸らしてしまう。
「ま、また、来る」
立ち上がって、天馬に背を向ける。まだここいたいと思っていても、懸命に振り払う。そうだ。また来ればいいのだ。また、来れば。
「ナキ」
声がして、立ち止まる。見ると、ロックが真剣な顔で、ナキを見ている。
「一回、振り返ってみて」
「え?」
「いいから」
言われて、振り返る。振り返ってみると、以前のまま、天馬がナキを見ていた。ロックが少女のようにはにかむ。
「大丈夫だよ」
ロックの言葉を横に、天馬と見つめあう。そうして、ようやっと、天馬探しは幕を終えたのだった。




