第二十八話
翌日。翌々日。その翌日も。そのまた翌日も。ジェメドは忘れていた。
革命団の解散という事実を、完全に忘れていた。
まるでループしているかのように、扉の前に少女がいる。少女は立ち上がって言うのだ。
「今日はやるの?」
最初は巫山戯ているのだと思っていた。キノを揶揄って楽しんでいるのではと思いながらも、そうは思えないのだ。
一挙手一投足を見ても、以前のジェメドと変わりなく、明るく無鉄砲な彼女だった。
だが、ループされるような光景を見ていると、流石に怖くなってくるというもので、ラノンにも相談をした。
ラノンを入れて会話をしても、革命団は解散したのだと言っても、翌日にはそれを忘れて、扉の前に現れる。
ジョンハットを加えてみても、それは変わらずだ。考え得る限りの知り合いに話しても、何も変わらない。ジェメドの狂気が認知され出して、二週間が過ぎようとしていた辺り。
キノはジェメドと空き地にいた。ジェメドはわくわくしているのだろう。楽しそうにゆらゆらしている。
「で、今日はなにやる?」
「ジェメド。もうやめろ」
青い顔で、キノはジェメドを凝視する。キノを見つめる目には、疑いのかけらもなく、焦燥のかけらもなく、狂気のように純粋だ。
「何?急に」
可愛らしくこてんと小首を傾げる彼女を、初めて憎らしいと思った。
「こっちの台詞だ。急に何だ?悪戯のつもりか?革命団をやめるって、突然言ったことを怒っているのか?」
「え?やめる?」
「ああそうだろうな。お前は忘れるんだ。その場では驚くけど、翌日になったら綺麗さっぱり覚えていない」
ジェメドの視界は、脳の認識は、そういう風にしかならないらしい。
ジェメドの母親が言っていた。
ーー「キノ君。ごめんね。もしかしたら、うちの娘とはもう関わらない方がいいのかもしれない」
「..どういう事ですか?」
「...娘は、貴方のことが好き過ぎる」
気不味そうに目を逸らしながら、ジェメドの母は告げた。
まるでそれが悪い事のように、危機を宣告するかのような重々しさだった。
「あの子のこと、分かってなかったのかもしれない。私があの子のことを、理解してなかったの」
「いや、だから...」
「違う。理解出来なかったの。私があの子を天才にして産んでしまったから」
「...」
ジェメドの母、マリアは、今まで見たことのないような焦りの表情で、地面を見つめている。
いつもの優しい笑顔、革命団で迷惑を掛けても、分け隔てなく接してくれたマリアの狼狽に、背筋がぞくっとするような、手を出してはいけないものに手を出したみたいな、得体の知れない恐怖が漂う。
「革命団は、もう辞めたのね」
「..はい」
「そう」
きっと、家でも何か異変があったんだ。でないとこんな態度にならない。娘に恐怖するようなことにはならない。
マリアはすっと息を吸って、小さく吐いた。
「距離を、取った方が良いわ」ーー
「革命団を解散するって言ったから、こんなことになったのか?」
「何を言ってるの?怖いよ、キノ」
「お前は絶対に記憶してる筈だ。二週間前、革命団の解散を告げた。ジョンハットも了解してる。俺もだ」
まるで可笑しいのは自分のようで、頭が痛くなる。それでもキノが捲し立てるのは、ジェメドは絶対に覚えているからだ。
視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。五感全ての出来事を、彼女は覚えている。彼女の人生に起きた全てを、彼女は覚えている。
そんなジェメドが、革命団の解散なんて出来事を忘れる筈がない。
距離をとる。どのみち無理だ。
ーー「ガハハハ!お前モテるのか!華だな!」
「うるさいよ」
あんなに迷惑を掛けたというのに、町長ガランは快く話を聞いてくれた。
「やっと改心したと思えば、これまた厄介なことを持ってくるものだ。お前は疫病神だな!ガハハハ!」
キノの頭を撫でながら、町長は愉快に笑っている。手が大きすぎて、キノの頭をすっぽりと覆っている。がさつなのか、痛いので撫でないで欲しい。
「町長。娘はどうなっているのでしょうか。私にも分からなくって、一回、見てもらえませんか?」
「ふむ..」
「ガランさん。俺からも頼むよ」
マリアの隣にいるのは、マリアの夫、ジェメドの父であるバリアードだ。下がった眉に、疲れたように隈がある。マリアの目の下にも、同じように隈が刻まれていた。
キノも、以前のような元気は亡くなっていた。
「そいつは、無理な話かもしれねえな」
「..どうしてでしょうか」
「いやぁ、話を聞く子にも思えないからなぁ」
「...じゃあ、どうすれば」
「まあとにかく、一回会ってみるとしよう」ーー
「どうして忘れるふりなんかするんだ」
「忘れるって、何を..?」
「っ..革命団は終わりだよ!昨日も話した!一昨日もその前も話したことだよ!毎回毎回!もう良い加減にーー!」
革命団は解散した。外に出るという目標は諦めて、ここで大人しく生活していくと決めた。分不相応ってものを、キノは理解した。
分かってくれないジェメドに、我慢の限界が来てしまう。
ーー「キノ。お前がやるしかねえ」
「..やっぱり無理だった?」
「無理だ。聞く耳持ちやしない」
家に町長が来た。町長が家に来るなんて事は夢にも思わなかったのか、カチコチになったラノンが茶を運んで来る。動きが硬すぎて、気が軽くなった。
「すまんな」
ラノンの茶を一気に飲み干して、町長はキノを見つめる。
「ジェメドちゃんはな、天才なんだよな。皆から持て囃されて、苦労はあった筈だ」
「..そうだな」
「マリアもバリアードも、革命団のことを話す時の娘は凄く楽しそうだった、だってよ」
「...」
「居場所がなくなったような心地なんだろうな。ま、俺には分からんがな。ガハハハ!ラノンちゃんおかわり!」
「は、はい!」
豪快に湯呑みを突き出す町長に、ラノンは慌てふためきながらも茶を淹れる。それも直ぐに飲んで、意外にも優しく丁寧に、机に湯呑みを置いた。
「つまり、お前がやるしかないんだ!」
「..どうやってだよ」
「旗も綺麗に畳めねえ奴は、後の未来も畳めねえ!」
「何言ってんだ」
よく分からないことを言っている町の代表を見ていると、悩んでいることが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
そんなキノの様子に、町長は豪快に口端を上げる。
「心が決まったら俺に言え!失敗したら俺が畳んでやる!いや、畳ませてやる!」
この町長は不思議だ。豪快でがさつに見えるのに、物を食べた時に口の周りに汚れは無いし、湯呑みだって静かに置く。
丁寧で頼り甲斐のある町長。
この時初めて、町長の町長たる所以を見た気がした。だからこの人は人気があるんだろう。
「俺には無理とか言ってた癖に」
「ガハハハ!何とかなるさ!」ーー
町長を思い出して、勢いのままの言動を制した。言った言葉は戻らない。
傷付けた事実は変わらない。今のキノの一挙手一投足全てを、ジェメドは一生忘れられないのだろう。
自分が大好きな人間の拒絶を、忘れられないのだろう。
「ご、ごめんジェメドーー」
「何で...」
ジェメドの声は震え出す。泣き啜る音が、静かな空間にこだまする。
「何で、怒ってるの?キノの、言ってる、こと...っ、分かんないよ....!」
「ジェメド..?」
「私、ただ..!革命団のこと話しただけじゃない!」
ジェメドは泣いていた。涙を流して、鼻水まで出ている。顔をくしゃくしゃにして、キノを凝視する。赤く充血した目は、本当にしか見えなかった。
振りではないのだ。
今この瞬間確信した。ジェメドは本気で、革命団は解散していないと思っている。
理由は分からない。完全記憶を持っているのに、何故忘れているのだろう。毎日毎日顔を合わせて、革命団は解散したと告げているのに。
「革命団は、解散なんかしてない!してないの!!」
この時、あともう少しでも、向き合うべきだった。
後悔している。胸に絶えず残り、一生の罪となった出来事。
向き合っていれば、話していれば、違う未来もあったかもしれないのに。
「...けんなよ」
キノは、我慢が出来なかった。




