第二十九話
「ふざけんなよ?!どれだけ説明したと思ってんだよ!あぁ?!」
「...キ、キノ?」
「もううんざりだよ!口を開けば革命団革命団革命団!!記憶してんだろうよ?!いつまで馬鹿にする気だ?!」
一度は口を噤んだ言葉も、抑えることなど出来なかった。一歩踏み込んで、力の限り声を出す。
「俺が弱いからって舐めてんのか?!外なんか出られないのに夢見て滑稽だって、馬鹿にしてんだろうが!!」
外に出たい。こんな所から出て、人生を謳歌したい。
革命団のリーダー。そんな物をやっている間に、こつこつと積み重なってきた劣等感や現実感が、内から溢れ出す。
「お前がいなきゃ町長は手すら出して来ないだろうよ!俺が弱いからだよ!外なんか出られっこ無いって!絵空事だって!!」
外に出たい。
醜い心象を吐き出したところで、残った思いはただただ虚しい絵空事。
実力のない未熟者が夢見た幻想は、未だこの身に残っている。
外に出たい。
無理なことだということを理解した。だから蓋をして、一生蓋をして、ここで生きると決めたんだ。
なのにお前はどこまでも幻想を突きつけて、未熟者を刺激する。
革命団。自分の力だと思っていた。自分がここの中心なのだと思っていた。
ジェメドと話していくたびに、ジョンハットと話していく度に思い知らされる。
俺は、外を見たいのではなくて、外に出たかったんだと。
この日々に退屈をして、ただただ漠然と抜け出したかっただけ。
分かりやすい抜け道は、地上という言葉。
それだけなんだ。
諦められるくらいの夢だということだった。ジェメドやジョンハットが本気でなくたって続けられる夢だったんだ。
「..お前が続けるなら、それで良いよ」
「キ..ノ...?」
「一人で勝手にやってろ」
燃え尽きたように、キノは俯いた。前のジョンハットのように、ジェメドの横を通り過ぎる。一瞥もせずに、足を進める。
「ま、待って!待ってキノ!待って!!」
生まれて初めて無視をした。泣き叫ぶジェメドを振り向くこともせず、空き地を出る。
口を引き結び、視線も合わせない。見ないし話さないし、聞こえないふりをした。
「あ、ああああっ...!!」
慣れないことをしながら、慣れた道なりを行く。視線をどこに向ければ良いのかわからない。歩幅が均等なのか、ちゃんと歩けているのか、くだらないことに目を向けた。
「すまああああああん!!!」
空気が揺れる程の大声が、天から降ってきた。同時に、ばしいいいんと、地面が叩きつけられる音がする。
見れば、町長が、飾りたくなるくらいの土下座をお見舞いしていた。
「キノぉ!俺が悪かった!悪かったから振り向いてくれぇ!!」
「いや、振り向いてるよ...」
爆発したみたいな音がすれば、誰だって振り向くだろう。振り向いた先が巨漢の土下座だなんて、凝視せざるを得ない。
「何してんの町長」
「お前とジェメドの仲直りは、こんな所で終わっちゃいかぁん!!」
土下座のまま顔を上げると、妙に覇気のこもった顔が張り付けられていた。不恰好な形でなければ、大人でさえ恐れてしまいそうだ。
呆気に取られていると、町長は立ち上がり、豪快にキノに歩み寄る。
正気になると、一歩後退る。地面から影が伸び、気が付けば町長に腕を掴まれていた。
「ちょ、やめろって!」
「ガハハハハ!お前も可愛い子供だったということだ!」
「なんだよそれ!」
力が強すぎて、子供のキノでは敵わない。創造を使えば取り払えるだろうが、それも一瞬だろう。
こんな力で、どうして外に出ようと意気込んでいたのだろう。
ずしずしと、来た道を戻らせられる。町長の分厚い腕は、強引に、けれど優しくキノを連れて行く。
「...うっ...っ」
溢れ出る涙を腕で止めようと、懸命に目を擦っている。涙なんて求めてもいないのに、だらだらと流れてくるのだろう。
小さな少女は、独りぼっちで泣いていた。
「キノ」
隣の声が聞こえなくなりそうなくらい、目の前の少女は痛ましかった。
キノ自身がジェメドを泣かせてしまったことを、抱えきれないほどの、胸が張り裂けそうな程の苦しみが襲い出す。ひやりと背筋に亀裂が走り、心臓の音だけが聞こえていく。
「行ってやれ」
分厚い掌が、キノの背中にぽんと打ちつけられた。掌の温かみで、凍結した血が流れ出した。
打ち出された勢いのまま、キノはジェメドに抱きついた。
「ごめん!ごめん...!ごめんなジェメド!!」
「うぅ....あぁっ..」
「ごめん...!ごめん...!」
謝ることしか出来ないのが歯痒かった。過去を遡って、やり直したかった。
胸の中にうずくまるジェメドは、未だ啜り泣いている。泣かせてしまったのは、キノのせいだ。
「キ、ノっ...うっ..」
ジェメドの腕がキノの腰に回る。キノのことを認識してくれたようだった。
あんなに酷いことを言ったのに、それでもジェメドはキノを求めている。捨てられた子犬のように、延々と泣いている。
「ごめん..!ごめんな!」
「うあああああああぁん!!」
キノはただ、謝ることしか出来なかった。
◯
「いやはやどうなることかと思ったが!」
快活明瞭に、町長は二人を見下ろした。上機嫌に腰に両手を付けている。
まるで審判のように、二人の動きを眺めているのだ。
かくいうキノは、ジェメドと向かい合い、お互い正座の形で、空き地に座っていた。
「一旦は大丈夫そうだ!ガハハハハハハ!」
やはり快活に笑う町長とは対象に、キノの両眼は涙に暮れている。ジェメド同様、思考が中々回らない。
「なぁジェメド」
「..うん」
「お前なりに、考えがあったんだよな」
気持ちを使い切った後は、胸がすっきりと軽くなる。すっきりと軽くなった後は、素直になれる。
「教えてくれ。俺も全部話すよ。お前が良かったらだけど」
「そんなの、良いに決まってる!」
前のめりになりながら、ジェメドは答える。涙は拭いてあるが、鼻水はまだ垂れている。
そんなジェメドがおかしくて、思わず笑ってしまう。
「町長も、ありがとう」
ジェメドと仲直りが出来たのは町長のお陰だ。町長が空から土下座をしなければ、キノは後悔していたに違いない。眠れない夜を過ごして、翌日も、一生消えない後悔を抱えていたかもしれなかった。
町長は腕を組み、満足げに笑う。
「仲直りというのは...実に華だな!ガハハハ!」
この町長あって、なのだろう。皆が笑顔で、仲良く生活している。
外になんか出たくなくなるくらいの魅力が、きっとここには詰まっている。
なんだか前に進めるような気がして、気持ちが清々する。心が吹き抜けに心地よく吹いて、溜まった埃がなくなっていく。
「だが、お前たちはここからが正念場だ!仲直りしたからといって、油断してはならない!何故ならばーーー」
清々しい気持ちは、キノを前向きにしてくれた。きっとこの出来事は一生忘れられないだろう。
ぱし。
この時はまだ高揚に塗れていて、気付かなかった。
音がしたと同時、キノの瞳孔が大きく揺らぐ。
町長の生首が、地面に落ちていたから。




