新たな住人は人間ではないようです。
翌朝、エリシアは簡素な寝台の上で目を覚ました。
王都にいた頃と比べれば、寝心地が良いとはとても言えない。寝台そのものは硬く、枕も最低限。窓にはまだ硝子が入っておらず、木製の雨戸の隙間から朝の光が細く差し込んでいる。
それでも昨夜は、思っていた以上によく眠れた。
「……朝ですね」
身体を起こして伸びをすると、昨日修復した部屋を見回す。壁の亀裂は塞がり、雨風が直接入ってくることもない。床にはまだ埃が残っているが、少なくとも廃屋で夜を明かしたという感覚ではなかった。
『おはようございます、管理者エリシア』
唐突に頭の近くから声が響き、エリシアは少し肩を跳ねさせた。
「ノア。朝から突然話しかけるのはやめてくださいませ」
『学習候補へ追加します』
「本当に追加しているのでしょうね?」
寝台から降り、身支度を整える。顔を洗うため地下の泉まで行こうとしたところで、エリシアは昨日の約束を思い出した。
「そうでした。今日はLv.3で増えた生成項目を確認するのでしたね」
『はい。現在利用可能な項目を表示しますか?』
「お願いします。ただし、一度に全部出すのはやめてください。昨日の最後に見せていただいた量では、読むだけで一日が終わります」
『分類ごとに表示します』
エリシアの目の前へ、半透明の文字が浮かび上がった。
まず表示されたのは地形や設備だった。
石壁、石扉、階段、倉庫、簡易水路、排水溝、作業台、貯水槽。
以前より明らかに種類が増えている。
「これは便利そうですね。修道院の修復にも使えそうです」
『外縁領域を設定すれば、周辺設備にも適用可能です』
「それは後で確認しましょう。次をお願いします」
文字が切り替わると今度は罠が表示される。
落とし穴、転倒罠、簡易矢罠、警戒鈴、粘着床などが並んでいた。
「今のところ、これは急がなくてもいいでしょうか」
『防衛設備は重要です』
「もちろん必要ですけれど、今は私しか住んでいませんから。まず暮らせる場所を作る方が先です」
『異論はありますが、管理者判断を優先します』
次の分類へ進むとエリシアは表示された文字を見て、少し姿勢を正した。
《生成魔物》
《スライム》
《ゴブリン》
《ゴーレム》
「これが、昨日言っていた魔物ですね」
『はい』
「この子たちは、生成したあとどうなるのでしょう?」
『迷宮所属個体として登録されます。基本命令に従い、領域内で活動します。生命維持に必要な要素を満たせなくなるとそのまま消滅するのでお気を付け下さい。』
「では、ちゃんと考えて作らないといけませんね」
『戦力としてのみ運用するのであれば、最低限の水場があれば問題ありません』
エリシアはその言葉に少し引っかかりを覚えた。
「戦力としてのみ?」
『はい。魔物は迷宮防衛、採取、運搬、侵入者排除などに使用できます。破損、死亡した場合はまたDPを使い別個体として再生成が可能です』
「……使い潰しても構わないという意味ですか?」
『効率を優先するのであれば』
ノアの声に悪意はなく事実を説明しているだけなのだろうということはわかった。だからこそ、エリシアは少し考えてから答えた。
「生成されたあと、その子たちはここで生活するのでしょう?でしたら、私と同じ住人です」
ノアからすぐには返答がなかった。
「お仕事をお願いすることはあります。危険なときには戦ってもらうこともあるかもしれません。でも、壊れたら作り直せばいいという扱いはしたくありません」
『魔物個体へ感情的価値を付与する必要性はありません』
「ノアにとってはそうかもしれませんね」
エリシアは否定せず、穏やかに続けた。
「けれど、私はそうしたいのです」
『・・・了解しました。管理方針として記録します』
ほんの少しだけ間を置いてから、ノアが付け加える。
『ただし、住人として扱うのであれば、生活設備のDP消費が増加します』
「分かっています。だから今から考えるのでしょう?」
エリシアは苦笑し、最初に生成する魔物を検討した。
「それぞれ、どんなことが得意なのですか?」
『全ての魔物は戦うことが得意です。しかし、強いて言うならばスライムは清掃、汚水処理、水質維持などに適します。ゴブリンは採取、簡単な栽培、道具製作。ゴーレムは採掘、建築、重量物運搬が得意です』
「今の私たちに必要なことばかりですね」
修道院はまだ埃だらけで庭も荒れており、修理したい場所も山ほどある。
「まずは少数ずつお願いします。いきなり大勢作っても、私が何をお願いすればいいか分かりませんから」
最初に生成したのは三体のスライムだった。地下の広間に淡い光が集まり、床の上へ透明な粘液状の身体が形作られていく。
一体は水色。
一体はほとんど無色。
もう一体は少し白みを帯びていた。
「……可愛いですね。色も違います」
『外見評価は機能に影響しません。おそらく生成時に使用した管理者エリシアの魔力にムラがあった影響でしょう』
一番近くにいた水色のスライムが、ぷるりと身体を震わせた。エリシアがしゃがんで手を差し出すと、少し迷うように動いたあと、指先へ身体の一部を寄せてくる。
冷たく、柔らかい。
「よろしくお願いしますね」
『命令を入力すれば作業を開始します』
「最初から働かせる前に、少しくらい様子を見てもいいでしょう?」
次に二体のゴブリンを生成する。
エリシアがこれまで知識として学んできたゴブリンは、人里を襲うこともある魔物だったため多少身構えていた。
だが生成された二体は、武器すら持っていない。
背丈はエリシアの胸ほどで、緑色の肌に大きな耳。周囲を不思議そうに見回し、エリシアと目が合うと二体とも慌てたように頭を下げた。
「あら」
『管理者を上位個体として認識しているようです』
「頭を下げなくても大丈夫ですよ」
二体が顔を上げる。
「これから一緒にここを直していきたいのです。お願いできますか?」
言葉をどこまで理解しているのかは分からない。
けれど一体が大きく頷くと、隣の個体も真似するように何度も首を縦へ振った。
「良かったです」
『単純命令であれば、より確実に理解します。訓練すればより複雑な命令も解するようになるでしょう』
「それなら!少しずつ覚えていただきましょう」
最後に生成したゴーレムは、人間より一回り大きかった。灰色の石で作られた巨体がゆっくり起き上がると、地下室の天井へ頭が届きそうになる。
「思っていたより大きいですね」
『建築・運搬用の標準個体です』
「地上へ上がれますか?」
『そのために通路幅を拡張していたのです』
これで、エリシア以外に六体の住人が増えたことになる。まずスライムたちには修道院内部の清掃と泉周辺の管理を任せ、ゴブリンには庭に使えそうな植物や木材がないか調べてもらう。
ゴーレムは崩れた石壁の撤去から始めることにした。
作業が始まると、修道院の様子はすぐ変わり始めた。
三体のスライムは床を這いながら埃や汚れを身体へ取り込み、汚れだけを分解していく。
「便利ですね……」
『戦闘面では不服なところがありますが清掃用途では非常に優秀です』
「昨日、私が布で拭いていた時間は何だったのでしょう」
一方、ゴブリンたちは外へ出ると、庭の草を片っ端から抜くようなことはしなかった。食べられそうな植物と使えそうな草を分け、小枝を束ね、朽ちた木材もまだ使える部分だけ選んで集めている。
「教えていないのに分かるのですね」
『基本知識は生成時に付与されています』
「なら、かなり助かりそうです」
ゴーレムは倒れていた石を持ち上げ、庭の端へ次々と積んでいった。人一人では到底動かせない大きさの石まで軽々と運ぶ。
昨日まで荒れ果てた場所だった修道院に、初めて自分以外の存在が動き回っている。
まだ会話らしい会話はできないが、それでも不思議と寂しさは薄れていた。
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昼過ぎになるとエリシアは三体のスライムを連れ、地下の泉へ戻っていた。
「ノア。この子たちは水質管理ができるのですよね?」
『はい。水中の不純物、腐敗物、過剰な魔素などを取り込みます』
「泉は生成したばかりなので綺麗ですが、今のうちに仕事を覚えてもらった方がいいでしょうか」
そう言うと水色のスライムが泉の縁まで近づき、そのまま水中へ入った。ぷかぷかと浮きながら身体を広げている。
残り二体もそれに続いた。
「楽しそうですね」
『・・・作業中です。彼らは真剣なので邪魔しないで下さいね』
エリシアは泉の水を手ですくった。昨日生成したばかりとはいえ、これから長く使うなら水質を安定させたい。
「魔物は環境の魔素を食べるといわれていますよね?私の水属性魔素を少し流せば、この子たちにも良い影響がありますか?」
『可能性はあります』
「昨日よりは出力調整も分かってきましたしちょっと試してみましょうか。」
エリシアは一体のスライムへ手を添えた。
水属性の魔素を意識し、ほんの少しだけ流す。身体の中で静かに流れる感覚を探り、昨日ノアに教わった適正量よりさらに弱くする。
『水属性魔素、正常範囲です。進歩を確認しました』
「ありがとうございます」
珍しく素直に褒められ、エリシアも少し嬉しくなる。水属性を受け取ったスライムは身体を一度大きく膨らませると、泉の中を勢いよく泳ぎ始めた。
「元気になりましたね。では、こちらの子には……」
白みを帯びたスライムへ目を向ける。その個体は、先ほどからエリシアの足元に寄ってくることが多かった。
「この子は聖属性と相性が良かったりしますか?」
『個体差を解析します。……聖属性への親和性が、他個体より僅かに高いです』
「なら、少しだけ試してみましょうか」
エリシアはその場へしゃがみ、スライムの身体へ両手を添えた。
「嫌でしたら離れてくださいね」
スライムは逃げるどころか、ぷるぷると揺れながら手のひらへ寄ってきた。
「……では、ほんの少しだけ」
聖属性は、最も扱い慣れている。浄化や治癒で何度も使ってきた魔力だ。だからこそ、エリシアには油断があった。
他属性のように慎重に探る必要がないと思ってしまったのだ。
いつもの《聖浄》を使うときより遥かに弱く。
ーほんの僅かだけー
そのつもりで魔力を流した瞬間だった。
『管理者エリシア、停止してください』
「え?」
『出力過剰です。複数属性の魔素の過剰摂取を確認』
「そんなはずは――」
言い終える前に、スライムの身体が白く輝いた。エリシアは慌てて手を離したが、すでに流れ込んだ魔素は止まらない。
「ノア!」
『魔素量が個体許容量を超過。進化反応を確認』
「進化!?」
光が地下室いっぱいに広がる。他の二体のスライムが泉の端へ逃げ、エリシアも眩しさに目を細めた。
白いスライムの身体が、光の中で徐々に形を失っていく。
「大丈夫なのですか!?」
『個体生命反応は正常です。ただし、通常進化データと一致しません』
光がさらに強くなり、エリシアは思わず腕で目元を覆った。
数秒後、恐る恐る腕を下ろしたエリシアはその場で動きを止めた。




