進化したようですわ!
「……え?」
先ほどまでスライムがいた場所に、小さな人影が浮かんでいた。大きさは、エリシアの手のひら二つ分ほどで透き通るような白銀の髪を持つ少女の姿をしており、背中には光で作られた薄い羽が四枚伸びている。
肌の周囲には淡い光がまとわりつき、足は床へ触れていない。
「ノア……この子は?」
エリシアの前に文字が浮かぶ。
《個体進化を確認》
《スライム》
↓
《サンクチュアリフェアリー》
「フェアリー……?」
小さな少女は、自分の身体を不思議そうに見下ろしていたが、やがてエリシアを見つけると嬉しそうな表情を浮かべて飛んできて、そのまま頬へ抱きつかれた。
「だ、大丈夫なのですね?」
『生命状態、極めて良好です』
胸を撫で下ろしたものの、疑問は残る。
「スライムがフェアリーになるのは普通なのですか?」
『これはイレギュラーです』
ノアの返答は、いつも以上にはっきりしていた。
『今回の過剰魔力によって、通常想定される進化条件を強制的に飛び越えたものと推定します。今回のような過剰魔力以外では、個体ごとの経験やLvによる進化が一般的な進化ルートになります』
エリシアは頬へ抱きついたままの小さなフェアリーを見た。
「経験やLv、ですか?」
『戦闘、作業、担当した役割などによって個体経験値が蓄積します。一定条件を満たせば、その個体に適した進化候補が発生します』
「では、スライムなら全員同じ進化をするわけではないのですか?」
『はい。水質管理を長期間担当した個体と、戦闘を繰り返した個体では進化候補が異なる可能性があります』
「ゴブリンやゴーレムも?」
『同様です。また、与えられた属性魔素や個体自身の傾向も影響します。……解析上、進化候補が複数存在する場合、個体意思が選択へ影響することがあります』
エリシアは少し笑った。
『もちろん効率的な進化先を指定することは可能です』
「指定はしても、本人が嫌がるなら別の道も考えましょう」
エリシアが笑うと、サンクチュアリフェアリーも意味が分かったのか分からないのか、小さく身体を揺らした。
「ところで、この子は何ができるのです?」
『解析します』
文字が浮かぶ。
《サンクチュアリフェアリー》
《分類:聖域支援型》
《主要能力:浄化、水質維持、治癒、穢れ感知》
《戦闘能力:中》
「戦うための進化ではないのですね」
『はい。聖属性魔素を極端に多く受けた結果、支援能力へ特化しています』
「この修道院には合っているかもしれません」
泉の水質を保ち、怪我をした者がいれば治癒を補助できる。しかも穢れまで感知できるという。少なくとも、無意味な進化ではなさそうだ。
「ですが……」
エリシアは自分の両手を見た。
「私、本当に少ししか流したつもりがなかったのですが」
『管理者エリシアの“少し”は、一般的な基準ではありません』
「今後魔物達に魔力を流すときにはノアに相談してからにしたほうがいいですかね?」
『強く推奨します』
フェアリーがエリシアの肩へ腰掛ける。小さな手で髪を掴み、居心地の良い場所を探すように身体を落ち着けた。
「……ここにいるつもりですか?」
フェアリーは嬉しそうに頷いた。
「まあ、少しなら構いませんけれど・・・」
『管理者の“少し”には警戒が必要です』
エリシアは思わずノアのいる地下へ視線を向けた。
「今のは、もしかして冗談ですか?」
『事実です』
「……そういうことにしておきます」
_________
午後になると、最初の住人たちの役割も少しずつ決まっていった。
水色のスライムは水路を巡回し透明なスライムは修道院内の清掃を行っているサンクチュアリフェアリーは泉の周囲を気に入ったらしく、水質を確認したり、時折エリシアの肩へ戻ってきたりしている。
二体のゴブリンは性格にも違いがあった。
一体は植物に興味を示し、庭から持ち帰った草や種を種類ごとに分けている。もう一体は木の枝や壊れた家具の部品を集め、簡単な道具へ加工し始めた。
「同じゴブリンでも違うのですね」
『やはり個体差があるようです。恐らく生成時の魔素の状況に寄る物と思われます。』
「では、植物が好きな子は栽培を中心にしてもらって、もう一人には道具作りをお願いしましょうか」
『現在、ゴーレムは外壁の崩落石を撤去しています』
窓から外を見る。
大きなゴーレムが石を一つずつ持ち上げ、再利用できるものと砕けているものを分けて積んでいた。その近くではゴブリンが小さな石を拾って手伝っている。昨日まで誰もいなかった庭が、今日はずいぶん賑やかだった。
「住人が増えると、本当に場所が変わって見えますね」
『必要性は不明な個体達ですが・・・彼らがやっている”作業”は全てDPと魔素を使うことで代替できます。』
「今はそれで構いません」
エリシアは外へ出ると、作業しているゴブリンたちのもとへ向かった。
「皆さん、少し休みませんか?」
二体が振り返るとゴーレムも動きを止めた。
『魔物個体に定期休息は必須ではありません』
「疲れないのですか?」
『種類によります。現在生成されている個体に、即時休息が必要な状態はありません』
「でしたら、休みではなく相談会にしましょう」
エリシアは庭の比較的平らな場所へ腰を下ろした。ゴブリンたちは顔を見合わせたあと、その近くへ座る。ゴーレムだけは座る場所がなく、その場で立ったままだった。スライムもいつの間にか建物から出てきて、エリシアの足元へ集まっている。
サンクチュアリフェアリーは相変わらず肩の上だ。
「これから、この場所を皆さんが暮らせるようにしていきます」
どこまで言葉が通じているかは分からない。それでもエリシアは、一体ずつ顔を見るように話した。
「やっていただきたいことはたくさんあります。でも、得意なことや、やってみたいことがあれば教えてください。私も皆さんのことをまだ何も知りませんから」
植物を集めていたゴブリンが、持っていた種をエリシアへ見せる。
「これを育てたいのですか?」
何度も頷いた。
「では、畑を作らないといけませんね」
もう一体は、自分で作った粗末な木槌を掲げる。
「道具をもっと作りたいんですか?やることが一気に増えました」
『DP消費項目も一気に増えましたね。』
昨日までは、自分一人が寝て食べられればよかった。しかし今は違う。小さな畑を作り、道具を作る場所も欲しい。スライムたちが水を管理しやすい水路も整えたいし、ゴーレムが出入りできる作業口もあった方がいいだろう。
「……なるほど!迷宮を育てるというのは、部屋を増やすだけではなく、みんなが暮らしやすくするということなのですね!」
『通常、迷宮拡張とは領域、罠、魔物数、防衛能力の増加を指します』
「私は、暮らしやすくなることも入れていいと思いますよ」
『・・・その定義は一般的ではありません』
「でしたら、この迷宮ではそうしましょう!」
ノアは少し黙った。
『管理者権限による運営方針として設定可能です。ひ、っじょーに不本意ではありますが。』
「では決まりですね!」
エリシアは立ち上がり、荒れた修道院の庭を見回した。草は伸び放題で外壁はまだ半分ほど崩れている。
もちろん畑も作業場もない。
それでも、昨日までとは違って、この場所で何を作りたいかが少しずつ見えてきていた。
「まずは畑。それから作業場ですね」
『お願いですから・・・DP残量を確認してから決定してください』
肩の上でサンクチュアリフェアリーが楽しそうに羽を震わせた。その光が夕方の庭へ淡くこぼれる。何もなかった場所へ、水が生まれ道ができた。
エリシアは庭の向こうに広がる森を眺めながら、明日から必要になるものを頭の中で整理していく。
ーこの場所には、まだ足りないものばかりだー
だからこそ、一つずつ増やしていけばいい。今度は誰かから与えられた役目ではなく、自分たちが暮らしたい場所を、自分たちの手で作っていくために。
もし少しでも
「続きが気になる!」
「面白かった!」
と思っていただけたら、
【★★★★★】や【ブックマーク】を押していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
それではまた次回!




