迷宮に行こう!
「それじゃあ、今日はみんなで迷宮のお仕事をするんだね!」
修道院の食堂で、ニナが嬉しそうに声を上げた。
朝食を終えた住民たちは、これから始まる新しい仕事について話し合っていた。長机の上にはエリシアが用意した迷宮の構造図が広げられ、第四階層から第九階層まで、それぞれ異なる色で印が付けられている。
「そうですよ。ただし、今日は本格的に働くというより、どんなことができるのか確かめるんです。危険な場所もありますから、ニナは地上でお留守番をお願いしますね」
「えーっ! わたしも行きたい!」
「だめよ、ニナ。まだ魔物がどれくらいいるか分からないんだから」
リナがそう言うと、ニナは不満そうに頬を膨らませた。
その足元では、小さな黒狼が尻尾を振っている。ヴァルハザード・ウルフの使い魔も、どうやら地下へ行くより地上でニナと遊んでいたいらしい。
「ほら、この子も一緒にいてくれるみたいですよ」
「……じゃあ、わんちゃんと遊んで待ってる!」
ニナはあっさり機嫌を直すと、黒狼を抱き上げた。
『私のヴァルハザードウルフが、すっかり子どもの遊び相手になっていますね!』
(ふふっ。本人も楽しそうですから、いいではありませんか)
『もちろんです! あの子にとっても、きっとよい経験になります!』
ノアの嬉しそうな声を聞きながら、エリシアは改めて住民たちへ向き直った。
「それでは、今日の予定を確認します。まず第四階層と第五階層で採掘を試し、その後、第六階層の繊維植物と第七階層の森林を調べます。第八階層と第九階層は魔物が少し強くなる可能性があるので、最初は私とリナさんたちで安全確認を行うつもりです」
「全部の階層を一日で回るのか? 結構な仕事になりそうだな」
トーマが腕を組んだ。
「そうですね。ですから、皆さんには途中で作業を分担していただこうと思っています。採掘や運搬が得意な方はトーマさんと一緒に、植物の収穫についてはユアンさんとマルタさんにお願いしたいです」
「俺は構わねえぞ。マグマゴーレムも連れていっていいんだろ?」
「もちろんです。ただし、まだ通路の安全性を確認できていませんから、無理に重いものを運ばせないでくださいね」
「ああ、分かってる。あいつも仕事ができるって喜ぶだろうな」
トーマは満足そうに頷いた。
「私は各階層の魔物を確認しながら回るわ。住民が採集できる場所なのか、危険な魔物が出てくる場所なのか、実際に見ておかないとね」
リナも弓の弦を確認しながら答えた。
迷宮の改装は昨日までに完了している。しかし、実際にどれだけの物資が手に入り、どれほどの労力が必要になるのかは、まだ分からない。
魔物が発生するという問題もある以上、今日の試運転は非常に重要だった。
「では、準備ができた方から地下へ向かいましょう!」
『はい! 記念すべき資源生産迷宮の初稼働です! 皆さん、頑張ってください!』
ノアの元気な声がエリシアの頭に響いた。
もっとも、その声が住民全員に聞こえているわけではない。
エリシアが少し笑いながら立ち上がると、住民たちもそれぞれ道具を手に取り、修道院の地下へ向かい始めた。
◇
「……こいつは、なかなか見事なもんだな」
第四階層へ到着したトーマが、目の前に広がる光景を見て感心したように声を上げた。
以前はただの岩壁だった場所が、今では白い結晶に覆われた洞窟へと変わっている。壁のあちこちには岩塩が露出しており、魔導灯の光を受けて淡く輝いていた。
「本当に塩なんですか、これ?」
ユアンが不思議そうに岩壁を覗き込んだ。
「ノアによれば岩塩だそうです。ただ、そのまま食べられるわけではないので、今日は少し採掘して品質を確認したいと思っています」
「それなら、まず俺がやってみるか」
トーマが持参したつるはしを手に取り、岩塩の露出した壁面へ近づいた。
狙いを定めて振り下ろすと、硬い音とともに白い結晶が砕け散る。
「……思ったより硬えな」
そう言いながらトーマがもう一度つるはしを振り下ろすと今度は拳ほどの大きさの岩塩が、ごろりと地面へ転がり落ちた。
「おお、採れたぞ!」
「本当ですね!」
エリシアが拾い上げると、結晶には白い部分だけでなく、灰色の筋のようなものも混じっていた。
『岩塩には不純物が含まれていますからね! 食用にする場合は、しっかり精製してください!』
「分かりました。マルタさん、お願いできますか?」
「ええ。まずは水へ溶かして、混じっている砂や土を取り除いてみましょう。その後、煮詰めて塩を取り出せばよいと思います」
マルタは岩塩を受け取り、表面を注意深く観察した。
「ただし、煮詰めるには燃料が必要ですね。大量に精製するとなると、薪の消費も考えなければなりません」
「なるほど……。塩が採れるようになっても、すぐに全部使えるわけではないのですね」
「そういうことです。でも、材料が手に入るようになったのは大きいですよ」
マルタは嬉しそうに微笑んだ。その横でトーマは、さらにいくつか岩塩を掘り出している。どうやら採掘そのものは問題なく進められそうだった。
エリシアが安心しかけたところで、リナが突然手を上げた。
「ちょっと待って。岩陰に何かいる」
全員が作業を止め、リナが指さした場所を見てみると、小さな穴が空いていた。そして、そこから白い鱗を持つトカゲのような魔物が顔を出している。
「……あっ、昨日も見かけた魔物ですね」
『はい! ですが、今回は別の個体のようです!』
トカゲはしばらく周囲を見回した後、地面に落ちていた岩塩の欠片へ近づいた。そして、小さな口で結晶をかじり始める。
「……塩を食べてるの?」
ユアンが首を傾げた。
「そうみたいね。でも、今のところ襲ってくる様子はないわ」
リナは弓を構えず、少し距離を取って観察を続けた。魔物は岩塩をいくつか食べると、満足したのか再び岩陰へ戻っていった。
「大人しい魔物でよかったですね」
エリシアが言うと、リナは少しだけ表情を引き締めた。
「今回はね。でも、昨日ノアが言ってたんでしょう? 資源領域化した場所には、環境に合った魔物がランダムに出るって。だったら、次も同じ魔物が出てくるとは限らないわ。今日の様子だけで安全だと決めつけない方がいいと思う」
確かに、資源の生成速度を最大に設定したことで、出現する魔物の強さは一角兎程度に抑えられている。
しかし、弱い魔物だからといって、必ずしも無害とは限らない。
「では、第四階層では採掘場所と魔物の出現場所を記録しておきましょう。作業をする際には、必ず周囲を確認するようにした方がよさそうですね」
「そうね。最初のうちは、私も同行するわ」
その後、トーマたちはいくつかの岩塩を採掘し、袋へ詰め始めた。試運転としては十分な量が確保できたため、エリシアたちは次の階層へ向かうことにした。
◇
第五階層へ到着すると、トーマは先ほど以上に興奮した様子で周囲を見渡していた。
岩壁には赤茶色の鉱脈が走り、天井には採掘用の魔導灯が設置されている。中央には広い作業場があり、荷車を通せるよう通路も整備されていた。
「……こいつはすげえ。地下に本物の鉱山を作っちまったのか」
「昨日、ノアと一緒に改装したんです。鉄鉱石と石炭が採れるようになっているはずですよ」
「よし。早速試してみるか!」
トーマは目を輝かせながら岩壁へ近づいた。つるはしを振り下ろすと、赤茶色の鉱石がいくつか剥がれ落ちる。
彼はそのうちの一つを拾い上げ、表面を確認した。
「……なるほど。確かに鉄鉱石だな」
「使えそうですか?」
「十分使えると思う。ただ、鉱石から鉄を取り出すには、それなりの設備が必要になる」
「精錬ですね」
「ああ。高い温度で熱して、不純物を取り除かなきゃならねえ。今ある炉じゃ難しいだろうな」
エリシアは少し考え込んだ。
「マグマゴーレムの力を借りることはできませんか?」
その言葉に、トーマは近くで待機していたマグマゴーレムへ視線を向けた。
「こいつか……。確かに熱を出せるし、石を溶かすくらいならできるかもしれねえ。ただ、鉄を作るとなると話は別だ。温度を一定に保つ必要もあるし、燃料や炉の構造も重要になる」
「なるほど……。さすがに簡単ではないのですね」
「まあ、材料が手に入るだけでもありがてえよ。これまでみたいに、古い釘を一本ずつ抜いて使い回す必要はなくなるかもしれねえからな」
その後、彼は採掘用の荷車へ鉱石を積み始めたが、しばらくすると車輪が嫌な音を立て始めた。
「……ん?」
トーマが荷車を確認すると車輪を支える木製の軸が、少し曲がっていた。
「おいおい、もう限界かよ」
「どうしたんですか?」
「積みすぎだな。鉄鉱石は見た目より重いんだ。これ以上積んだら車輪が壊れる」
エリシアも荷車の中を覗き込むと確かに、まだ荷台には余裕があるように見えるが重量はかなりのものになっているらしい。
「それなら、少し減らしましょうか」
「ああ。試運転で荷車を壊すわけにはいかねえからな」
トーマは苦笑しながら鉱石をいくつか降ろした。
その様子を見ていたエリシアは、ふと気になって尋ねた。
「そういえば、採掘した鉱石はどうやって地上へ運ぶのでしょう?」
「……ん?」
トーマが顔を上げた。
「階層の中なら荷車で運べるが、地上へ上がるには階段があるからな。途中からは人が担ぐしかねえだろう」
「……そうですよね」
エリシアは周囲の通路を見渡すと昨日、第五階層の改装を行った際には、荷車が通れるよう広い道を作っていた。
しかし、それはあくまで第五階層の内部だけだ。
地下から地上へ大量の鉱石を運び出す仕組みまでは、まだ十分に整備できていなかった。
『その点については、将来的に昇降機のような設備を作ることも可能ですよ!』
(昇降機、ですか?)
『はい! ただし、かなりのDPが必要になります!』
(……やっぱりそうなのですね)
迷宮の機能を使えば解決できる問題は多い。しかし、それには必ず何らかの資源や労力が必要になる。
「とりあえず、今日はマグマゴーレムに手伝ってもらいましょう。重いものを運ぶのは得意ですから」
「ああ、それがよさそうだな」
トーマはマグマゴーレムへ声をかけた。
「おい、相棒。こいつを上まで運ぶの、手伝ってくれるか?」
マグマゴーレムはゆっくりと頷き、大きな腕で鉱石の入った袋を持ち上げた。
その姿に、トーマは満足そうに笑った。
「頼りになるなあ、お前は!」
もっとも、マグマゴーレムがいくら力持ちでも、一度に運べる量には限界がある。エリシアはそのことを頭の片隅に留めながら、次の階層へ向かった。




