新迷宮
『第九階層は、特殊な資源をまとめて生産する場所にしましょう!』
「特殊な資源、ですか?」
『はい! 例えば、耐熱性の高い石や特殊な粘土、魔道具の加工に使える希少な繊維などですね! 今すぐ大量に必要というわけではありませんが、将来的には役に立つはずです!』
現在の集落では、塩や鉄、布の材料など、日常生活に必要な物資が最優先だ。しかし、今後も修道院を発展させていくなら、建築や魔道具の製作に使える素材も必要になるだろう。
「それなら、少しずつでも生産できるようにしておきましょう。ただし、今は冬支度が優先ですから、あまりDPを使いすぎないようにしてくださいね」
『もちろんです! こちらは小規模な資源領域化にしておきましょう!』
第九階層には、特殊な鉱物や粘土が採れる洞窟と、希少な植物が育つ区画を作ることになった。それぞれの区画を分けることで、必要な資源を採集しやすくする。
さらに、奥へ続く通路には頑丈な扉を設置し、第十階層のボス区画へ不用意に近づけないようにした。
「……第十階層には、ヴァルハザード・ウルフがいますからね」
『はい! いくら私のヴァルハザードウルフが優秀でも、住民の皆さんが突然ボス部屋へ入ってきたら驚いてしまいます!』
「驚くのは、むしろ住民の皆さんの方だと思いますけど……」
『そうでしょうか?』
エリシアは苦笑しながら、第九階層の資源領域化を承認すると周囲の岩壁が変化し、特殊な鉱石や粘土が生成される。
さらに、少し離れた場所には背の低い植物が生え始めた。
『これで第九階層も完成です!』
「ようやく六つの階層が揃いましたね」
『はい! ただし、まだ終わりではありませんよ!』
ノアの言葉に、エリシアは首を傾げた。
「まだ何かあるのですか?」
『もちろんです! 資源を生産するだけでは、地上へ運ぶことができませんから!』
「……ああ、そうでした」
エリシアは思わず笑ってしまった。
確かに、いくら資源が手に入っても、それを安全に運び出せなければ意味がない。
『ですから、最後に第十階層の管理用区画を整備しましょう! ボス部屋そのものには手を加えませんが、手前の大広間や管理通路を利用して、各階層から集めた資源を一時的に保管できるようにします!』
「なるほど。それなら、作業の効率も上がりそうですね」
『はい! ただし、第十階層のボス部屋へ入るための扉は、これまで通り厳重に管理します!』
ヴァルハザード・ウルフは、迷宮の最後の守護者だ。
その役割を変えるつもりはないし、ボス部屋から出られない制約も維持される。
もっとも、最近は使い魔を通して地上へ出られるようになったため、本人も以前ほど退屈していないかもしれない。
(……そういえば、今日はニナと遊んでいるのでしょうか?)
『はい! 今朝から外庭で一緒に遊んでいますよ! ニナが新しい遊びを教えているようです!』
「ふふっ。それはよかったです」
巨大な黒狼が、今は小さな使い魔の姿で子どもと遊んでいる。そう考えると、何だか不思議な気持ちになった。
◇
その日の夕方、エリシアは再び管理室へ戻っていた。
目の前の画面には、改装を終えた迷宮の構造図が表示されている。
第一階層は一角兎の狩場。
第二階層はお化けかぼちゃの生息地。
第三階層は騎士たちの訓練施設を中心とした防衛区画。
そして第四階層から第九階層までは、それぞれ異なる資源を生産する場所へと生まれ変わった。
第四階層では岩塩。
第五階層では鉄鉱石。
第六階層では繊維植物。
第七階層では木材。
第八階層では魔石や魔道具の材料。
第九階層では特殊な鉱物や植物。
第十階層は、これまで通りヴァルハザード・ウルフのボス区画を維持しながら、手前の管理用区画だけを整備した。
「……本当に、大きく変わりましたね」
『はい! これで必要な物資の大部分を迷宮内で確保できるようになったはずです!』
ノアの声も、どこか誇らしげだった。
ただし、エリシアにはまだ気になることがあった。
「ノア。資源領域化した階層に出現する魔物について、もう少し詳しく調べておきたいです」
『もちろんです! 今後は各階層の魔物の種類や出現頻度を記録していきましょう!』
「それから、住民の皆さんが安全に採集できるかどうかも確認する必要がありますね」
『はい! 資源を生産できるようになっただけでは、まだ完成とは言えませんから!』
ノアの言う通りだった。迷宮の改装は終わったものの、実際に住民たちが採集できるかどうかは、まだ分からない。魔物が出現するという問題もあるし、採掘や運搬にどれほどの労力が必要なのかも確認しなければならない。
また、資源の生成速度を最大にしている階層では、周囲の魔素が薄くなっている。
これが迷宮全体の魔素循環へどの程度影響するのかも、今後調べる必要があるだろう。
「……そう考えると、まだまだやることが多いですね」
『そうですね! ですが、以前と比べれば大きな進歩ですよ!』
「ええ。本当にそう思います」
エリシアは画面を閉じ、椅子の背もたれへ身体を預けた。
少し前まで、この修道院には自分とノアしかおらず、地下の迷宮もほとんど何もない場所だった。それが今では、二十七名の住民が暮らし、魔物たちが働き、食料を生産する狩場まである。
そして今日、新たに六つの資源生産階層が完成した。
外から商人が来なくなったことは、確かに大きな問題だ。しかし、その問題をきっかけに、迷宮はさらに発展することになった。
「ノア。明日は皆さんに実際の階層を見てもらいましょう。採掘や収穫ができるか、安全に運搬できるか、確認したいです」
『了解しました! それでは、明日の探索に向けて各階層の安全確認を進めておきます!』
「お願いします。特に第八階層と第九階層は、無理に入らないようにしてくださいね」
『はい! 危険度に応じて入場制限を設けておきます!』
これで、冬を越すための物資を自分たちの手で確保できるかもしれない。ただし、それには住民たちの協力が必要だった。
それぞれが役割を分担しなければ、せっかくの資源も十分に活用できない。
エリシアは机の上に置かれた帳簿を手に取り、明日の作業について考え始めた。
まずはリナに各階層の安全確認を頼み、トーマには採掘場所と運搬経路を確認してもらおう。ユアンには繊維植物や森林の状態を見てもらい、マルタには採集した素材の利用方法を相談する。
バルトには、どれくらいの人数が必要になるか計算してもらうのがよさそうだった。
『エリシア!』
ノアが突然、嬉しそうに声を上げた。
「どうしました?」
『先ほど、第四階層で新しい魔物の出現を確認しました!』
「……またですか?」
『はい! 今度は岩塩の隙間から、小さなモグラのような魔物が出てきました!』
「……なるほど」
『どうやら、資源領域化した場所では本当に色々な魔物が発生するようですね! これは興味深いです!』
ノアの声は、まるで新しい研究対象を見つけた学者のように弾んでいた。しかし、エリシアにとっては少々心配な報告だった。
「ノア。明日の探索までに、魔物の出現状況をできるだけ調べておいてくださいね」
『もちろんです! ただし、ランダム出現ですので、完全に予測することはできませんよ!』
「……そうですよね」
資源領域化によって、迷宮は物資を生み出す場所になった。しかし同時に、新しい魔物が発生する場所にもなってしまったのだ。
住民たちにとっては、採集のたびに魔物へ警戒しなければならないという負担が生まれる。
それでも、外部から物資が届かない現状を考えれば、迷宮の資源を利用しないという選択肢はなかった。
「……明日は、少し忙しくなりそうですね」
『はい! ですが、きっと楽しい一日になりますよ!』
ノアの元気な声を聞きながら、エリシアは明日の探索計画を書き始めた。
迷宮を守るだけでなく、迷宮の中で働き、必要な物資を手に入れる。そんな新しい暮らしが、いよいよ始まろうとしていた。
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