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資源階層

『エリシア! 素晴らしい報告があります!』


 翌朝、修道院地下の管理室で朝食を済ませたエリシアの頭に、ノアの弾んだ声が響いた。


「おはようございます、ノア。今日はずいぶんご機嫌ですね」


『もちろんです! 昨日から騎士たちの訓練が非常に順調でして、DPの獲得量が以前とは比較にならないほど増えているのです!』


 エリシアの前に半透明の画面が現れ、現在の迷宮のDP収支が表示された。


 確かに、住民たちが生活魔法を使うことで得られるDPに加え、騎士たちの訓練による獲得量が大きく伸びている。


 昨日までは、まとまった設備を一つ作るだけでも慎重に検討する必要があった。しかし今なら、ある程度のDPを使っても、以前より早く補充できる見込みが立っていた。


「これなら、昨日相談した迷宮の改装も進められそうですね」


『はい! ただし、すべてのDPを使い切るわけにはいきません。迷宮の維持費や魔物の管理費も必要ですし、いざというときのために備蓄も残しておくべきです!』


「ええ、それは分かっています。ところで、騎士の皆さんはきちんと休んでいますよね?」


『……もちろんです!』


「ノア?」


『昨日エリシアに注意されましたので、訓練時間と休憩時間を明確に分けました! 現在は食事中です!』


「それならいいのですが……」


『それよりも! 本日は資源生産階層の建設ですよ! 早速、計画をご説明いたします!』


 どうやら、話題を変えたいらしい。エリシアは苦笑しながら椅子へ座り直した。昨日、バルトたちと話し合った結果、修道院の冬支度には塩、鉄、繊維、木材などの物資が不足していることが分かった。


 通常なら商人から購入するのが最も簡単なのだが、現在は街道の検問が厳しくなり、商人たちが修道院へ近づかなくなっている。


 辺境伯による妨害の可能性も高い以上、ただ物資が届くのを待っているわけにはいかなかった。


 そこで決めたのが、迷宮を利用した物資の生産である。


『まず、今回使用する機能について説明しますね。資源を継続的に生成できるよう、迷宮の環境そのものを変化させることを、仮に《資源領域化》と呼ぶことにしました!』


「資源領域化……。つまり、迷宮の一部を鉱山や森林のような場所に変えるのですね?」


『その通りです! ただし、見た目だけではありません。領域内の魔素を利用することで、岩塩や鉱石、植物などの資源を一定の周期で生成できるようになります!』


 画面に、洞窟のような空間が映し出された。


 灰色の岩壁に白い結晶が現れ、時間の経過とともに少しずつ大きくなっていく。


『例えば、このように岩塩の鉱床を作れば、採掘した後も時間をかけて岩塩が再生します。もちろん無制限ではありませんし、資源の種類によっては再生に多くの魔素が必要になりますが、外部から購入し続けるよりも安定した供給源になります!』


「素晴らしいですね。それなら、最初に設備を作ってしまえば、住民の皆さんが必要なときに採掘できるということですか?」


『はい! もっとも、採掘や運搬、加工などは自分たちで行う必要がありますけどね!』


 以前、一角兎やお化けかぼちゃの巣を設置したときも、魔物が自動的に食肉や野菜へ変わるわけではなかった。


 リナたちが狩猟し、解体や調理を行って初めて、住民たちの食料になっている。


 資源領域化も、基本的には同じなのだろう。


「では、早速第四階層から――」


『あっ! その前に、一つ重要な説明があります!』


 ノアが慌てたように声を上げた。


「重要な説明、ですか?」


『実は、資源領域化には少々デメリットがありまして……』


 エリシアは伸ばしかけた手を止めた。ノアが自分からデメリットについて話し始めるのは珍しい。


『資源領域化を行った場所には、その環境に適した魔物がランダムに出現するようになります!』


「……魔物が?」


『はい! 岩塩の洞窟なら洞窟に適応した魔物が、森林なら森林に適応した魔物が出現します。種類や出現位置は完全には指定できません!』


「それは、少し困りますね……」


 エリシアは画面に映る洞窟を見つめた。今回の目的は、住民たちが安全に物資を採集できる場所を作ることだ。


 そこへ危険な魔物が出現するとなれば、当然ながら対策が必要になる。


「出現する魔物の強さは、どれくらいなのでしょうか?」


『それは、領域内の魔素の濃さによって変わります! 魔素が豊富な環境であれば、強力な魔物が発生する可能性も高くなりますね!』


「……それでは、危険な階層になってしまうのではありませんか?」


『ご安心ください! 実は、ここに面白い仕組みがあるのです!』


 ノアが画面を切り替えるとそこには、資源の生成速度と領域内の魔素濃度を示す二つの項目が表示されていた。


『資源の生成速度を上げると、その分だけ周囲の魔素が資源の生成に使われます。つまり、資源を素早く生成するほど、その領域に漂う魔素は薄くなるのです!』


「なるほど……。そうすると、魔物にも影響があるのですね?」


『その通りです! 資源生成速度を最大まで上げれば、出現する魔物は一角兎と同程度の強さに抑えられます!』


「一角兎くらいなら、リナさんたちも対処できそうですね」


『はい! ただし、種類はランダムですから、一角兎そのものが出現するとは限りません。毒を持つ小型魔物や、群れで行動する魔物が出てくる可能性もあります。弱いからといって、完全に安全というわけではありませんよ!』


 魔物が出現するのは厄介だが、資源の生成速度を上げれば危険度を抑えられる。しかも、今回の目的は物資の安定供給なのだから、生成速度を上げること自体にも大きな意味があった。


「では、住民の皆さんが利用する階層は、基本的に資源生成速度を最大にしましょう。魔物への対策については、実際にどのような種類が出現するか確認してから考えたいと思います」


『承知しました! ただし、すべての階層を最大速度にするのが最善とは限りません。魔石のように、周囲の魔素が濃いほど品質が高くなる資源もありますから!』


「そうなのですか?」


『はい! そのあたりは、階層ごとに調整していきましょう!』


 第四階層から第九階層まで、全部で六つの階層。これだけの場所を改装するとなれば、かなり大がかりな作業になる。


 しかし、迷宮の機能をうまく使えば、住民たちの生活を大きく変えられるかもしれなかった。


「分かりました。それでは、まず第四階層から始めましょう!」


『はい! 資源領域化、開始です!』


     ◇


 最初に向かったのは、地下第四階層だった。騎士団との戦いで複雑に組み替えた通路が残っていたが、ノアの案内に従って進むと、やがて広い空間へたどり着いた。


 周囲は灰色の岩壁に囲まれ、足元には細かな石が散らばっている。


『まずは、この階層を岩塩の採れる洞窟へ改装します! 資源領域化の範囲を設定してください!』


 エリシアの前に、第四階層の構造図が表示された。


 彼女は住民たちが安全に採掘できるよう、入口から続く通路を広めに確保し、採掘場所をいくつかに分けることにした。


「この辺りは作業用の広場にして、奥の壁面に岩塩が生成されるようにできませんか?」


『可能です! ただし、資源領域の中心に近いほど生成速度が高くなるので、採掘場所を分散させすぎると効率が落ちますよ!』


「それなら、採掘場所は三か所くらいにしておきましょう。入口付近には荷車を置ける場所が欲しいです」


『了解しました!』


 ノアが設定を変更すると、エリシアの前に必要なDPが表示された。


 思っていたよりも大きな数字だったが、騎士たちの訓練によって増えた分を含めれば、十分に支払える範囲だった。


 エリシアは承認を選び、魔法陣の中央へ手をかざした。


「では、始めますね」


 土属性の魔力を流し込むと、周囲の岩壁が低い音を立てて震え始めた。床に散らばっていた石がゆっくりと沈み、壁面が滑らかな曲線を描きながら広がっていく。


 エリシアは魔力の流れを確かめながら、ノアの指示に従って少しずつ出力を調整した。


 以前なら、土属性魔法をこれほど長時間安定して使うことは難しかっただろう。


 しかし、魔狼や騎士団との戦いを通して、彼女も少しずつ魔力の扱いに慣れてきていた。


『よい調子です! それでは、資源領域化を実行します!』


 岩壁の一部が白く輝き始め、最初は粉のようだった白い結晶が、徐々に厚みを増していく。やがて、灰色だった岩壁の一面が、淡い白色の岩塩に覆われた。


「……わあ」


 エリシアは思わず感嘆の声を漏らした。


 目の前に広がるのは、天然の岩塩鉱床のような光景だった。


『これで第四階層の資源領域化は完了です! 生成速度を最大に設定しましたので、今後は採掘された分の岩塩が少しずつ補充されます!』


「これで塩の心配は減りそうですね」


『はい! ただし、採掘した岩塩には土砂などが混じる場合もありますので、精製してから使用してくださいね!』


「分かりました。そこはマルタさんたちにも相談しましょう」


 エリシアが岩塩へ手を伸ばしかけたとき、近くの岩陰で小さな物音がした。振り返ると、灰色の岩の隙間から、一匹の小さなトカゲが顔を出していた。


 白っぽい鱗に覆われた身体を持ち、普通のトカゲよりも少し大きい。


「……あら?」


『おお! 早速、魔物が発生したようですね!』


「これが、さっき言っていたランダムな魔物ですか?」


『はい! どうやら岩塩の洞窟に適応した小型魔物のようです。魔力量は非常に少ないですね!』


 トカゲはエリシアの姿を見つけると、警戒するように身体を低くした。


 しかし、襲いかかってくる様子はなく、しばらくこちらを見つめた後、岩の隙間へ逃げ込んでしまった。


「……思っていたより大人しい魔物ですね」


『今回の個体はそうですね! ただし、次も同じ種類が出るとは限りません。資源領域化による魔物の発生は、特定の魔物を発生させる魔物の巣とは異なりますから!』


「なるほど……。そうなると、定期的な見回りが必要そうですね」


 岩塩を安定して確保できるようになったのは喜ばしい。しかし、ここはあくまでダンジョンの一部だ。 住民たちが利用する際には、安全な場所と危険な場所を区別できるようにする必要があるだろう。


『さあ!次は5階層に行きましょう!』

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