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ダンジョン計画

 得意げなノアの声を聞きながら、エリシアは周囲の住民たちへ視線を向けた。


 皆、冬までに必要な物資をどう確保するか、真剣に話し合っている。


 もしノアの言う通り、迷宮の中で塩や鉄、布の材料まで手に入るようになれば、問題の大部分を解決できるかもしれない。


 しかも、必要な物資を継続的に生産できるなら、今後も商人が来なくなるたびに困ることはなくなる。


「……皆さん、少しよろしいですか?」


 エリシアが声をかけると、話し合っていた住民たちが一斉に顔を上げた。


「実は、ノアと相談していたのですが、迷宮の中で必要な物資を生産できるかもしれません」


「迷宮の中で、ですか?」


 バルトが驚いたように尋ねた。


「はい。以前、一角兎やお化けかぼちゃの巣を作ったときと似た仕組みで、塩や鉄などが採れる場所を作れるそうなのです」


「……そんなことまでできるのか?」


 トーマが身を乗り出した。


「本当に鉄が採れるなら、かなり助かるぞ。鉱石のままじゃ使えねえが、石炭なんかもとれれば後は何とかできるかもしれねえ」


「布の材料も作れるんですか?」


 マルタが尋ねる。


「特殊な繊維植物を育てる階層も作れるそうです。ただし、糸にしたり布へ加工したりする作業は必要になると思います」


「それでも十分です。材料が手に入るだけでも、ずいぶん違いますから」


 マルタは安心したように微笑んだ。


 ユアンも興味深そうに身を乗り出す。


「それって、迷宮の中に畑を作るようなものですか?」


「そうですね。資源を育てる場所という意味では、似ているかもしれません」


「だったら、僕も手伝いたいです! お化けかぼちゃの種を育てたときみたいに、何かできるかもしれませんし!」


「ありがとうございます、ユアンさん」


 エリシアが微笑むと、トーマも力強く頷いた。


「俺も協力するぞ。鉱山だろうが森だろうが、使える材料が手に入るなら文句はねえ」


「頼もしいですね」


 皆の表情が少しずつ明るくなっていく。先ほどまで漂っていた重苦しい空気が、ようやく和らいできた。


 ただ、エリシアにはまだ確認しておきたいことがあった。


(ノア。資源を生産する階層を作る場合、どれくらいのDPが必要になりますか?)


『規模や種類によりますね! ただ、一角兎の巣と同じように、最初にまとまったDPが必要になるのは間違いありません。それに、資源を補充する速度にも限界があります!』


(やっぱり、簡単にはいかないのですね)


『ええ! それから、鉱石を採掘したり、植物を収穫したりするのは、基本的に人間の仕事になります! 迷宮が勝手に加工品まで作ってくれるわけではありません!まあ、訓練の一環で騎士達を使ってもいいですね!』


 物資が手に入るようになったとしても、それを生活に役立てるには住民たちの協力が欠かせない。しかし、今の話し合いを聞いている限り、皆は積極的に参加してくれそうだった。


(それなら、まずは資源を生産できる階層を作りましょう。場所については、どこがよいと思いますか?)


『そうですね……現在、第四階層から第九階層までは、騎士団との戦いで利用した防衛用の区画が中心になっています。特に明確な役割を設定していない場所も多いですし、そこを改装するのがよいかと!』


(第四階層から第九階層……)


 エリシアは以前、騎士団と戦ったときのことを思い出した。


 あのときは住民たちを守るため、迷宮の構造を大きく変更した。


 第四階層から第九階層にかけて、通路や罠を複雑に配置し、侵入してきた騎士団を少しでも足止めできるようにしたのだ。


 しかし、戦いが終わった今、それらの階層は十分に活用できていない。


 住民たちが狩猟を行うのは、主に第一階層と第二階層。


 第三階層にはノアが新しく作った訓練施設があるが、それより下の階層は、ほとんど使われていなかった。


(確かに、そこなら新しい役割を持たせられそうですね)


『はい! 第四階層に岩塩の洞窟、第五階層に鉄鉱石や石炭のとれる鉱山、第六階層に繊維植物の草原、第七階層に木材を得られる森林……といった具合に、それぞれの階層へ役割を与えるのです!』


(なるほど……)


 エリシアは頭の中で、迷宮の構造を思い浮かべた。


 第四階層から第九階層までを資源生産用に改装すれば、必要な物資をかなり幅広く確保できるかもしれない。


 さらに、各階層を安全に行き来できるよう管理用の通路を整備すれば、住民たちの作業も効率よく進められるだろう。


(第十階層についてはどうしましょう?)


『第十階層はヴァルハザード・ウルフのボス区画ですから、そこを資源生産用に変えるわけにはいきません。ただし、手前の大広間や管理用通路を改装し、物資の運搬や保管に利用することは可能です!』


(それなら、第四階層から第十階層まで、まとめて構造を見直した方がよさそうですね)


『はい! ただし、ボス部屋そのものには手を加えないようにしましょう! 私のヴァルハザード・ウルフには、これからも迷宮の最終守護者として頑張ってもらわなければなりませんから!』


 相変わらず、ヴァルハザード・ウルフのことになると少しだけ声が弾む。しかし、今回の提案は非常に魅力的だった。


 食料を得るために作った迷宮が、今度は塩や鉄、布、木材まで生み出す場所へ変わろうとしている。


 もちろん、DPの消費や住民たちの負担については慎重に考えなければならない。それでも、外部から物資が届かないという理由だけで、皆の生活を諦めるつもりはなかった。


「皆さん、少し大きな計画になりますが、私から提案があります」


 エリシアは改めて住民たちへ向き直った。


「これまで迷宮は、食料を得るための狩場として利用してきました。でも、これからはもっと多くの物資を得られる場所にしたいと思っています」


 バルトが静かに頷く。


「具体的には、どのような計画でしょうか?」


「第四階層から第九階層までを、塩や鉄、繊維植物、木材などが採れる資源生産用の階層へ改装します。それに合わせて第十階層の区画も整備し、物資を安全に運び保管できるようにするつもりです」


「……そんな大規模な改装ができるのですか?」


「ノアによれば可能だそうです。ただし、かなりのDPが必要になるので、すべてを一度に完成させるのは難しいかもしれません」


 エリシアは一度言葉を切り、皆の顔を見渡した。


「それでも、冬までに必要な物資を確保できるよう、少しずつ進めていきたいと思っています。皆さんにも、採掘や収穫、加工などで協力をお願いすることになると思いますが……どうでしょうか?」


 最初に口を開いたのはトーマだった。


「俺は賛成だ。鉄が採れるようになるなら、今よりずっと仕事が進む。新しい道具も作れるし、修道院の修繕だって早く終わらせられる」


「僕も賛成です!」


 ユアンが続ける。


「繊維植物を育てる階層ができるなら、土魔法や水魔法で何か手伝えるかもしれません!」


「私も異存はありません」


 マルタも頷いた。


「冬服や寝具を用意できるなら、本当に助かります。ただ、無理に皆さんを働かせるようなことはしないでくださいね」


「もちろんです。体調や仕事の負担については、マルタさんにも相談させてください」


 リナも椅子の背もたれへ寄りかかりながら、笑みを浮かべた。


「採集や運搬なら任せて。迷宮の中なら、外の森より安全に作業できる場所も多いでしょうしね」


 最後に、バルトがゆっくりと立ち上がった。


「エリシア様。正直に申し上げれば、今の我々には余裕がありません。冬までに必要な物資をすべて揃えられるか、不安に思っている者も多いでしょう」


 バルトは一度、机の上に広げられた帳簿へ目を落とした。


「ですが、ただ商人を待っているだけでは状況は変わりません。エリシア様が新しい道を示してくださるのであれば、我々もできる限り協力いたします」


「……ありがとうございます」


 エリシアは深く頭を下げた。


 皆の協力があれば、きっと何とかなる。


 そう思えるだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


『エリシア! 皆さんの了承も得られたようですし、早速改装計画を立てましょう!』


 ノアの元気な声が頭の中に響く。


(ええ。まずは必要なDPと、各階層の構造を確認しましょう)


『承知しました! それでは、私が考えていた素晴らしい資源生産計画をお見せします!』


(……もう考えていたのですか?)


『もちろんです! こういうこともあろうかと、以前から色々と研究していたのですよ!』


 ノアは本当に、こういうことになると準備が早い。もっとも、そのおかげで助けられていることも多かった。


「それでは皆さん、明日から本格的に準備を始めましょう。必要な物資や作業については、私とノアで計画をまとめておきます」


 エリシアがそう告げると、住民たちはそれぞれ頷き、具体的な作業について話し始めた。


 トーマは鉄鉱石を採掘した後の加工方法を考え、ユアンは繊維植物の栽培に必要な環境について質問している。マルタは冬服を作るための作業場所を確認し、リナは採集に参加できる人数をバルトと相談していた。


 ・・・以前なら、自分一人で何とかしようとしていたかもしれない。しかし今は、困ったことがあれば皆で話し合い、それぞれができることを考えてくれる。


 そのことが、何よりも心強かった。


 秋の風が修道院の庭を吹き抜け、木々の葉を揺らしている。冬が来るまで、残された時間は決して長くない。


 それでも、やるべきことは見えてきた。


「ノア。第四階層から第十階層まで、大規模な改装を行います」


『はい! お任せください!』


「塩も鉄も、布の材料も木材も、できる限り迷宮の中で確保できるようにしましょう。外から物資が届かなくても、皆さんが安心して暮らせる場所にしたいのです」


『もちろんです! それに、資源を生産する階層が増えれば、迷宮そのものもさらに発展するはずですよ!』


 これまで迷宮は、外敵から住民を守るための場所だった。しかし、これからは生活を支えるための場所にもなっていく。


 エリシアは机の上に広げられた帳簿へ手を伸ばし、必要な物資の一覧をもう一度確認した。


 塩、鉄、繊維、木材、燃料。


 これらをどう生み出し、どう加工し、どうやって住民たちの生活へ届けるのか考えなければならないことは山ほどある。


 それでも、何もせず商人を待ち続けるよりはずっとよかった。


「……よし。まずは、岩塩の採れる階層から考えましょうか」


『はい! それでは早速、第四階層の改装計画を開始します!』


 嬉しそうなノアの声とともに、エリシアの前へ半透明の画面が現れた。そこには、現在の迷宮の構造図と、改装に必要なDPの概算が表示されている。


 エリシアはその数字を見て、思わず目を丸くした。


「……ノア?」


『はい!』


「これ、かなりのDPが必要なのではありませんか?」


『ええ! 大規模改装ですから! ですがご安心ください! 騎士たちの訓練によって、以前よりDPの獲得量は増えています!でなければこんな提案はしませんよ』


「それでも、全部を一度に作るのは難しそうですね……」


『そこはエリシアの魔力にもご協力いただきます! 以前のように魔素を迷宮全体へ循環させれば、設備の構築費用をある程度抑えられるはずです!』


「……なるほど。私も頑張らないといけませんね」


『はい! ちなみに、今回の計画が成功すれば、冬を越すための物資だけでなく、今後の迷宮経営にも大きな利益が見込めますよ!』


 エリシアは再び構造図へ目を落とした。


 大変な作業になることは間違いない。


 しかし、住民たちの生活がかかっている以上、途中で投げ出すわけにはいかなかった。


「分かりました。ノア、一緒に頑張りましょう」


『もちろんです! それでは、迷宮の大改装計画、始動です!』


 ノアの弾んだ声を聞きながら、エリシアは第四階層の構造図を拡大した。

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