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嫌がらせ、のちに妙案

 入ってきたのはリナだった。肩には弓をかけ、靴には森の土が付いている。どうやら、朝から周辺の見回りに出ていたらしい。


「リナさん。何かありましたか?」


「街道の様子を見てきたんだけど、どうもおかしいのよ」


 リナは倉庫の中へ入り、扉を閉めた。


「修道院へ続く街道の分岐点に、辺境伯の兵士が何人もいたの。荷馬車を止めて、積荷を一つずつ調べていたわ」


「検問ですか?」


「ええ。前から街道の検問はあったけど、あんなに厳しくなかったはずよ。私が見ている間にも、商人の荷馬車が二台引き返していった」


 エリシアはバルトと顔を見合わせた。


「その商人たちは、こちらへ向かっていたのでしょうか?」


「たぶんね。荷台には布の包みや木箱が積まれていたし、修道院方面の道へ入ろうとしていたの。でも兵士と何か話した後、来た道を戻っていったわ」


「……なるほど」


 バルトが低く唸った。


「やはり、そういうことでしたか」


「バルトさん?」


「実は昨日、以前から付き合いのあった商人へ使いを出そうと考えておりました。しかし、街道の検問が厳しくなったという話を聞きましてな。どうやら、修道院への物資搬入そのものが難しくなっているようです」


 リナも頷いた。


「それだけじゃないのよ。街道の分岐点には、新しい立て札まで立っていたわ」


「立て札?」


「この先には危険な魔物が生息している可能性があるから、商人や旅人は不用意に近づかないようにって」


 エリシアは思わず眉をひそめた。


「危険な魔物、ですか……」


「たぶん、うちの魔物たちのことを言ってるんでしょうね」


 リナは少し不機嫌そうに腕を組んだ。


「確かに、レッドキャップやマグマゴーレムを見たら、普通の人は驚くと思う。でも、あの子たちは私たちを襲ったりしないし、むしろ一緒に働いてくれているのに」


「……そうですね」


 エリシアは静かに頷いた。


 魔物が人間と共に暮らしているという話は、あまり良く聞く話ではない。しかし、魔物使いと呼ばれる魔物と心を通わせて一緒に暮らす者は一定数いる。それに過去には魔王と呼ばれるに至った魔物を娶った勇者の伝説もある。それだけで商人たちが一斉に取引をやめてしまうものだろうか。


 エリシアは、少し前に修道院へやってきた騎士団のことを思い出した。


 ディートリヒは、住民たちを連れ戻すという名目で修道院へ侵攻してきた。その背後に、アルブレヒト辺境伯の意向があったことも分かっている。


 今回の検問も、辺境伯と無関係だとは考えにくかった。


「……もしかすると、私たちへの嫌がらせかもしれませんね」


 エリシアが呟くと、バルトは重々しく頷いた。


「私も同じことを考えておりました。ディートリヒが失敗した以上、今度は別の方法で我々を追い詰めようとしているのかもしれません」


「本当に、しつこいわね……」


 リナは苛立った様子で息を吐いた。


「こっちはただ、ここで暮らしたいだけなのに。どうして放っておいてくれないのかしら」


 エリシアにも、その気持ちはよく分かった。自分たちは辺境伯の領地を奪おうとしているわけでも、城塞都市へ攻め込もうとしているわけでもない。


 ただ、二十七名の住民が安心して暮らせる場所を作ろうとしているだけだ。


 それなのに、今度は物資の流通まで妨げられようとしている。


「……とにかく、今は冬支度を優先しましょう。原因についてはもう少し調べるとして、物資が届かない前提で考えた方がよさそうです」


「そうですな」


 バルトが帳簿を持ち直した。


「ひとまず、今日の午後にでも皆を集めて相談してみましょう。何か知恵が出るかもしれません」


「お願いします。私も、ノアと何かできないか考えてみます」


     ◇


 昼過ぎ、修道院の食堂には住民たちの中心人物が集まっていた。


 長机の上には、バルトがまとめた物資の一覧が広げられている。


 エリシアは皆が席についたことを確認すると、現在の状況を説明した。


「……というわけで、注文していた物資が届かない可能性が高くなっています。冬までに必要なものを揃えるため、皆さんの意見を聞かせてください」


「まず、建築関係から話していいか?」


 最初に口を開いたのはトーマだった。彼は机の上に、先端が欠けた鉄の釘と、刃こぼれした鋸を置いた。


「修道院の修繕はまだ終わっちゃいない。騎士団に壊された柵も直さなきゃならねえし、冬までに屋根の補強もしておきたい。だが、今ある道具じゃそろそろ限界だ。もちろん多少なら修理できるが、鉄そのものが足りねえんだ。釘だって古い建物から抜いて使い回してるくらいだぞ」


 トーマは欠けた釘を指先で転がした。


「マグマゴーレムが手伝ってくれるおかげで、重い石や木を運ぶのは楽になった。でも、あいつがどれだけ力持ちでも、釘や鋸の刃を作り出せるわけじゃねえからな」


 エリシアは頷いた。


 魔物たちの協力によって、建築作業そのものは大きく効率化されている。


 しかし、道具や資材が不足すれば、それ以上は進められない。


「次は畑のことなんですけど……」


 ユアンが遠慮がちに手を挙げた。


「今育てている作物は、もう少ししたら収穫できると思います。土魔法と水魔法を使えば、多少は成長を早められますし、迷宮から持ってきたお化けかぼちゃの種も順調に育っています」


「それはよかったです」


「はい。でも、冬になったら今の畑は使えなくなると思うんです。雪が積もれば土も凍りますし、作物を育てるには別の方法を考えないと……」


 ユアンは少し困ったように頭をかいた。


「それに、畑で使う鍬も傷んでいて。トーマさんに直してもらおうと思っていたんですけど、鉄が足りないなら難しいですよね」


「ああ。応急処置ならできるが、長くは持たねえな」


 トーマが答えると続いて、マルタが口を開いた。


「私は冬服と寝具が心配ですね。特に子どもたちや高齢の方々は、寒さで体調を崩しやすくなります」


「一角兎の毛皮を使うことはできませんか?」


「もちろん使えます。ただ、毛皮だけでは衣服になりません。裏地や縫い糸も必要ですし、全員分となると相当な量になります。特に一角兎の皮は、魔物皮なせいか硬すぎて、、、」


 マルタは少し考え込んでから続けた。


「それに、怪我人の手当てに使う布も確保しておきたいのです。今は古い衣服を洗って使い回していますが、いつまでもそういうわけにはいきませんから」


 エリシアは目の前の帳簿へ視線を落とした。


 塩、鉄、布地、木材、燃料。


 どれも、これから生活を続けていくために欠かせないものばかりだった。今すぐ住民たちが飢えるわけではない。迷宮の狩場があるおかげで、食料についてはある程度の余裕もある。


 しかし、冬になれば状況は変わる。


 建物の修繕が間に合わず、暖かな衣服もなく、保存食も十分に用意できないまま雪が降り始めれば、二十七人の生活は危うくなるだろう。


「……やっぱり、別の商人を探すしかないのかしら」


 リナが腕を組んだ。


「辺境伯の領地を通らない道があればいいんだけど、この辺りの街道はほとんど城塞都市につながってるのよね」


「森の中を通って運ぶことはできませんか?」


 ユアンが尋ねた。


「少量ならね。でも、塩や鉄を大量に運ぶとなると荷馬車が必要になるわ。森の獣道を荷馬車で通るのは難しいし、魔物に襲われる危険もある」


「そうですよね……」


 エリシアはしばらく考えた後、バルトへ尋ねた。


「商人が来られるようになるまで、どれくらい待てそうでしょうか?」


「何とも申し上げにくいですな。塩は節約すればしばらく持ちますが、保存食の準備が遅れます。布や鉄も、今すぐ使い切るわけではありません。しかし、冬までの残り時間を考えると、あまり悠長にはしていられません」


 バルトは帳簿を閉じ、エリシアへ向き直った。


「エリシア様。無理を承知でお願いすることになりますが、何か魔法で物資を作り出すことはできないでしょうか?」


「魔法で、ですか?」


「はい。以前、水を生み出してくださったことがありましたでしょう。あのように、必要なものを直接用意できればと思いまして」


 エリシアは少し考え込んだ。


 確かに、水属性魔法で水を生み出すことはできる。土属性魔法を使えば地面を動かしたり、石を作り出したりすることも可能だ。


 しかし、塩や鉄となると話は別だった。


 土属性魔法で作り出した石が、そのまま鉄になるわけではない。布地についても、魔法だけで大量に生み出す方法は思いつかなかった。


「申し訳ありません。私の魔法だけでは、すぐに全部を用意するのは難しそうです」


「いえ、こちらこそ無理を申しました」


 バルトが慌てて頭を下げる。


「そんな、謝らないでください。何か方法がないか、私も考えてみますから」


 エリシアはそう答えながら、頭の中でノアへ呼びかけた。


(ノア、聞こえていますか?)


『もちろんです! ずっと聞いていましたよ!』


(それなら話が早いですね。迷宮の機能を使って、塩や鉄を生み出すことはできないでしょうか?)


『塩や鉄、ですか?ふふふ、今までは無理でしたが、今では不可能ではありませんよ!』


 あっさりと返ってきた答えに、エリシアは思わず目を見開いた。


(本当ですか!?)


『はい! ただし、少々問題があります!』


(問題?)


『現在の迷宮には、それらの物資を継続的に生産する設備が存在しないのです。それに、流石に塩や簡単に加工できる布や鉄をドロップする魔物もいませんし。単純に物質を生成することもできますが、大量に作ろうとするとかなりのDPを消費します。それでは、あまり効率がよくありません!』


 エリシアは小さく頷いた。


 以前から、ノアはDPの使い道に関して非常に厳しい。装飾や風呂といった生活設備に使おうとすると、必ずと言っていいほど費用対効果について説明を求められる。


 しかし、今回は住民たちの生活に直結する問題だ。


(それでも、必要なものです。多少DPを使っても構いませんよ)


『もちろんです! ですが、せっかくなら一度きりの生成ではなく、継続的に物資を得られるようにした方がよいと思いませんか?』


(継続的に?)


『はい! 以前、一角兎やお化けかぼちゃの巣を設置したときのことを覚えていますか?』


 エリシアは地下第一階層と第二階層のことを思い浮かべた。一角兎の巣を作ったことで、住民たちは安定して肉や毛皮を得られるようになった。


 お化けかぼちゃの巣も同様だ。


 どちらも最初に多くのDPを消費したものの、その後は一定の周期で魔物が補充される仕組みになっている。


(……もしかして、同じような仕組みを作れるのですか?)


『その通りです!魔物の巣とは少し仕組みが異なりますが、資源を継続的に生み出す階層を作ることは可能です!まあ、物資の巣、もしくは資源領域化、とでもいいますかね?』


 ノアの声が嬉しそうに弾んだ。


『例えば、岩塩が採れる洞窟や、鉄鉱石が埋まった鉱山、特殊な繊維植物が育つ草原などですね! 最初にある程度のDPを投資すれば、その後は迷宮内の魔素を利用して少しずつ資源を補充することができます!』


(そんなことまでできるのですね……)


『ふふん! 私は優秀なダンジョンコアですから!上手くできたらまたご褒美をくださいね!』

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それではまた次回!

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