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おねだり

『エリシア!覚えていますか?私から一つ、おねだりがあります!』


 修道院地下の管理室で、騎士団の処遇についてまとめた書類を確認していたエリシアは、ノアの弾んだ声に顔を上げた。


 その声には聞き覚えがある。以前、ノアが第十階層にボス部屋を作ってほしいと言い出したときも、こんな調子だったのだ。


 もっとも、今回は心当たりが一つしかない。


「……まさか、あの騎士団長を蘇らせるつもりですか?」


『いえ! あのむさ苦しいのをボスにするのは趣味ではありません! 私のヴァルハザードウルフがいれば防衛には十分です!』


「そ、そうですか……」


 即答だった。


 確かにディートリヒ・クラウゼは最後まで降伏を拒否し、住民の殺害まで命じた人物だ。エリシアとしても、あの男をもう一度相手にしたいとは思わない。


 ただ、ノアがそこまで嫌悪感を露わにするとは予想していなかった。


『そもそも、あの男を再現したところで何の利益があるのですか! 戦力としては私のヴァルハザードウルフの方が圧倒的に優秀ですし、見た目も格好いいですし、何より可愛いですよ!』


「可愛い……ですか?」


『可愛いでしょう! あの堂々とした姿! 美しい毛並み! そして侵入者を一瞬で叩き潰す圧倒的な戦闘能力! 最高ではありませんか!』


 どうやら、すっかり親馬鹿になってしまったらしい。


 エリシアは第十階層で見た巨大な黒狼の姿を思い浮かべた。確かに美しい魔物だったが、あの巨体と凄まじい魔力を前にして、真っ先に可愛いという感想が出てくるかは少々疑問だった。


「それで、ノア。騎士団長でないのなら、何をおねだりするつもりですか?」


『よくぞ聞いてくださいました! 実は、現在拘束している騎士たちについて、一つ素晴らしい計画を思いついたのです!』


 ノアの言葉と同時に、エリシアの前へ半透明の画面が現れた。


 そこには、現在のダンジョンのDP収支が表示されている。


『まず、こちらをご覧ください。現在、居住区に住む二十七名の方々が生活魔法や魔道具を使用することで、少量ながら継続的にDPが蓄積されています。これは非常に素晴らしいことです!』


「ええ。流石に本当にみなさんが生活しているだけでDPまでたまるのは誤算でしたね」


『ですが、一つ問題があります。皆さんの魔力使用量は、あまりにも少ないのです!』


 ノアは少し不満そうに続けた。


『特に、農作業や建築を担当されている方々は、魔力を温存しながら効率よく働いています。それ自体は立派なのですが、DPの獲得量を考えると少々物足りません!』


「それは仕方ありませんよ。皆さんには生活がありますし、魔力を使い果たしてしまっては仕事ができなくなりますから」


『もちろんです! そこで私は考えました。生活に必要な仕事をしている方々とは別に、魔力を積極的に消費してくれる人員を確保すればよいのではないかと!』


 エリシアは画面に並んだ数字を見つめた。


「……まさか」


『そうです! 現在地下に拘束されている騎士たちです!』


 ノアの声が一段と明るくなった。


『騎士団に所属していただけあって、彼らは一般の住民よりも魔力の総量が多い傾向にあります。もちろん個人差はありますが、戦闘訓練を受けているため魔力の扱いにも慣れています。彼らに毎日しっかり訓練してもらえば、かなりのDPを獲得できるはずです!』


「つまり、騎士たちに魔法の訓練をさせるということですか?」


『はい! 魔力を限界近くまで使っていただき、休息によって回復したら、また訓練していただきます! もちろん食事と睡眠は必要ですから、そこはきちんと確保しますよ!』


「……ずいぶん厳しい訓練になりそうですね」


『大丈夫です!彼らは日頃から鍛えている騎士ですから!』


 ー確かに、訓練そのものは悪い話ではないー


 現在、騎士団の生存者たちは地下の一角に拘束されている。エリシアは一人ずつ事情を聞き、降伏した時期や住民への攻撃の有無などを記録していたが、最終的な処遇についてはまだ決められていなかった。


 全員を処刑するつもりはない。しかし、何の対策もせずに解放すれば、再び辺境伯の命令で攻め込んでくる可能性がある。


 かといって、二十七名しかいない住民たちに、いつまでも捕虜の世話を任せ続けるわけにもいかない。


 騎士たち自身の魔力を利用して迷宮を成長させられるなら、食料や居住設備の維持費をある程度補えるかもしれなかった。


「訓練施設を作ること自体は賛成です。ただ、騎士たちが素直に協力してくれるでしょうか?」


『そこで、もう一つの計画です!』


 ノアの声がさらに弾んだ。


『訓練と並行して、彼らの考え方を少し改善して差し上げようと思います!』


「考え方を?」


『はい!現在彼らのほとんどはエリシアを敵視したり、住民の方々を見下したりしてます!そしてそれは彼らの考え方に重大な問題があるからだと考えました!ですから、その部分を修正すればよいのです!』


「……それは、具体的にどうやって?」


『洗脳です!』


「…………はい?」


『ですから、洗脳です! 彼らの精神へ直接干渉して、エリシアへの忠誠心と居住区の皆さんを大切にする気持ちを植え付けます! これなら反乱の心配もありませんし、訓練にも積極的に参加してくれます!』


 ノアは、まるで新しい掃除道具でも提案するかのような明るい声で説明した。


 エリシアはしばらく返す言葉が見つからなかった。


「ノア、それは……さすがに問題があるのでは?」


『なぜですか? 彼らは武器を持って押し入り、住民を殺害しようとしたのですよ? それに、エリシア自身も彼らをどう扱うか悩んでいたではありませんか!』


「それはそうですが……」


『殺してDPにするより、ずっと建設的です! しかも訓練を続ければDPが増え、迷宮が成長し、住民の皆さんの生活も豊かになります!いざとなればみなさんを守るためにその命つきるまで戦ってくれるでしょう!まさに一石三鳥です!』


 ー確かに、安易に全員を処刑するよりかは理屈は通っているのか?ー


「その洗脳というのは、相手の記憶まで消してしまうのですか?」


『記憶を残すことも消すこともできますよ! 今回は人格を維持したまま、特定の価値観や忠誠心を書き換える方法を考えています!』


「でしたら、記憶は絶対に消さないでください。彼らには、まだ証言してもらわなければならないことがありますし。それに、自分たちが何をしたのかまで忘れさせるつもりはありません」


『承知しました!それで問題はありません!』


「それから、最初から降伏していた人や、私たちに協力してくれている人まで同じ扱いにはしません。訓練への参加も、それぞれの事情を考えて決めます」


『はい! では、最後まで積極的に住民を攻撃していた騎士たちを、重点的な再教育の対象とするのですね!』


「……ええ。少なくとも、二度と無抵抗の人を傷つけようとしないようにしてください。それと、人格を壊したり、身体を傷つけるようなことは認めませんからね」


『もちろんです! 大切な労働力ですから!』


「・・・ノア?」


『大切な更生対象者ですから!』


 エリシアは思わず額に手を当てた。


 ノアは以前に比べてずいぶん感情豊かになったが、こういうところは相変わらずだった。それでも、危険な騎士たちを長期間拘束し続けるより、迷宮の中で仕事をしながら生活を改めてもらう方が、将来的にはよいのかもしれない。


 彼らをすぐに解放するわけではないし、最終的な処遇については別に判断する必要がある。


「分かりました。まずは訓練施設を作ってみましょう。ただし、洗脳については私にも経過を報告してください。おかしなことになったら、すぐに止めますからね」


『やったああああ! ありがとうございます、エリシア!ふふふ、これでDPが定期的に大量に手に入りますねええええええ!』


 管理室にノアの歓声が響き渡った。


 その直後、エリシアの前に新しい画面が開く。表示されたのは、地下第三階層の構造図だった。騎士団との戦いで大きく損傷した区画の一部が、見る見るうちに新しい部屋へと書き換えられていく。


「……ノア?」


『はい!』


「まさか、もう作り始めているのですか?」


『当然です! 許可はいただきましたから!』


「まだ具体的な配置も相談していませんよね?」


『大丈夫です! 計画は事前に完璧に立ててあります!』


 どうやら、最初から許可をもらうつもりで準備していたらしい・・・


 エリシアはため息をつきながら椅子から立ち上がり、管理室を出て地下第三階層へ向かった。


     ◇


「……これは、何ですか?」


 第三階層へ到着したエリシアは、目の前に広がる光景に思わず足を止めた。以前は騎士団の焔砲によって焼け焦げていた広間が、すっかり別の場所になっていたのだ。


 壁には魔力を吸収する特殊な魔導石が埋め込まれ、中央には複数の訓練用魔法陣が描かれている。さらに、奥には休憩室や水場まで用意されていた。


『どうですか! 名付けて《魔力循環式・健全騎士育成施設》です!』


「名前だけ聞くと、ものすごく立派な施設ですね……」


『もちろん内容も立派ですよ!』


 ノアの声に合わせて、広間の一角にある扉が開いた。


 そこから姿を現したのは、二体のレッドキャップに付き添われた騎士たちだった。


 武器や防具は取り上げられており、全員が簡素な衣服に着替えさせられている。


「おい、何なんだよ、ここは!」


「俺たちをどうするつもりだ!」


 騎士の一人が声を荒らげた。彼は騎士団との戦闘で、最後までディートリヒに従っていた男の一人だった。


 エリシアが前へ進むと、その騎士は露骨に顔をしかめた。


「貴様……! 俺たちをこんなところへ閉じ込めて、何をする気だ!」


「あなた方には、しばらくここで訓練を受けていただきます」


「訓練だと?」


「ええ。魔法の訓練です。食事や休息は用意しますし、無理な訓練をさせるつもりもありません。ただ、住民の皆さんへ危害を加えようとすることは、もう認められません」


「ふざけるな! 俺たちは栄光ある辺境騎士団の――」


『はい! それでは早速、第一回目の訓練を開始しましょう!』


 騎士の怒鳴り声を遮るように、ノアの明るい声が広間に響いた。


 床の魔法陣が一斉に輝き始める。


「な、何だ!?」


『まずは皆さんの魔力を確認します! 足元の魔法陣へ、できる限り魔力を流してください!』


「誰がそんな命令に従うか!」


『なるほど! では、先に説得から始めましょう!』


 騎士の足元に、別の魔法陣が浮かび上がった。


 淡い紫色の光が男の身体を包み込む。


「う、うわっ! 何を――」


 騎士は慌てて逃げようとしたが、足が動かなくなり、光がゆっくりと頭部へ集まり始め、複雑な魔法文字を描きながら回転を始める。


 エリシアにも、かなり高度な精神干渉魔法であることが分かった。


『現在、対象者の敵対認識を修正中です! 居住区の住民を守ること、エリシアの指示に従うこと、そして真面目に訓練へ参加することを最優先事項として設定します!』


「ノア、本当に大丈夫なのですか?」


『はい! 身体への負担は最小限に抑えています! 記憶の消去も行っていませんよ!』


「う、うわあああああああAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」

もし少しでも

「続きが気になる!」

「面白かった!」

と思っていただけたら、

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それではまた次回!

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