リザルト
午後になり、エリシアはようやく地上へ出る許可を得た。
「……これが、多少、ですか?」
地下礼拝堂から外へ出たところで、思わずマルタを見る。
「生きて帰れたんだから多少でしょう」
「物差しがおかしくありません?それに、私が撤退したときよりもひどくなっています・・・。これも聞き取りの内容に追加しなくては、ですね」
作業小屋は半分ほど焼け落ちており、修道院の外壁にも黒い焦げ跡が残り、柵の一部は再び崩れている。
地上の戦闘でも焔砲を撃たれているのだ。
「は、畑は大丈夫です!よ、よかった!」
ユアンがすぐに答えた。
「端の方は火が近かったので少し傷みましたけど、ほとんど残っています。それに、お化けかぼちゃも」
ユアンに案内されるとその小さな芽は、昨日とほとんど変わらず畑から顔を出していた。
「この子、騒ぎの中でも普通に育っていたんですね」
「魔物の種ですから、火には強いのかもしれません」
「普通のかぼちゃなのか、魔物なのか、ますます分からなくなってきましたね」
「そこが面白いんです」
少し離れたところでは、トーマとマグマゴーレムが焼けた作業小屋を見ていた。
「こりゃ建て直した方が早いな」
トーマが柱を蹴る。
「使える材木だけ拾うぞ。お前、そっち持てるか?」
マグマゴーレムが太い梁を持ち上げる。
「そうそう。やっぱお前がいると助かる」
昨日まで戦っていた魔物が、もう建築作業へ戻っている。二体のレッドキャップは燃え残った道具を運び、スライムたちは煤で汚れた石床の上を這っていた。
「もう片づけを始めていたんですね」
「いつまでも燃えた家を眺めてても直らんでしょう」
エリシアが近づくとトーマが振り返る。
「それよりエリシアさん、寝てなくていいんですか?」
「もう大丈夫です。……夕方までは歩いてもいいと言われました」
「なら大丈夫か」
トーマは笑ってから、マグマゴーレムの腕を軽く叩いた。
「こいつも昨日、だいぶ無茶したらしいな!誰かさんに似たんじゃないですか?」
「だ、誰のことでしょう?」
「知らんふりするなって」
マグマゴーレムが二人の間で首を動かしているとトーマはもう一度その腕を叩いた。
「まあ、壊れてなくてよかった。こいつはもはや道具じゃない。俺の仕事仲間だからな」
マグマゴーレムは返事をしないが、代わりに持っていた梁を少し高く持ち直した。
「お、やる気あるな。じゃあもう一本いくぞ」
「酷使しないでくださいね」
「分かってるよ!」
『トーマの発言と実際の労働量に差異があります』
「こいつの方から仕事を探してくるんだ!しょうがないだろう!?」
昨日の戦いで失ったものも多いが、それでも人の生活はもう動き始めていた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、修道院の食堂へ住民全員が集まっていた。壊れていない机を寄せ、足りない椅子の代わりに木箱を並べている。
ニナは祖父のバルトの隣へ座り、透明なスライムを膝元へ置いていた。
「今日は何のお話?」
「大事なお話ですよ」
そう答えるエリシアの前には紙が何枚も置かれている。
追放時に渡された正式な書面、住民たちと交わしていた簡易的な雇用記録。それを今回、バルトと一緒に整理し直した。
「最初に皆さんを受け入れたとき、私たちは時間がありませんでした」
魔狼が迫っていて、細かい契約内容を話し合う余裕などなかった。
「そのため、修道院の管理を手伝っていただく方とその家族として、最低限の記録だけを作りました」
バルトが隣で紙を一枚持ち上げる。
「ですが今回、辺境伯側から『無断で領民を抱え込んでいる』と主張されたこともあります。今後、同じことを言われないよう、居住者の記録をきちんと残すことにしました」
「村になるんですか?」
「まだ正式な村ではありません。私に与えられた権限だけで、新しい村を勝手に設立することはできませんから。ただし、修道院の管理人には必要な人員を雇用し、その家族を付属地へ住まわせる権限があります。ですので、ここを《辺境修道院付属居住区》として記録します」
「長い名前だな」
トーマが呟く。
「正式名称ですから」
「普段もそう呼ぶのか?」
「そこは、まあ追々考えていきましょう。契約について、一つだけ皆さんに改めて伝えておきたいことがあります」
エリシアは全員を見回し、改めてその覚悟を問うた。
「ここで暮らす限り、皆さんは誰かの所有物ではありません。残ることも、去ることも、自分で決めてください」
誰もすぐには答えなかったがバルトが最初に口を開く。
「今さら追い出されても困りますな」
バルトが笑う。
「だから、改めて言わせていただきます。私は残ります」
「私も」
リナが続く。
「まだ森の魔狼も全部片づいていませんし」
「俺もだな」
トーマが片手を上げる。
「建て直し途中で出ていけるか」
「僕も残ります」
ユアンは少し照れたように言った。
「まだ畑が一つも完成してないので」
「私もですよ」
マルタが当然のように続ける。
「治療所を作るって話も途中ですし、それに今抜けたら誰がエリシアさんを休ませるんです」
『かなり大きな理由ですね』
最後にニナが手を上げる。
「わたしも!」
「ニナはお母さんと相談してからですね」
隣にいた母親が苦笑しながら頷く。
「ここにいたいそうです。私も、そのつもりです」
「……ありがとうございます」
その後、一人ずつ名前を書いた。文字を書けない者は、内容をバルトかエリシアが読み上げ、確認してから印を押す。
「これで全員ですね」
最後の紙をバルトが重ねる。
「二十七人。正式に記録しました」
「お願いします」
エリシアが署名する。
《辺境修道院付属居住区》
大仰な名前ではあるけれど紙の上にその文字があるだけで、少し違って見えた。
逃げ込んだ先ではなく、ここに住むと自分たちで決めた場所だ。
「エリシアさん」
ニナが紙を覗き込む。
「ここ、村じゃないの?」
「正式には、まだですね」
「じゃあ何?」
「うーん……」
エリシアが答えに迷っていると、ニナが先に言った。
「私たちのおうち?」
エリシアは少し笑った。
「はい。それでいいと思います」
◇ ◇ ◇
契約を終えたあと、外庭では簡単な夕食が始まった。
食材の一部は、朝のうちにリナたちが迷宮の第一階層から取ってきた一角兎だった。
「今日も狩りに入ったんですか?」
エリシアが驚く。
「人数を少なくしてですけどね。一角兎が刈り尽くされていないようで安心しました。」
「昨日あれだけ戦ったのに?」
「だからでしょう。食べなきゃ明日動けません」
「それはそうですが……」
『DP流入を確認。ユアンによる土属性魔法。調理時に使用された生活魔法。修復作業中の魔道具。そして住民及び捕虜のダンジョン滞在による微量回収』
「もしかして騎士の方からも?」
『はい。滞在中であるため、ごく微量ですが発生しています』
「捕虜からまで取るのは少し申し訳ないですね」
『本人が意図せず漏らしている分です』
「それなら……」
表示された数字を見る。一つ一つは小さく一に満たない変動もある。キングウルフや刺客を倒したときとは比べものにならない。
その代わり、止まらない。
ユアンが土を耕せば少し、料理に魔法を使えば少し、狩人が迷宮へ入り、魔物と戦えば少し、工房で魔道具を使っても少しと少しずつDPが積み上がっていく。
「ノア。今日、誰も死んでいませんよね?」
『昨日の戦闘終了後から現在まで、人間および所属魔物に死亡個体はありません』
「それでももう既に刺客を一人殺したほど増えていますね」
『・・・はい』
「これなら……」
ー続けられるー
人が暮らすことによって、毎日少しずつ迷宮へ力が戻る。迷宮が食料や安全な場所を与えることで、人々の生活も続く。
「以前のノアなら、こんな方法は非効率だと言っていましたが?」
『言った可能性があります』
「今は?」
少し間が空いた。
『安定性を含めて評価するなら、優秀です』
「それだけですか?」
『……住民がいなくなると、現在のDP収支は大きく悪化します。・・・それに』
ノアが続ける。
『静かになります』
エリシアは少し驚いた。
「それは寂しいってことですか?」
『その表現が適切かは分かりません。以前は静かな状態が通常でした』
「そうですか」
エリシアは笑った。
「私も同じです」
『エリシアは最初からうるさかったですが』
「今、良い雰囲気だったのに!」
『事実です』
近くにいたリナが振り返る。
「またノアと喧嘩してるんですか?」
周囲から笑い声が上がった。修道院には焦げた跡が残っている。第三階層はかなりの修復が必要で、畑も一部作り直さなければならない。
騎士たちをどう扱い、どこへ今回の一件を報告するかも考えなければならない。
問題は山ほどある。
けれど今のエリシアの瞳には、確かな希望が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
ディートリヒの死亡と騎士隊壊滅の報告が城塞都市へ届いたのは、その二日後だった。
「……もう一度言え」
領主館の執務室で、アルブレヒト・ヴァルケンは報告に来た兵士を睨んでいた。
「クラウゼ騎士団長は死亡。派遣した騎士隊は、ほぼ全員が修道院側に拘束されています」
「三十人近く送ったはずだ」
「その……」
「相手は農民二十七人と女一人だぞ」
「魔物もいたとのことで……」
アルブレヒトは机を叩き、報告書が跳ねる。
「ダンジョンがある可能性も、強い魔物がいる可能性も見込んだからこそ、焔砲まで持たせたのだ!」
兵士は俯いたまま答えない。
何一つ得ていないどころか騎士団長を失い、兵まで捕虜になったと言う事実を重く受け止めながらアルブレヒトは椅子へ座り直した。
「……で、例の公爵令嬢は?」
「修道院の周辺地域を改めて教会の管轄であると認めろ。との要望を出してきております。また、村人を《辺境修道院付属居住区》付きで働かせるとの通告がありました」
「・・・ち、王都のバカどもは厄介な者を押し付けてくれたな」
今回の戦いで死んでいれば話は簡単だった。魔物の暴走あるいは不幸な戦闘事故といくらでも王都に報告するそれらしい理由を作れたのに。
だが本人が生きている。
しかも彼女の手元には、王家、公爵家、教会の公印が揃った管理命令書がある。
「騎士どもは何か喋ったか?」
「不明です。ただ、複数名が生存したまま捕らえられておりますので……」
「……証言する可能性がある、と」
アルブレヒトは黙り込んだ。ディートリヒが勝っていれば問題にはならなかったが負けた以上、事情が変わる。
公印付きの書面を持つ公爵令嬢の管理地へ、正式な捜索命令もないまま武装騎士を送り込んだ。
しかも焔砲を使って、だ。
生き残った騎士が命令内容まで話せば、こちらの立場が悪くなる。
「二度目は使えんな」
「は?」
アルブレヒトは苛立たしげに答えた。
「同じ場所へまた騎士を送れば、今度は言い逃れができん」
「では、修道院は……放っておくと言うことですか?」
「ほぼ、ダンジョンがあると分かった土地を放っておくと思うか?」
兵士が口を閉じるのを見てアルブレヒトは机に広げられた領内地図を見た。
修道院、城塞都市、その間を繋ぐ街道。
辺境で人が生きるには、食料だけあればいいわけではない。塩、鉄、衣服、薬、農具、そして冬を越す燃料。
通常、全てを一つの村から賄うことは不可能だからこそ外との交易が必要になるのだ。ましてや、ようやく二十七人が住み始めた小さな集落だ。
「街道の検問を増やせ」
「検問、ですか?」
「なあに我が愛すべき愚かな領民どもを魔狼災害から守るためさ」
「は、はあ、分かりました」
「特に、あの修道院にはキングウルフが出たそうではないか。・・・あの修道院へ向かう商人には、追加の積荷検査を行え。危険な魔物が出入りする地域だとな。それと、こちらの領民が勝手に物資を売りに行くことも止めろ」
「領民達には交流の禁止を伝えればいいのでは?」
「なあにを言う?そんなことをしたらまた、あの無駄に法律に明るいらしい公爵令嬢殿に難癖を付けられてしまう。」
アルブレヒトが兵士を見る。
「安全確認に非常に時間がかかる、とだけ伝えれば良い。」
兵士は意味を理解したらしい。
「承知しました」
「それと、噂も流しておけ」
「どのような?」
「修道院では魔物を飼っている。ダンジョンもある。近づけば危険だ、と」
「事実ではありますが……」
「当たり前じゃないか!嘘をつくわけにはいかないだろう?」
アルブレヒトは椅子へ深く座った。
正面から奪えないなら、別の方法で潰せばいい。
「人が増えなければ、いずれ立ち行かなくなる」
地図上の修道院へ指を置く。
「交易もできず、物資も入らず、冬が来れば終わりだ」
指先で修道院の印を覆い隠した。
「あの集落が冬を越せなくしてやればいい」
もし少しでも
「続きが気になる!」
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それではまた次回!




