勝利
エリシアが目を覚ましたとき、最初に見えたのは見慣れない石の天井だった。
何度か瞬きをしてから、ここが地下迷宮の一室だと思い出す。
身体を起こそうとすると、全身が一斉に重くなった。
「……いたた」
顔だけを向けると、椅子へ座ったマルタが腕を組んでいた。
「マルタさん……おはようございます?」
「ええ、おはようございます。ただ、もう少し寝ていてくださいね」
「えっ?そんなに寝ていたのですか?」
エリシアはもう一度身体を起こそうとしたが、今度はマルタが毛布の上から肩を押さえた。
「だから起きないでください」
「でも皆さんが――」
「全員生きていますよ。あの狼さんのおかげで負傷者の手当ても終わっています。捕まえた騎士も縛って今は大人しくしています。修道院が多少燃えていますが、今すぐ崩れるような場所もありません」
「多少……?」
「あなたが飛び起きそうなので、詳しくは後で」
マルタの表情を見る限り、今はいくら聞いても教えてもらえそうにない。
『私からも安静を要求します。エリシアが一晩で複数階層を改造したうえ、ほぼ魔力切れの状態で第九階層まで撤退戦を続けなければ、少しでも働いてもらっていたのですが・・・』
「……まだ怒っています?」
『はい』
そんな返事を聞いてエリシアは諦めて枕へ頭を戻した。
「ヴァルハザード・ウルフは大丈夫でしたか?それにレッドキャップたちは?」
『ボス部屋へ戻っています。損傷はありません。レッドキャップ達は一体に軽度の火傷がありましたが、サンクチュアリフェアリーの治療で回復しました。マグマゴーレムも修復可能範囲です』
そこまで聞いて、ようやくエリシアは胸の力を抜いた。
「良かった……」
「倒れて丸半日近く眠った人間が最初に聞くことじゃないと思うんですがね。ただ、元気はありそうで安心しました」
マルタがようやく少し笑った。
「食べられそうなら、何か持ってきます」
「ありがとうございます」
「その後も寝ていてください」
「少しくらい外を――」
「寝ていてください」
扉が閉まってからエリシアはしばらく天井を見ていたが、数十秒もしないうちに身体を起こした。
『エリシア』
「少しだけです」
『今しがた約束したばかりですが』
「捕らえた騎士のことだけ確認したら戻ります」
『マルタを呼びます』
◇ ◇ ◇
結局、マルタにもう一度叱られたあと、エリシアは昼食を食べることを条件に、騎士たちの事情聴取へ立ち会うことを許された。
場所は第七階層に作った広めの部屋だった。
全員を一ヶ所へ集めることはせず、戦闘中の行動に応じていくつかの部屋へ分けている。早い段階で武器を捨てた者、ディートリヒに脅されながらも住民への攻撃を拒否した者、最後まで騎士団長の命令に従っていた者。
同じ騎士団に所属していたからというだけで、全員を同じように扱うつもりはなかった。
「こちらが、現在までに聞き取った内容です」
バルトが紙を一枚ずつ机へ並べた。元村長として物資や人数を管理していた経験が、こういうときにも生きている。
「名前、所属、今回の命令について事前に説明された内容。それから、戦闘中に何をしたのかも一人ずつ確認しています」
「もうそこまで?」
「エリシアさんが寝ている間に仕事は進めておきました」
「ありがとうございます」
「働かせてくださいと言ったのは俺たちですから」
バルトはそう言ってから、一枚の紙を手に取った。
「それと……聞いておいた方がいい話があります」
部屋の隅には、昨日ヴァルハザード・ウルフの魔力をいち早く感知した騎士が座っていた。両手は前で縄に縛られているが、周囲に剣を向ける者はいない。
彼はエリシアが入ってきたことに気づくと、気まずそうに頭を下げた。
「昨日は……申し訳ありませんでした」
そう言いながら騎士は少しだけ姿勢を正す。
「何を知っているのか、教えていただけますか?」
「全部を知っていたわけではありませんが・・・」
「構いません。ご自分で聞いたこと、見たことだけでお願いします」
騎士は頷いた。
「俺たちは出発前、逃亡した領民を連れ戻すと説明されました。ただ、対魔物装備が多すぎるとは思っていましたが」
「焔砲や魔封じの杭ですね」
「はい。焔砲は大型魔物が出た場合に備えると聞かされていました。魔封じの杭については、騎士団長直属の者にしか説明されていなかったと思います。俺は魔力を探るのが得意なので、ダンジョンがあった場合の調査役として連れてこられました」
それだけで、住民を取り戻すだけの遠征ではないことが分かる。
「修道院にダンジョンがあることは、事前に分かっていたのですか?」
「いえ、わかりません。ただ……昔の記録が見つかってその危険性がある、と団長が話しているのを聞きました。この修道院が使われなくなった頃、周辺で出所不明の魔物が増えたという記録です。地下から魔力が出ていたという報告もあったらしくて……辺境伯閣下と団長は、地下に休眠したダンジョンがあるのではないかと考えていました」
前日の疑問が、今度こそ答えになった。
「……やはり、皆さんを連れ戻すだけではなかったのですね」
バルトが静かに言うと騎士は申し訳なさそうに目を伏せた。
「少なくとも騎士団長にとっては、そうだったと思います」
「辺境伯も?」
「俺が直接命令を受けたわけではありません。ただ、団長は出発前に『コアが見つかれば辺境伯家の管理下へ置く』と話していました」
バルトが記録を書き留める様子を見た後にエリシアは少し迷ってから、もう一つ尋ねた。
「魔狼については、何かご存じですか?」
騎士の顔が強張ったが意を決したように彼は息を吐いた。
「魔狼が増えているという報告は、以前から騎士団へ上がっていました。正確な日付までは知りません。ただ、周辺の猟師や村から何度か報告が来ていたのは知っています」
「私たちもその報告書は出していました」
リナの声が冷たい。
「ですが、巡回討伐隊を出すほどではない、とクラウゼ団長が決定して・・・」
リナの手が机の下で固く握られる。
「村人は魔物を見れば大げさに騒ぐ。森に狼がいるのは普通だ、と……」
リナは何も言わなくなった。その沈黙の方が、エリシアには重く感じられた。
「城門で私たちを追い返したことも、命令だったんですか?」
今度はバルトが尋ねる。
「都市へ魔狼を呼び込む危険があるから、周辺から来る避難民を入れるなという方針は出ていました」
バルトもそれ以上追及することはなく紙へ静かに文字を書き足す。
「今回の襲撃について、もう一つ」
騎士が自分から口を開いた。
「もし……住民に死者が出た場合の処理についてです」
エリシアは顔を上げた。
「団長は出発前、死者が出ても『ダンジョンから現れた魔物に襲われたことにすればいい』と話していました」
部屋の空気が変わった。
「……やはりそういうことだったか」
「修道院周辺には魔物がいた。魔狼災害の直後でもある。辺境で人が死んでも、魔物の仕業だと言えば不自然ではない、と」
トーマが壁を殴りそうになり、途中で拳を止めた。
エリシアは机の上の紙を見る。ディートリヒは死んだ。だからといって、彼がやったことまで一緒に消えるわけではない。
「バルトさん。今のお話も、一つずつ記録してください。後で別の協力的な方にも同じ内容を確認しましょう」
「分かりました」
騎士がエリシアを見る。
「俺たちは……どうなるんですか?」
「もちろん、誰も何も悪くないとは言いません。住民へ攻撃した方には、その分の責任を負って貰います」
「……はい」
「でも、命令を拒否した方と、最後まで積極的に人を殺そうとした方を同じ扱いにはしません」
「
エリシアは少し考えながら言葉を続けた。
「昨日、私たちは何度も武器を捨ててくださいと伝えました。実際に捨てた方もいました。その選択まで無かったことにするつもりはありません」
それは魔狼相手にはできなかった判断だ。
「バルトさん。騎士の方々については、昨日の行動を一人ずつ確認して残しましょう。分かる範囲で。誰が住民へ攻撃したか、誰が止めたか、誰がディートリヒの命令を拒否したかもお願いします」
「かなり時間がかかりますよ」
「構いません。大変だとは思いますがどうかよろしくお願いします。」
「そう言うと思いました。もう既に一部の騎士達への聞き取りは開始しております」
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それではまた次回!




