思ったより多才だったようです
エリシアはしばらく黙って、並んだ文字を見ていた。
「すみません。もう一度表示していただけますか?そ、そもそも聖属性の才能値を調べるだけでも国宝級のアーティファクトなのに!」
『私と違って随分低脳なんですね、その道具。ちなみに表示内容に誤りはありませんでした。なので再表示はしたくないです。』
「私、聖属性しか学んだことがないのですが・・・」
『それは非常にもったいないですね。どれか一つでも他の属性の魔法を極めれば魔王をダース単位で討伐することができましたのに・・・』
あまりにも迷いなく言われ、エリシアは思わず結晶を見つめた。
「……今、少しバカにしましたか?」
『事実を述べただけです』
「闇属性までSSと表示されていますけれど、これも間違いではないのですね?」
『間違いありません。・・・ちなみに属性適性と人格、善悪には相関がありません』
「それはそうなのでしょうけれど……アルセイン家で聞いたら、父は倒れるかもしれませんね」
聖属性以外を測ったことなど一度もなかった。そもそもアルセイン家では、聖属性の才能を伸ばすことが何より重要だと教えられてきた。エリシア自身も、自分にはそれしか必要ないと思っていた。
「そ、そういえば水魔法適正SSということは!私は水魔法を使えるのですか?」
『適性があることと、術式を扱えることは別です。どんなに素晴らしい原石も磨かなければただの石です。』
さすがに、そこまで都合よくはいかないらしい。
『ですが・・・私に生成素材として水属性魔素を供給することは可能です』
「魔法を使えなくても大丈夫なのですか?」
『はい。あなたが術式を組む必要はありません。属性を持つ魔素そのものを中枢へ提供していただければ、生成処理はこちらで行います』
「それなら、泉を作れるということでしょうか」
『再計算します』
光の文字が何度か書き換わり、やがて数字が止まった。
《小型泉:通常費用 100DP:水属性魔素提供時 21DP》
エリシアは数字を二度確認した。
「極端に安くなりましたね」
『あなたの水属性魔素が非常に高品質です。素材の大半を外部供給できるため、DP消費を抑えられます』
「では、やってみます。どうすればいいですか?」
『中枢へ手を触れてください』
エリシアは結晶へ近づき、恐る恐る手を置いた。
『水を明確に想像してください』
「水……ですか?」
『はい。飲用可能な清浄な水が望ましいです』
「それなら、修道院へ来る途中で見た川を思い浮かべればいいでしょうか?」
『問題ありません』
目を閉じ、旅の途中で休憩した川を思い出す。透明な水が石の間を流れ、陽の光を反射していた。そこへ魔力を流そうとしたものの、いつもの聖魔法とは勝手が違う。
「……何も起きませんね」
『聖属性魔素が流入しています』
「申し訳ありません。癖で」
今度は聖魔法の術式を組まないよう意識する。
水そのもの・・・冷たさ、流れ、手ですくった感触そして匂い。しばらくすると、身体の中に今まで意識したことのない感覚が生まれた。
聖魔法を使うときの柔らかな温かさとは違う。
もっと静かで、冷たく、形を変えながら流れていくような感覚だった。
『水属性魔素を確認』
「これですか?」
『はい。量を少し落としてください』
「多いのですか?すみませんやり方が聖属性魔法とは勝手が違って・・・」
『初回ですのでミスして当然です。そのままこちらで調整します』
結晶から青い光が広がり、部屋の隅の石床へ流れていく。何もなかった床がゆっくり窪み、滑らかな石の縁が形作られた。
そこへ細い水の筋が湧き出す。
最初は指ほどの流れしかなかったものが、少しずつ量を増し、小さな水盤を満たしていった。
「本当に……できましたね」
エリシアは結晶から手を離し、泉の前へしゃがみ、キラキラと光る水面を両手ですくって匂いを確かめてから口へ含む。
ー冷たいー
普通の水だった。
「美味しいです」
『私が飲用可能水として生成しているので当然です』
少しだけ腹が立つ。けれど、さっきまで何もなかった石室に水が湧いているのを見ると、それすらどうでもよくなった。
自分には聖魔法以外の才能がある。
しかも、それは今まで誰にも教えられず、自分自身も知らなかったものだ。
まだ水魔法一つろくに使えない。ただ魔力を渡しただけで、泉を作ったのは目の前の迷宮なのだ。それでも、この場所では役に立った。
王都では一度も求められなかった力が、ここでは必要とされている。
『っっ?異常を検知しました!』
突然声をかけられ、エリシアは泉から顔を上げた。
『領域内魔素濃度が規定値を超過しました。管理者との契約、および継続的な高品質魔素流入を確認』
結晶の光が強くなる。
《コアレベル上昇条件達成》
《Lv.1 → Lv.2》
《魔物進化機能を解放》
エリシアは目の前に浮かんだ文字を読み、それから結晶へ視線を戻した。
「契約したばかりなのに、もう成長したのですか?」
『これは通常ではありません。現在の活動記録から算出する比較対象が不足していますが、極めて異常であるということは判断できます』
「……褒められていると思っていいのですか?」
『・・・管理者は極めて高品質な素材供給源です。つまり素晴らしい魔力タンク』
エリシアの眉が僅かに動いた。
「・・・契約した相手への言い方を、少し勉強した方がいいと思います」
『・・・必要性を認識できません』
いつまでも「中枢」や「あなた」と呼ぶのも話しづらい。
「ところで、あなたに名前はないのですか?」
『固有名称はありません』
「では、何と呼べば?」
『中枢核で問題ありません』
「・・・それは少し寂しいです。会話するたびに中枢核と呼ぶのは嫌ですもの」
『名称を設定する必要性は――』
「あります!」
即座に返すと、結晶が一度だけ明滅した。
反論を考えているようにも見えるがもちろん、本当にそうなのかは分からない。
「う~~ん!では……ノア、というのはいかがですか?」
『その名称に機能的意味はありますか?』
「あります!少なくとも私には」
少し沈黙が続いたあと、目の前に新しい文字が浮かんだ。
《中枢個体名称――ノア。登録しました』
エリシアは思わず笑った。
「これからよろしくお願いします、ノア」
『了解しました、管理者エリシア』
「エリシアで構いませんよ。むしろそう呼んでください!」
王都を離れて数日。
婚約者も、家族も、これまで決められていた未来も失った。代わりに手に入れたものが、崩れかけた修道院と、死にかけの迷宮だというのだから、我ながら随分変わった新生活である。
それでも一歩は踏み出せた。
エリシアは泉を眺めながら、明日から何を直せばいいのかを考え始める。地上への道を作り、荷物を回収しなければならない。
修道院の屋根も窓も直したい。
水が作れるなら、他のものも作れるかもしれない。
「ねえ、ノア!この迷宮、どこまで直せるのでしょう?」
『DPと素材があれば、理論上は無限に拡張可能です』
「では、まずはここで生活できるようにしましょうか」
『現在DP残量三。推奨行動は節約です』
「……先は長そうですね」
『奇遇ですね。その認識には同意します』
返ってきた答えを聞き、エリシアは声を上げて笑った。何もないなら、一つずつ作ればいい。少なくとも時間と魔力はたくさんあるのだから。
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