追放令嬢ダンジョンマスターになる
王都を出てから数日が経った頃、エリシアを乗せた馬車は街道を外れ、森の中に作られた細い道を進んでいた。
最初のうちは整備されていた道も、辺境へ近づくにつれて目に見えて荒れ始めている。何度も大きな石に車輪を取られ、そのたびに馬車が激しく揺れるものだから、最後の方は本を読むことすら諦めてしまった。
「お嬢様、もう少しで着きます」
御者台から声をかけられ、エリシアは窓の外へ目を向けた。
「分かりました。思っていたより随分と森の奥なのですね」
「ええ。この先まで馬車が入ることも滅多にないようでして……道もこの有様ですから、帰りは暗くなる前に森を抜けたいところです」
「でしたら、到着したら荷物だけ降ろしてください。中まで運んでいただかなくても大丈夫ですわ」
「・・・ですが、まさかお一人で全て片付けるおつもりですか?」
「ええ、重い物だけ入口までお願いします。父から聞いていたより建物の状態が悪ければ、どのみち今日は片づけだけで終わるでしょうから」
御者は少し迷った様子だったが、やがて「承知しました」と答えた。
今回の旅に同行する使用人はいない。
ベルナールから最低限の支度金と食料は渡されたものの、辺境で暮らすための使用人まで用意するつもりはなかったらしい。もっとも、人を雇う権限は正式な書面で認められているため、本当に必要であれば現地で探せばいいとエリシア自身も考えていた。
・・・今のところ、その現地に人がいるのかという問題はあるのだが。
森が少し開けると、ようやく目的地らしき建物が見えてきた。
「……あれですか?」
「恐らくは」
御者の返事が妙に歯切れ悪くなる。
エリシアも、その気持ちはよく分かった。
古い修道院だとは聞いていたし、長らく管理人がいないことも承知している。けれど、目の前に現れた建物は、エリシアが想像していたものより二段ほどひどかった。
灰色の石造りの建物は一部を蔦に覆われ、屋根の端は何ヶ所か崩れている。正面の庭らしき場所にも草が生い茂り、敷地を囲んでいたであろう低い石壁は途中から完全に倒れていた。
「なるほど……」
馬車を降りたエリシアは、しばらく修道院を見上げた。
「お嬢様、ほ、本当にこちらで間違いないのでしょうか?」
「書面に記されていた場所と合っていますから、間違いないと思いますわ」
「失礼ながら、とても人が住めるようには……も、もしよければ近くの村までお送りしましょうか?」
「いえ、それは大丈夫です。まずは中を確認しましょう。外から見た印象だけで決めてしまうのは早いですから」
そう答えたものの、正面扉を開けた瞬間に落ちてきた埃を浴び、エリシアも少しだけ考えを改めることになった。
「……中も、それなりですね」
慌てて顔を背けた御者を見ながら、エリシアは髪についた埃を払った。
それから二人で荷物を玄関脇まで運び込む。
保存の利く食料と衣類、数冊の本、聖魔法に使う道具、それに日用品。王都の屋敷から持ってきたものはそれほど多くないため、荷下ろし自体には大した時間はかからなかった。
「持ってきた荷物はこれで全部です」
「ありがとうございます。帰り道もありますから、もう出てもらって大丈夫です。」
「本当に大丈夫ですか? せめて一晩くらいなら近くで――」
「この辺りに宿があるようには見えませんし、馬まで雨風に晒すことになります。それに、ここは一応私の管理地ですからね」
エリシアは少し笑ってみせた。
「まずは管理人が、自分の管理する場所を確認してみます」
「……分かりました。何かありましたら、街道沿いの村まで出てください。二日ほど戻れば宿場があるはずですから」
「ええ、ありがとうございます。あなたも帰り道には気をつけてくださいね。」
御者が馬車へ戻り、何度か心配そうに振り返りながら森の向こうへ消えていく。そして静かになった敷地で一人になると、エリシアは改めて修道院を見上げた。
「さて……何から始めましょうか」
誰に聞かせるでもなく呟き、まずは建物の確認から始めることにした。
玄関を入った先には小さな礼拝堂があり、左右には居住用と思われる部屋が続いている。家具の大半は傷んでいたが、寝台として使えそうなものは一つ残っていた。
窓には割れている場所があり、雨が降れば確実に吹き込む。
厨房には古い竈があったものの、煙突が詰まっていないか確認する必要があるだろう。
「屋根と窓、それに水の確保が先でしょうか……」
持ってきた水はあるが、それはどんなに切り詰めても数日分しかない。
井戸があればと思い外を調べてみたものの、見つかったのは石枠だけが残った古い井戸だった。縄を垂らしてみても、水に触れる気配はない。
「これは思っていたより大仕事になりそうですね」
困りはしたものの、不思議と嫌にはならなかった。
誰かに命じられた礼儀作法でも、王太子妃になるための課題でもない。壊れた窓があるなら直し、水がないなら探す。
必要なものを一つずつ確認して、自分で優先順位を決めればいい。
少なくとも、何をしても最後に「王太子妃として相応しいか」と評価される生活よりは、ずっと単純だった。
建物の一階を一通り見終える頃には、窓から差し込む光も少し弱くなっていた。
今日は寝る場所だけ整え、地下や裏手の確認は明日に回そうかとも考えたが、廊下の奥に見つけた扉が気になった。
「ここは……地下へ続いているのでしょうか?」
扉には古い聖印が刻まれていて鍵は掛かっておらず、少し力を入れると低い音を立てながら開いた。長く使われていないようで、壁際には蜘蛛の巣が張り、湿った空気が流れてくる。
エリシアは荷物から小型の魔道灯を持ってくると、足元を確かめながら階段を下りた。
階段の先にあったのは、地上の礼拝堂よりずっと小さな地下礼拝堂だった。
「こんな場所まであったのですね」
正面には朽ちかけた祭壇があり、壁には読めないほど風化した文字が刻まれている。エリシアは魔道灯を掲げながら部屋の中へ入り、壁や床の傷みを確認していった。
ー地下であれば倉庫として使えるかもしれないー
温度も地上より安定しているため、食料の保存場所として整備するのも悪くないだろう。そんなことを考えながら祭壇の近くへ進んだところで、足元から嫌な音がした。
「え?」
古くなり罅の入っていた石が割れ一瞬のうちに嫌な予感が全身を襲う。何が起きたのか理解するより早く、口から悲鳴が漏れた。
「きゃっ――!」
咄嗟に身体の周囲へ聖魔法の結界を張る。直後、床が完全に崩れ、エリシアの身体は大量の石片と一緒に地下へ落ちていった。
どれほど落ちたのかは分からない。途中で結界が何度も壁にぶつかり、そのたびに身体が激しく揺さぶられる。
最後に大きな衝撃があり、エリシアは冷たい石床の上へ投げ出された。
「……っ、痛……」
しばらく息を整えてから、ゆっくり身体を起こす。腕や肩は痛むが、骨が折れている様子はない。最後まで結界を維持できたおかげだろう。
「まさか管理を始めた初日に、床が抜けるとは思いませんでした……」
誰もいないことをいいことに少し愚痴をこぼし、エリシアは落ちてきた穴を見上げた。
ーかなり高いー
しかも途中で崩れた石が引っかかり、もとの通路らしき場所まで塞いでしまっている。
「これは……すぐには戻れませんね」
幸い、魔道灯は少し離れた場所に落ちていた。魔道灯を拾い上げて周囲を照らすと、そこは地下礼拝堂とは明らかに造りが違っていた。
壁も床も継ぎ目のない黒い石で作られ、広さは小さな部屋一つ分ほどしかない。奥には台座があり、その上に大きな結晶のようなものが浮かんでいた。かすかな青白い光を放っているものの、今にも消えてしまいそうなほど弱い。
「……何かの魔道具?」
エリシアが近づこうとしたところで、部屋の中に声が響いた。
『っっっ!管理者候補を確認!緊急契約を提案します!』
「……は、はい?」
足を止め周囲を見回すが、当然ながら誰もいない。
「どなたですか?」
『質問を確認。回答します。私は当迷宮の中枢管理機構です。』
「迷宮?」
あまりにも淡々と返事をされ、エリシアは浮かんでいる結晶を見た。
「もしかして、話しているのはあなたですか?」
『厳密には、この結晶体は中枢核です。音声出力は迷宮機能を利用しています』
「……そうですか」
『理解されましたか?』
「いえ、ほとんど理解しておりませんが・・・」
正直に答えると、少し間が空いた。
『・・・では、必要事項のみ説明します』
「えっ?それはどういう__?」
『現在、当迷宮は機能停止寸前です。中枢核活動率三・一パーセント。保有DPは十二。接続通路の九割以上が崩壊し、稼働中の罠および魔物は存在しません』
「待ってください。DPとは何でしょう?」
『迷宮が構造物、設備、魔物などを生成、維持するために使用するエネルギー単位です』
「なるほど……何となくは分かりました」
『・・・ちなみに現在の保有量では、ほぼ何もできません』
部屋を見回せば納得できる。
ー何もないー
本当に、結晶と石の床くらいしか存在していない。
『加えて現在地から地上へ続く経路は崩壊しています。』
「……それは困りますね」
淡々と悪い情報ばかり告げられ、エリシアは思わず額へ手を当てた。
「つまり、あなたはこのままでは機能を停止し、私もここから出られないということですか?」
『概ねその認識で正しいです』
「それで最初に言っていた契約というものが必要なのですね?」
『はい。管理者と契約することで、外部から魔素の供給を受けられます。迷宮機能の再起動および経路修復が可能になります』
「契約した場合、私には何が起きますか?」
『迷宮管理権限の大部分が付与されます。中枢への魔素供給、迷宮内情報の閲覧、生成指示などが可能になります』
「身体に何か害は、あるのでしょうか?」
『通常想定される運用であればありません』
「通常ではない場合はどのような場合なのですか?」
『中枢核(私)が破壊された際などに迷宮管理権限所持者への反動が発生する可能性があります。つまり中枢核が破壊されればあなたも死にます。』
エリシアは少し考えた。
目の前の存在が何なのか、完全に理解したわけではないし、契約という言葉にも当然不安はある。けれど、地上へ戻る道は塞がっており、この部屋には水すらない。少なくとも何もしないまま待つことだけは、一番良くない選択だろう。
「一つだけ確認させてください。契約をすれば、ここから出る方法を作れるのですね?」
『保証はできません。ただし、契約しない場合より生存確率は大幅に上昇します』
「随分正直ですこと」
『虚偽を伝える利点がないと判断しただけです。』
エリシアは少しだけ笑った。
「分かりました。この私エリシアはあなたと契約します」
『意思を確認。契約処理を開始します。結晶部分に手を置いて下さい。軽く触れる程度で大丈夫です。』
結晶の光が僅かに強くなると同時に、エリシアは身体の中にある魔力がゆっくり引き出される感覚を覚えた。
「……っっ!思ったより持っていかれますね」
『供給量が想定値を大幅に上回っています』
「えっ?止めた方がいいですか?」
『いいえ。可能であればそのままでお願いします。もっと下さい!』
「急に遠慮がなくなりましたね」
『活動停止を回避できる可能性がありますので』
身体の奥から流れていく魔力は決して少なくないが、聖魔法の訓練で大きな術を使ったときに比べればまだ余裕がある。
しばらくすると結晶の光が安定し、先ほどまで時折途切れていた声もはっきり聞こえるようになった。
『契約完了。管理者登録を確認しました』
エリシアの目の前へ、光で作られた文字が浮かぶ。
《管理者 エリシア》
《中枢活動率 十一・二%》
《コアレベル Lv.1》
「活動率はかなり上がりましたね」
『はい。予測以上です』
「それでは!さっそく地上への道を直せますか?」
『現在のDPでは不可能です』
「えっ?先ほどより予測以上に元気になったのに?」
『活動率とDPは別の扱いなのです』
「そこは先に説明しておいてほしかったです」
『・・・質問されませんでしたので』
「その返答、これから何度も聞くことになりそうですね……」
エリシアは小さく息を吐いた。
「では、今できることを教えてください。水がないのは一番困ります」
『小型の泉が生成可能項目にあります』
「っ!それをお願いします」
『DPが不足しています』
「できると言ったではありませんか」
『生成可能項目に存在するだけ、という意味です。通常生成費用は百DPです。現在の所持DPは契約時の魔力消費から一部を変換し、二十四DPまで回復しました』
「四分の一にも届いていませんね」
あまりにも平然と返され、エリシアは頭が痛くなってきた。
「他に水を作る方法はありませんか? 私は数日分の飲み水を地上に置いたままなのです」
結晶の光が一度だけ明滅した。
『そんなこと言われても知りませんよ。それでは管理者情報を詳細解析します』
すると先ほどとは比べものにならない量の文字が目の前に現れた。
《属性適性解析中》
《聖属性――A》
《火属性――SS》
《水属性――SS》
《風属性――SS》
《土属性――SS》
《闇属性――SS》
《雷属性――S》
《氷属性――S》
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それではまた次回!




