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3/13

追放されたようですわ

「エリシア!」


 人々のざわめきの中で、レオンハルトがこちらへ歩いてくる。


 ようやく話ができる・・・そう思ったものの、彼の表情は昨日の事情を説明しようとする者のものには見えなかった。


「殿下?」


「話しておかなければならないことがある」


「昨日のことでしょうか?」


「・・・それも含めてだ」


 レオンハルトは一度周囲を確認したあと、エリシアへ真っ直ぐ向き直った。


「私は、君との婚約を解消したいと思っている」


 聞き間違えたのかと思った。だが、広間の近くにいた者たちが一斉にこちらを振り向く様子を見てそれが間違いだったと気付く。


「……婚約を、ですか?理由を伺っても?」


 レオンハルトもエリシアが取り乱さないことに安心したのか、少しだけ表情を緩めた。


「君に何か落ち度があると言っているわけではない。聖属性Aという適性も十分に優秀だし、王太子妃になるため努力してきたことも私はよく知っている」


「・・・でしたら、なぜでしょうか」


「王国の未来を考えた結果だ」


 レオンハルトはそう答え、両親に囲まれているミレイユへ視線を向けた。


「聖属性SSの持ち主は百年に一人いるかどうかと言われている。もしその力を持つ者が王妃となれば、王家だけでなく国にとっても大きな意味を持つだろう」


 そこまで聞けば、続きを尋ねる必要もなかった。


「ミレイユを妃に迎えるおつもりなのですね」


 レオンハルトは否定しなかった。


「・・・もちろん、すぐにすべてが決まる話ではない。だが私としては、ミレイユとの婚約を正式に進めたいと思っている」


 エリシアは返事をせず、少し離れたところにいる妹を見た。


 昨日、レオンハルトと二人で劇場へ入っていったこと、今夜、自分を差し置いて彼のエスコートを受けていたこと、何度話そうとしても、レオンハルトが時間を作らなかったこと・・・


 それらが一つにつながったところで、エリシアは別の疑問を覚えた。


「殿下、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだ?」


「・・・今日の結果を、殿下はご存じだったのですか?」


 その一言でレオンハルトの表情が僅かに止まる。


「……まさか、これは神聖で平等な儀式だ。」


「そうですか」


「何故そんなことを聞く?」


「清魔の儀が行われたのは、ほんの今しがたです」


 エリシアは感情を荒らげず、彼の顔を見たまま続ける。


「昨日のことについては、いずれ説明するつもりだったんだ。ミレイユとは以前から親しく話す機会があった。それ自体は隠すようなことではないだろう?」


「はい。妹と親しくしていただくこと自体を責めるつもりはございません」


 その言葉だけは本心だった。しかし問題はそこではない。


 エリシアが気にしているのは、二人が親しくなったことより、自分との婚約が続いている間に何が行われていたのかということだった。


「エリシア、お姉様……」


 いつの間にかミレイユが近くまで来ていた。


「私、こんなことになるなんて……」


 言葉とは裏腹に、彼女の手はレオンハルトの袖をしっかりと掴んでいる。


「お姉様を傷つけたいわけじゃなかったんです。ただ、殿下が私を選んでくださって……」


「今は殿下とお話ししています。あなたとは必要なら後で話しましょう」


 ミレイユは少し傷ついたような顔をしたものの、エリシアにはそれを慰める言葉が思いつかなかった。レオンハルトはそんな二人を見てから、静かな声で続ける。


「急な話になったことは申し訳なく思っている。ただ、君なら理解してくれると思っているんだ」


「・・・私なら?どういうことですか?」


「君は昔から聡明だった。王国にとって何が必要なのかも分かるだろう。これは個人の感情だけで決めていることではない」


 その言葉を聞いて、エリシアはようやくはっきりと理解した。レオンハルトは、理解されることまで当然のように求めている。十年以上続いた婚約を終わらせる相手に対して、王国のためだから納得してほしいと告げているのだ。


「・・・承知いたしました」


 そう言いながらエリシアはレオンハルトと、その隣に立つミレイユを順番に見た。


「殿下が妹を選ばれたのであれば、私からお二人の間に入ろうとは思いません。ただ、私が殿下の判断を正しいと思っているかどうかは別の話です」


「エリシア……」


「婚約解消に必要な手続きについては、正式な書面を確認してから対応いたします。今夜はミレイユの祝いの席ですから、これ以上ここでお話しする必要もないでしょう」


 それだけ告げて一礼し、エリシアはその場を離れた。その日後ろから名前を呼ばれることはなかった。


_________


 夜会が終わり、最後の客人を乗せた馬車が屋敷を離れた頃には、日付が変わろうとしていた。


 着替えのため自室へ戻ろうとしていたエリシアのもとへ使用人が現れ、父が書斎で待っていると告げた。


 今日の出来事を考えれば、呼ばれる理由には心当たりがある。


 エリシアが書斎へ入ると、ベルナールはすでに机の前に座っており、母セレスティーヌも応接用の長椅子に腰掛けていた。


「そこへ座れ」


 父に促され、エリシアは二人の向かいへ座った。


「婚約の件は殿下から聞いたな?」


「はい・・・伺っております。」


「ならば話は早い。王家としてもミレイユとの婚約を進める方向で調整することになるだろう」


「・・・そうですか」


 自分とレオンハルトの婚約が正式に解消されたのか確認する前から、父はもう次の婚約の話をしている。


「あなたも分かっているでしょう?」


 セレスティーヌが口を開いた。


「まさかミレイユにあれほどの才能があったなんて、私たちだって今日まで知らなかったのですもの!あの子が王太子妃になれば、アルセイン家にとってこれ以上ない名誉ですわ。あなたも姉なのだから祝福してあげなければ」


「・・・お母様」


 エリシアは母の言葉を遮らないよう、少し間を置いてから尋ねた。


「私は、この場でミレイユを祝福するために呼ばれたのでしょうか?」


 セレスティーヌは答えず、ベルナールが机の上に置いてあった一枚の書面を取った。


「もちろんそれだけはない。お前には王都を離れてもらう」


「……私が?王都を、ですか?」


 さすがに、その言葉にはすぐ返事が出なかった。


「考えれば分かるだろう。これからミレイユは未来の王太子妃として扱われる。そこへ元婚約者である姉が王都に残っていれば、余計な憶測を呼ぶ」


「私が何か問題を起こすとお考えですか?」


 ベルナールは苛立ったように眉を寄せた。


「問題が起きてからでは遅いと言っているのだ。お前自身にそのつもりがなくとも、周囲が勝手に比較することもある。ミレイユも、お前が近くにいては心を痛めるだろう」


「……私がいることで、ミレイユが?」


「今日のあの子を見たでしょう? あなたに申し訳ないと何度も言っていたわ」


 母まで当然のことのように頷いた。


「ただでさえ大きな役目を背負うことになるのです。姉への罪悪感まで抱えさせる必要はないでしょう?」


 エリシアはしばらく二人の顔を見ていた。


 十年以上王太子妃になるために学んできたことも、そのために費やした時間も、今の二人にとってはすでに終わった話なのだろう。


「それで、私はどこへ行くことになるのでしょうか」


「北西辺境にアルセイン家が管理している古い修道院がある」


 ベルナールは手にしていた書類を差し出した。


「長く管理人が置かれていなかったため傷みも出ているそうだ。今後はお前を管理人とし、あの土地を任せる」


 エリシアは書面を受け取り、最初から最後まで目を通した。


 王家、公爵家、教会の三つの公印が押されていて既に三者間では決定事項になっているようだ。書面上、エリシアは無期限で辺境修道院の管理人に任命されていた。


 施設の維持と修繕、付属地の耕作について管理権を持ち、必要な人員を雇うことも認められている。雇用した者の家族を敷地内へ住まわせることや、旅人や被災者を一時的に保護する裁量まで記されていた。


 その代わり、管理人であるエリシアが許可なく任地を離れ、王都へ戻ることは禁止されている。


「ずいぶん広い権限をいただけるのですね」


「人のいない土地を任せるのだから、その程度は必要だろう」


「人を雇うことも、家族を住まわせることも認められていますが」


「使用人でも農民でも、必要なら好きに置けばいい。あの荒れ地に住みたがる者などいないだろうがな」


 ベルナールは興味を失ったようにそう答えた。


「維持費についても、公爵家から最低限の支度金は出すが今後はお前の裁量でやり繰りしろ。そして出発は三日後だ、今から準備をしておけ」


 ーあまりにも早いー


 そう思ったものの、エリシアはもう理由を尋ねなかった。王都から離れてほしいのではなく、できるだけ早くいなくなってほしいのだろう。


 そこまで理解したうえで、まだ自分を追い出そうとする理由を探そうとは思えなかった。


「お父様、2つだけお願いがあります」


「なんだ?」


「この書面の原本を私が持っていくことを認めてくださいませ」


「当然だ。管理人としての権限を証明するものだからな」


 エリシアは書面を丁寧に折り、自分の手元へ置いた。


「それから、もう一つ」


 ベルナールが面倒そうに顔を上げる。


「王都を離れれば、私はもう殿下の婚約者でも、未来の王太子妃でもありません。公爵家の都合のために表へ出ることもなくなるのでしょう?」


「ああ。そのために辺境へ行かせるのだ」


「でしたら――」


 エリシアは父と母の顔を見てから、静かに言葉を続けた。


「王都を出た後まで、公爵家のために生きることを私へ求めないでくださいませ」


 母が驚いた声を上げた。


「どういう意味ですの?」


「そのままの意味です。これまで私はアルセイン公爵家の長女として、王太子妃となるために必要なことを学んできました。家から求められた役目も、自分なりに果たしてきたつもりです」


「・・・・・・・・・。」


「けれど、その役目は今日終わったのでしょう?」


 ベルナールが黙る。


「殿下との婚約がなくなり、私が王都にいることすら公爵家にとって都合が悪いのであれば、これからはそちらの修道院を管理する者として生きます。もちろん書面に記された責任は果たしますが、それ以上のことまで公爵家のためにと求められても、お応えするつもりはありません」


「お前は……自分が何を言っているか分かっているのか?」


 エリシアは父から視線を逸らさなかった。


「お父様が私に王都を離れろと仰ったのです。その命令に従いますが、それ以降は私に認められた範囲での自由を許してください。」


 辺境に追いやられたとしても今まで育ててもらった恩を並べて命を請い縋るつもりもなかった。父はしばらくエリシアを睨んでいたが、やがて興味を失ったように手を振った。


「好きにしろ。ただし三日後に出発できるよう準備だけはしておけ」


「承知いたしました」


 エリシアは立ち上がり、一礼して書斎を出た。


_________

 三日後の朝、エリシアは必要な荷物だけを積んだ馬車の前に立っていた。


 王太子妃になるために集めてきたドレスや装飾品の多くはこの屋敷に残した。辺境の古い修道院で暮らすのであれば必要になるとは思えなかったし、書物や日用品、聖魔法に使う道具を持っていく方がよほど役に立つ。


「本当に、これだけでよろしいのですか?」


 荷物を確認していた使用人が心配そうに尋ねる。


「ええ。向こうで必要な物が分かってから考えます。持っていっても使わないものまで運ばせる必要はないでしょう?」


「ですが……」


「大丈夫ですわ」


 エリシアが笑うと、使用人はそれ以上何も言わず深く頭を下げた。


 父は見送りには来ることはなく母もミレイユも姿を見せていない。


 そのことに思うところが全くないと言えば嘘になる。


 十七年間暮らした家なのだから、何も感じずに去れるほどエリシアも割り切ってはいなかった。けれど、もう決まったことなのだ。


 馬車へ乗り込む前、エリシアは鞄の中に入れた書面があることをもう一度確認した。


 三つの公印が押された、自分を王都から遠ざけるための命令書


 今のエリシアにとっては、それがこれから暮らす場所で自分に何が許されているのかを示す唯一の証明でもある。


「出してください」


「かしこまりました」


 御者が答え、馬車がゆっくりと動き始めた。屋敷の門を抜け、見慣れた王都の道へ出る。


 エリシアは窓の外を眺めながら、これから向かう辺境について考えていた。


 古い修道院・・・長い間まともな管理人も置かれず、付属地まで荒れているという。


 そこでどのような暮らしが待っているのか、今はまだ何も分からない。


 ただ一つだけ決めていた・・・これからは、自由に生きてみたい。

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それではまた次回!

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