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焔砲

「従わない者は反逆者だ。ここで戦うか、帰って処刑されるか――好きな方を選べ」


 ディートリヒの言葉が、第三階層の石造りの広間へ重く響くが誰もすぐには動かなかった。


 少し前まで剣を握っていた騎士たちの中には、すでに武器を捨てた者もいる。まだ構えている者でさえ、目の前にいる相手を見ているというより、ディートリヒとエリシアの間へ視線を行き来させていた。


 教会に与しようとするバカな住民を連れ戻す。


 そのために出発したはずだった。少なくとも、そう聞かされていた騎士は多い。


 ところが実際には修道院を襲い、魔物を焼き払い、地下のダンジョンへまで踏み込んでいる。降伏しようとすれば反逆罪を突きつけられ、家族にまで累が及ぶと脅された。


「団長……」


 一人の騎士が掠れた声を出した。


「本当に、そこまでやる必要があるのですか?」


「まだ理解していないようだな」


 ディートリヒは苛立った様子で騎士を睨みつけると、胸当ての内側へ手を差し入れ、黒灰色の金属で作られた杭を取り出した。長さは男の前腕ほど。表面には細かい魔法文字が刻まれ、先端付近には紫黒色の石が埋め込まれている。


 それを見た瞬間、エリシアの頭の中へノアの声が響いた。


『エリシア!あれは!』


「分かっています」


 昨夜、外から感知した魔力反応と同じだった。


 魔封じの杭。


 ダンジョンの魔力循環を乱すために用意されたもの。ただし、エリシアもノアも、目の前の男がそれをどこまで理解しているのかまでは知らない。


 ディートリヒは杭を掲げた。


「この《魔封じの杭》を最深層へ打ち込めば、迷宮の魔力循環へ直接干渉できる。管理者とコアの繋がりを弱め、こちらから制御を上書きすることが可能になる」


 エリシアは目を見開いた。


「制御を……上書き?」


『理論上は可能です。ただし、この迷宮に対してどの程度機能するかは不明です』


 それを確かめさせるわけにはいかない。ディートリヒはそんなエリシアの表情を見て、自分の言葉が効いたと判断したらしい。


「ようやく焦った顔をしたな」


「あなたは最初から――」


「ああ。領民などどうでもいい。正直、素直に住民どもを引き渡されてもすぐに殺処分するつもりだったよ。」


 あまりにも簡単に言ってのけるその姿に後ろにいる騎士たちまで、ディートリヒを見る。


「団長?」


「この迷宮さえ手に入れば、こんな村人どもなどもう必要もない」


 バルトの顔が強張った。トーマが奥歯を噛みしめ、ユアンは信じられないものを見るようにディートリヒを見ていたがリナだけは、驚いていなかった。


 きっとあの男ならそう言う。そう分かっていたような顔だった。


「……やっぱり」


 小さな声が漏れる。


「最初から、私たちなんてどうでもよかったんですね」


「当然だろう」


 ディートリヒは鼻で笑った。


「二十七人程度の農民を連れ戻すためだけに、騎士を三十人も動かすと思ったのか?」


「ディートリヒ!」


 エリシアが初めて声を荒らげた。


「あなたは、この方々を何だと思っているのですか!」


「ただの労働力であり税を納める者だろう。それ以上である必要があるか?」


「あります!騎士の位を得ていながら民を見捨てるなんて!」


「お前の理想論など聞いていない。」


 ディートリヒは魔封じの杭を再び懐へ戻した。


「ここまで来れば、もう芝居を続ける必要もない。抵抗する者は排除し、ダンジョンを確保する。それでこのほこり臭い場所ともおさらばだ」


 彼は周囲を見回した。先ほど武器を下ろしかけた者たちやまだ迷っている者もいる。しかしディートリヒはその迷いを許すつもりがなかった。


「お前たち!」


 大きな声が広間へ響く。


「住民に対する《焔砲》の使用を許可する! 有無を言わせずに焼き殺せ!」


「…は?」


 騎士の一人が思わず声を漏らす。


「団長、それは……奥に子どもや老人もいると――」


「だから何だ?」


「そ、それは流石に……」


 焔砲を運んでいた騎士たちまで手を止めた。地上で使った大型のものほどではないが、地下へ持ち込まれた携行型の焔砲も対魔物戦闘用の兵器だ。


 狭い通路で使用すれば、火を避ける場所などなく住民は焼け死ぬだろう。


「どうした?」


 ディートリヒがゆっくり振り返った。


「まさか、私の命令に逆らうのか?」


「い、いえ……」


「なら準備しろ。反逆罪という言葉をもう一度聞きたいか?」


 口を閉ざす騎士に向かってディートリヒが囁く。


「お前には妻がいたな」


 男の顔色が変わった。


「まだ小さい息子もいたはずだ」


「・・・だ、団長。お、おれは」


「安心しろ。命令に従う限りは、何も起きん」


 騎士は唇を噛み、俯いた。


「……焔砲、展開」


 小さな声だったが確かに響くその声に後ろの騎士たちが一斉に動き二人一組で、筒状の魔道具を床へ固定していく。


 砲口が持ち上がり、第三階層の広間へ向けられた。


『エリシア!あれを防ぎ続ける術は3階層にはありません』


 考えている時間はなかった。昨夜の改造で用意した第三階層の罠は、騎士を殺すためのものではなく女子どもを逃がすための時間稼ぎ用、まして対大型魔物用兵器を三基同時に受け止めるようには作られていない。


 エリシアは住民たちへ振り返った。


「あれを撃ち込まれれば、もう持ちません! みなさん、撤退を!」


「でもエリシアさん!」


 バルトが声を上げる。


「話はあとです! 第四階層へ!」


 リナはすぐに気持ちを切り替えみなに声をかけ始める。


「全員、昨日決めた順番で逃げましょう! 子どもと怪我人が先!ぜったいに立ち止まらないで!」


「分かった! ユアン、こっちだ!」


 トーマが近くの男を呼び、通路の奥へ誘導する。大人たちが逃げ遅れていた老人と子どもを抱え、階段へ向かう。マルタは逃げ遅れそうになった女性の腕を取りながら怒鳴った。


「荷物は捨てなさい! 命より大事な物なんてありませんからね!」


「でも――」


 二体のレッドキャップもすぐに動いた。片方は通路の先へ走り、もう一体は最後尾へ回る。スライムたちは床を滑りながら、住民たちの足元を避けて散開していく。


 マグマゴーレムだけが、その場を動かなかった。そして、ここは通さない、とでも言うように拳を振り上げた。


「ゴーレム、あなたも逃げて下さい!」


 エリシアが叫ぶと大きな身体がこちらを見る。


「大丈夫です。ここは守らなくていいんです!」


 ようやくマグマゴーレムが拳を下げて一歩下がった。しかしその瞳は後退しながらも、騎士側へ向け続けている。


「逃がすな!」


 ディートリヒが剣を抜いた。


「撃て!」


 だが、まだ焔砲の魔力充填が終わっていない。そのわずかな時間を稼ぐため、騎士たちが前へ出る。


「《土壁》!」


 エリシアが手をかざすと通路の床が持ち上がるが、低い。以前ならもっと厚く、高くできた。昨夜大量の魔素を使った影響がまだ残っている。


 盾を構えた騎士が土壁へぶつかると一瞬も持たずに土壁が崩壊する。


「もうすぐ避難は完了します!エリシアさんも!」


 リナの声が響くが、エリシアは振り帰らない。


「先に行ってください!私もすぐに行きますから!」


 エリシアは地面に魔力を流し、さらに土壁を立てる。しかしすぐに騎士の剣が壁を削り、すでに人が通れるほどの穴が開き始めている。


「穴を拡げて焔砲を打ち込むんだ!」


 騎士たちが壁を突破すると同時に絶望の声が広間に広がる。


『焔砲、充填完了!』


 リナが階段へ飛び込み手を差し出してくる。


「エリシアさん!」


 エリシアは背を向け4階層へ続く階段へ走り始めた。


「やれ」


 ディートリヒの声が後ろから聞こえた。


 その直後、第三階層が赤く染まった。

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