反逆者
「まったく・・・引き上げろ!」
穴に落ちた者を助けようとした騎士の足元へ、透明な何かが広がった。
「何だこれ――」
粘着質の液体に靴が取られる。
「ギャッ!」
頭上から声がする。
「上だ!」
天井付近に作られた細い足場から、レッドキャップが顔を出し、風をまとった石を投げる。甲高い音が響き、騎士の手から武器が落ちた。
「魔物だ!」
「射ろ!」
弓を構えた騎士へ、別方向から矢が飛び腕当てへ突き刺さる。
「ぐっ!誰だ!」
暗がりの高所に、女猟師のリナがいた。
「腕を狙って。武器を持てなくすればいいから殺す必要はない。」
彼女の後ろには、村の猟師たちが騎士の肩当てへ狙いを定めている。
「何で上に!」
狭い通路だから人数の優位が生かせない。前へ出れば落とし穴。止まれば上から矢。後ろへ戻ろうにも石壁が閉じている。
「盾を上げろ!」
騎士たちが盾を頭上へ構える。
「押し進め!」
その判断自体は正しい。しかし数歩進んだところで、横壁から水が流れ出した。
「水!?」
勢いは強くなく床を濡らす程度だがそこへ別の通路から、土属性の魔法が重なる。
「ユアン、今です!」
「は、はい!」
ユアンが震える手を床へ向けると水を吸った土が急激に泥へ変わり地面が異常に柔らかくなる。
「うわっ!」
重い鎧を着た騎士から足を取られる。
「何だこの床!」
「立てない!」
そこへ追撃をしかけるようにトーマが壁際の縄を引いた。天井近くへ積んであった木箱が一斉に落ちる。
中身に藁と木の枝が入っていたそれは狭い通路では十分な障害物になる。
「ゴーレム!押さえろ!」
その奥からマグマゴーレムが現れた。
「さっきの石の化け物だ!」
「槍を前へ!」
戦況は混乱に包まれた。そして別の区画では、透明なスライムが弓と剣へ絡みつき、レッドキャップが騎士達の武器を回収していく。
「おい、俺の剣!返せ!」
風をまとったレッドキャップが通路の奥へ飛び退く。それを追おうとした騎士の足元で、床板が傾いた。
「また罠か!」
ディートリヒはようやく理解した。
「……最初から。地上戦は俺たちを油断させて分断させるための囮だったのか」
◇ ◇ ◇
第三階層のさらに奥、住民たちが騎士団を迎え撃っている通路から離れた小部屋で、エリシアは壁へ手
をついて息を整えていた。
「はぁ……はぁ……」
サンクチュアリフェアリーが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫です」
『その台詞の信頼性は現在かなり低いです』
エリシアは壁を背に座り込んだ。地上で魔法がまともに出なかった理由は、魔封じの杭のせいだけではない。
昨夜、住民たちが地下へ移動を始めてから、エリシアはほとんど休むことなくダンジョンの三階層以降を構築していた。
「第三階層の左通路、あと二歩広げられます?私の土属性魔素をどれだけつかっても構いませんからね?」
『今のエリシアならDPの使用をほぼ押さえることができます。』
「ではお願いします」
そんな会話を、何時間も繰り返し、第三階層から先を作り直した。通路を狭くし、騎士が数を生かせないようにする。
壁には隠し通路を作り、住民たちが表へ出ず移動できるようにした。天井付近には猟師用の足場と石壁で隊列を分断する仕組み。
ノアが構想を練り、エリシアは必要な属性魔素を送り続けた。
土、水、風、必要な場所には火と大量の魔素を一晩中流し続けた結果、朝にはまともな魔法を撃てる量の魔力がほとんど残っていなかった。
『当初の予定より多く使用しました。地上で火炎魔道具の第二射を受けた時点で即撤退するべきでした』
「あと少し押されているように見せたかったんです。」
軽口をたたきながら立ち上がるが足は重い。それでも、今自分だけが休むことはできない。
「皆さんのところへ戻ります。おそらく、そろそろ頃合いでしょう」
◇ ◇ ◇
第三階層の中央広間では、すでに騎士団の三分の一ほどがまともに動けなくなっていた。
本来なら騎士達の実力を見れば一人ひとりなら、村人たちより遥かに強い。だが、ここは騎士たちが戦いやすい場所ではなく、むしろ村人達のテリトリーと言えた。
「右の扉を閉めろ!」
バルトの指示で、二人の男が壁のレバーを下げる。横道から回り込もうとした騎士三人の前へ石扉が降りる。
「こんなもの!」
騎士が剣を差し込もうとするが、完全に閉まった石扉に剣は通らない。
「正面から二人来る!ゴーレムさん、頼みます」
リナの声が飛ぶとそれに答えるように腕を振りかぶりながらマグマゴーレムが前へ出る。一人目の剣を腕で受け、二人目の盾へ肩を当てた。
剣を振るう勢いだけを殺してその巨体で騎士達を吹き飛ばしていた。そこへレッドキャップが走り込み、落ちた剣を持ち去る。
「くそっ!ふざけやがって!」
そこへエリシアが広間へ入ってくる。
「エリシアさん!」
バルトが驚いたように振り返る。
「出てきて大丈夫なんですか?」
「ずっと休んでいる方が落ち着きません」
「顔色悪いですよ」
「ふふふ、会う人会う人、皆さんに言われます」
「皆が言うなら休んでください!」
返す言葉がなかった。
「・・・あと少しだけです」
「それ、マルタさんに聞かれたら怒られますよ」
「それなら、後で素直に怒られるとしましょう」
エリシアが広間に入ってくるのを見つけた騎士の一人が、剣を落としたまま両手を上げた。
「待ってくれ!」
周囲の動きが一瞬止まる。
「俺はもう戦わない!剣もな奪われてしまったのでは戦えない!降参する!」
エリシアはすぐに答えた。
「彼への攻撃を止めて下さい!」
リナたちの弓が僅かに下がる。
「そのまま壁際へ。こちらの指示に従っていただければ、これ以上あなたには攻撃はしません。まあ、拘束だけはさせていただきますが」
「分かった」
「お前!」
その様子を見た別の騎士が怒鳴る。
「敵前で何を――」
しかし、若い騎士が負けじと叫び返した。
「俺はそもそも、バカな教会から領民を連れ戻すだけだって聞いたんだ!お前らもそうだろう?ダンジョンを奪うためにこんなところで死ぬなんて聞いてない!」
別の区画にいた騎士たちもその言葉を聞き、一人が剣を下げる。
「……俺も降りる」
「貴様ら!」
迷いの拡がる騎士団に向けてエリシアが声を上げた。・・・広間だけでなく、通路の向こうにも届くように。
「騎士団の皆さんへ、改めて申し上げます」
ノアが音を通路へ伝えてくれているのか、声が石壁へ響く。
「武器を捨ててください。戦う意思を失った方へ、こちらから攻撃はしません」
戦闘の音が少しずつ弱まる。
「この場所へ入ってきたことだけを理由に、皆さんを殺すつもりはありません。武器を置き、地上へ戻ることを約束していただければ、それで構いません」
リナがエリシアを見る。しかし何も言わず、弓を少し下げた。トーマも武器代わりに持っていた棒を肩から下ろす。
「私たちが止めたいのは、ここで暮らす人を傷つけることと、ダンジョンを奪おうとすることです」
沈黙が広がり、一人、もう一人と剣先が床へ下がっていく。
「団長……」
中年の騎士がディートリヒを見ながら呟く。
「一度、引くべきではありませんか」
「……何だと?」
「相手はこちらを殺そうとしていませんし。負傷者もほとんどいません。本当に生還できるやもしれません――それにどうやら聞いていた脆弱なダンジョンと言う話は間違っていたようです。」
「・・・剣を上げろ!」
「だ、団長。我々が受けた命令は領民の連れ戻しです。ここまで来た時点で――」
「敵前逃亡だ」
「……え?」
「戦う意志を捨てた者は全員、敵前逃亡および命令拒否として処分してやる」
周囲の騎士たちが息を呑む。
「それは……」
「辺境伯には私自ら貴様らのことを反逆罪を犯した愚か者がいたと報告してやる」
ディートリヒは一人ずつ睨むように見回した。
「ああ、家族が城塞都市にいる者もいたな。城塞都市にいる家族も、身内から反逆者が出たと言われれば・・・どうなるのだろうなあ?」
誰も答えない。
「貴様らは、反逆者の一族がどう扱われるかくらい分かるだろう」
「……だ、団長」
「剣を取れ」
若い騎士の顔から血の気が引いた。先ほど降伏しようとしていた者も、壁際で拳を震わせている。
「騎士なら命令に従うのが当然だ。そもそも騎士が戦いに疑問を持つなど必要ない」
ディートリヒが剣を持ち上げた。
「命令があれば戦え。それだけだ」
目の前にいるのは、城門を閉ざしたときと同じ男だったそうだ。自分では責任を取らず、命令という言葉で他人へ選択を押しつける。
ディートリヒの剣先がエリシアへ向く。
「全員、武器を取れ。」
騎士たちはすぐには動かなかった。
「もう一度言う」
彼の声が石造りの第三階層へ響いた。
「従わない者は反逆者だ。ここで戦うか、帰って家族もろとも処刑されるか――好きな方を選べ」
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