ダンジョン
『エリシア!』
「まだ……大丈夫です。風よ!」
風の力で吹き動かされた炎の塊はマグマゴーレムではなく、修道院脇の作業小屋へ向かっていく。
「そちらは駄目!」
エリシアはさらに魔力をこめて風を炎の横へぶつけた。本来なら炎の軌道を大きく変えるつもりだったが吹いた風は弱く、火炎弾を僅かに逸らしただけだった。
作業小屋の壁へ直撃すると乾いた木材が一気に燃え上がる。
「……!」
胸の奥が痛む。
トーマたちが何日もかけて直していた作業小屋では昨日まで、あそこで木を削る音がしていた。
『エリシア!計画を優先してください』
ノアの声が鋭く響く。
その声に応えるようにエリシアは拳を握った。
ーまだだー
騎士たちは自分たちが戦況を押していると思っている。
ーそれでいい。重要なのは”勝ち方”なのだからー
「前進しろ!」
ディートリヒも自分の勝利を確信したらしい。
「所詮は魔物数匹と小娘一人だ! 押し潰せ!」
騎士たちが一斉に門へ入ってくる。透明なスライムが足へ絡みつき、一人を転ばせ、レッドキャップが盾の隙間へ石を打ち込むがそれでも数が違いすぎる。
火炎魔道具を恐れて前へ出きれず、エリシアの魔法も十分な威力にならない。
”押されていた”
誰が見てもそう見える。
「エリシア殿、もう下がれ!」
騎士の一人が叫び、戦場に一瞬の余白が生まれる。
「貴族の娘であるエリシア殿なら殺さないでおいてやる!村人とこの修道院はもう見捨てろ!」
悪意からではない声だった。だからこそ、エリシアはそのチャンスを逃すことはなかった
「ありがとうございます」
「だったら――」
「でも、この子たちを、みんなを見捨てることはできません!」
エリシアは右手を上げ、拳を握り、開く。もう一度拳を握り、三度目に大きく手を振った。
「全員、撤退!」
二体のレッドキャップが迷わず踵を返す。透明なスライムたちも身体を縮めて修道院へ滑っていく。マグマゴーレムは最後まで前に残り、騎士の盾を一度強く押し返してから、エリシアを守るように後退した。
サンクチュアリフェアリーも肩へ戻る。
「ちっ!バカめ!逃がすな!」
ディートリヒの声が響くがエリシアは振り返らず、魔物たちと共に修道院の中へ駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
騎士たちが修道院へ踏み込んだとき、戦いはあまりにも呆気なく終わりを迎えた。
「一階を探せ!」
「裏口を見ろ!」
「住民を逃がすな!」
複数の騎士が廊下へ散っていく。ディートリヒも剣を抜いたまま玄関を通り、広間へ入ったがそこには誰もいない。
「……何だ?」
人が眠っていたはずの部屋には毛布も残っている。食器も、途中まで使われていた道具もある。暮らしていた痕跡はある。しかし・・・
人がいない。
「裏にもいません!」
「二階も空です!」
「子ども一人見当たりません!」
ディートリヒの顔が険しくなる。
「逃げた?」
「いえ、森側へ抜けた足跡はありません!」
「昨夜のうちに街道へ出た可能性は?」
「ないとは言い切れませんが見張りをたてておりましたので・・・。それに全員となると見落とす人数ではありません!」
騎士たちの間へ戸惑いが広がる。つい先ほどまで外庭にいたはずのエリシアと魔物たちまでどこかに消えていた。
「探せ」
ディートリヒが短く命じる。
「床下も、物置も全部だ」
「団長」
魔術に明るい騎士の一人がディートリヒを呼んだ。
「こちらへ」
案内されたのは、長く使われていなかった地下礼拝堂だった。
石床の一部が修復され、その奥へ新しい階段が続いている。ディートリヒが近づくほど、空気が変わった。
「……魔力が濃いな」
魔力を感知できる騎士が息を呑む。
「魔素濃度が上とは比較になりません。恐らくこの魔力は地下から流れています」
そして床を見てみれば足跡が残っている。一人や二人ではない。大きな靴跡、小さな足跡、荷物を引きずった跡まである。
「全員、まさか下へ行ったのか」
騎士の一人が呟くとディートリヒの口元がゆっくり上がった。
「……あった」
「団長?」
「やはり、あったじゃないか」
昨日、アルブレヒトと話していた推測、古い記録、出所不明の魔物、地下礼拝堂付近の異常魔力。全てのピースが急速に繋がっていく。そして目の前にある階段が、その答えだった。
「”生きている”ダンジョンだ」
騎士たちの空気が変わる。
「この魔力量なら間違いない」
「ではコアも?」
「生きている可能性が高い。まさか、本当に生きているダンジョンをお目にかかれるとは・・・」
ディートリヒは住民たちのことなど、もう忘れたかのように目をぎらつかせていた。
「全員、地下へ入る」
「しかし、罠の可能性もあります」
「小娘と農民が数時間で何をできる。それに、あの女はもう魔力切れだ。魔物も地上戦で手傷を負わせた」
ディートリヒはこれ以上は戦意を高ぶらせている部下には野暮だとでも言うように静かに階段に足をかけた。
◇ ◇ ◇
第一階層は、騎士たちが拍子抜けするほど簡単だった。
「一角兎だ!」
「こんなものが迷宮なのか?」
一頭が飛び出したところを、先頭の騎士が盾で受け止め、別の者が剣を振り下ろし、それだけで終わった。
浅い転倒罠へ一人が足を取られたものの、怪我はない。
「子どもの遊び場だな」
「村人用なんじゃないか?」
「だから弱いのか」
第二階層では、お化けかぼちゃの蔓が襲ってきた。こちらも騎士たちには脅威にならない。
「焼け」
小型の火炎魔道具を持つ騎士が蔓を炙る。お化けかぼちゃが身を捩るように揺れたところへ、剣士が近づいて斬り裂く。
「拍子抜けだな」
「こんなダンジョンを隠していたのか?」
「コアまで簡単に行けそうじゃないか?」
ディートリヒも想像以上に防備が薄いことへ機嫌を良くしている。
「急げ。女たちが奥へ逃げ切る前に捕まえる」
第二階層の出口へ辿り着き、第三階層へ続く階段を下りると先頭の騎士が足を止めた。
「……団長?」
「どうした」
「・・・道が」
第一、第二階層とは雰囲気が違っていた。
階段を下りた先は、横幅の狭い石造通路になっている。
二人並べる程度で天井も少し低い。
「何だこれは」
ディートリヒが眉を寄せる。記録にあった迷宮構造とはもちろん違う。昨日外から見た規模から考えても、妙に整いすぎていた。
騎士が壁へ触れる。
「ここは新しく、まだできたばかりだと思います」
「分かるのか?」
「埃がありません。それに接合面が……作られたばかりに見えます」
「そんな馬鹿な」
その瞬間、最後尾側で石が擦れる音がした。
「警戒しろ!後ろだ!」
振り返ると降りてきた階段の前へ、分厚い石壁がせり上がっていた。
「閉じ込められたぞ!」
「壊せ!」
すると前からも同じ音が響き、通路の途中へ二枚目の壁が落ち、三十人の騎士隊がいくつかの集団へ分断された。
「罠だ!」
床が沈む。
「うわっ!」
前方の三人が腰ほどの深さの穴へ落ちた。
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