防衛戦
空が白み始めるには、まだ少し早かった。
修道院の外庭には夜の冷気が残り、昨日まで人々が行き交っていた畑や作業場も、今は不自然なほど静かだった。
門の前に立っている人間はエリシアただ一人。
少し後ろには、二体のレッドキャップとマグマゴーレム。足元には透明なスライムたちが広がり、サンクチュアリフェアリーがエリシアの肩の少し上を落ち着きなく飛んでいる。
「ノア。騎士団は?」
『移動を開始しています。・・・三十名のうち騎乗している者は半数ほど。荷馬車も動いています』
「昨日は朝まで待つ、と言っていましたよね。やはり嘘だったんでしょうか?」
『夜明け前も広義には朝です』
「はあ、屁理屈ですね。もしかしたらあちらの騎士団長さんとノアは気が合うんじゃないですか?」
エリシアは小さく息を吐いた。眠気はないが、代わりに、身体の奥が鉛でも入れられたように重い。腕を上げるだけなら問題ないし、歩くこともできる。ただ、いつもなら体中に満ちているはずの魔力が明らかに薄い。
『魔素が通常時を大きく下回っています』
「分かっています」
『やはり、地上戦を避けることを改めて推奨します。エリシアが倒れれば計画以前の問題です』
「それでもやるしかないでしょう?」
エリシアも、余裕があるわけではない。
遠くから馬の蹄が聞こえてきた。夜の街道を、いくつもの足音が重なりながら近づいてくる。
「みんな、昨晩話した通りにお願いします」
二体のレッドキャップが同時に頷き、マグマゴーレムは胸の前で太い腕を組むように動かし、透明なスライムたちは散らばっていく。
サンクチュアリフェアリーだけはエリシアの肩へ降りた。
「あなたは無理をしなくていいですよ?」
小さな妖精はまるで抗議をするかのように頬を膨らませている。
「……分かりました。一緒にお願いします」
満足したのか、四枚の光翼が小さく揺れる。
やがて街道の先へ騎士たちの姿が現れる。昨日とは違い、隊列は完全に戦闘をするために整えられていた。先頭に盾を持った騎士、その後ろに弓兵、さらに後方には、馬へ繋いだ荷車が二台。昨日布で隠されていた荷物の一部はすでに開かれている。
騎士達はエリシアには見覚えのない筒状の魔道具を、四人がかりで荷車から下ろしていた。
「……あれが火炎魔道具ですか?随分大きいですね」
『対大型魔物用です』
「人がいる場所へ持ってくる物ではありませんね」
騎士団が一定の距離で止まる。ディートリヒが馬上からエリシアを見た。周囲に住民がいないことには気づいているはずだが、特に尋ねて来る様子はない。
「時間だ、”元”公爵令嬢殿?」
「まだ夜も明けていませんが?」
「俺は朝まで待つと言ったのだ。日付が変わった以上、十分に待っただろう」
「随分都合のよい朝ですね」
ディートリヒは修道院を顎で示した。
「御託はいい。領民を出せ。そして魔物の拘束に協力し、地下を含めた施設の調査を受け入れろ。」
「昨日お答えした通りです。どちらもお断りします」
「なら、こちらも昨日言った通りだ」
ディートリヒが右手を上げた。
「強制的にでも制圧させてもらうとする」
「その前に一つ」
エリシアは彼だけでなく、その後ろにいる騎士全員へ声を届かせるよう少し張った。
「ここから先へ武器を持って入る方は、私たちを攻撃する意思があるものと判断します。ただし、武器を捨てて退く方を必要以上に追い立てるようなことはいたしません」
騎士たちが互いを見る。
「今のうちに、帰ってください」
「耳を貸すな!」
ディートリヒの声が重なる。
「犯罪者の言葉に惑わされるな!」
ディートリヒが上げていた手を振り下ろした。
「撃て」
後方の火炎魔道具が低く唸り声をあげて巨大な筒の内部へ赤い光が集まっていく。
『来ます!』
エリシアは両手を前へ出した。
「水を――!」
普段なら、小さな水流程度は考える間もなく出せるようになった。だが今回は、掌の前に集まった水が思ったより遥かに少ない。
『出力不足!防ぎきれません』
「分かっています!」
筒から炎が吐き出された。火球というより、燃える液体を塊ごと投げ飛ばしたような攻撃だった。少なくともエリシアが放った水では、とても受け止めきれない。
「散って!」
叫ぶのと、マグマゴーレムが前へ出るのはほぼ同時だった。両腕を交差し、炎を真正面から受ける。熱を持つ身体だから無傷というわけではない。
肩から胸へ燃料が張りつき、赤黒い外殻がさらに熱を帯びた。
『核反応正常。ただし外装温度上昇。これ以上攻撃を受けると危険水準に達します。』
地面へ落ちた燃料にも火が走る。透明なスライムたちが一斉に動き、燃え広がる液体の上へ身体を広げた。
半透明の身体が燃料を包み込み、炎を押し潰していく。
「無理しないで!」
エリシアも残っていた水を細く広く流した。サンクチュアリフェアリーがその水の上を飛ぶと、淡い聖光が混ざり、燃え移りかけていた火が少し弱まった。
「スライムが火を止めているぞ!」
「気にするな、次を装填しろ!」
騎士団側から声が飛ぶとそれに合わせてレッドキャップが動いた。一体が風をまとわせた石を放ち、火炎魔道具の横にいた騎士の手甲を打つ。
「ぐっ!」
もう一体は弓を構えていた兵へ火のついていない矢を撃ち込み、弦だけを切った。
「魔物を優先しろ!」
「射殺せ!」
怒号と共に矢が飛ぶ。
「《聖壁》!」
エリシアが結界を展開する。いつもなら人ひとりどころか、数人を覆える大きさになるはずだったが現れた光の壁は小さく、そして脆い。
「……っ」
二本の矢は弾き、三本目が端を抜ける。サンクチュアリフェアリーが咄嗟に光を重ね、矢の軌道をずらした。
『聖属性出力も低下しています』
「分かっていますってば……!」
腕が重い。魔力だけでなく、身体そのものが休息を求めている。歴戦の戦士であるディートリヒがそれに気づかないわけがなかった。
「何だ?」
馬上から笑い声が響く。
「昨日までの威勢はどうした、公爵令嬢。魔狼を倒したと言う割には随分と弱いじゃないか」
「……ご心配なく。まだ、準備運動をしているだけですので!」
「強がりか」
騎士たちの一部もその様子に気づき始めた。
「あの女、もう魔力が切れてるぞ!あの魔法の杭のおかげか?」
「押せる!」
威勢の良い声と共に盾を並べた騎士たちが門へ向かって進み、その後ろから槍兵が続いた。
その快進撃を食い止めるべくマグマゴーレムが迎え撃つ。最初の盾を腕で押し返し、二人まとめて地面へ転がす。
だが騎士たちも魔物との戦いに慣れている。
「左右から回れ!」
「膝を狙え!」
前から受け止める者を囮にし、二人が側面へ回り、槍先がマグマゴーレムの脚の亀裂へ突き刺さった。
「ギャッ!」
レッドキャップが風を巻き起こし、一人の身体を横へ崩し、もう一体が槍の柄へ矢を当てた。その隙にマグマゴーレムが脚を引き抜く。
「やれ!まずはあの石の怪物を狙うんだ!」
火炎魔道具が再び光った。
『エリシア!あの距離では避けることは不可能です!補助をします!風属性魔法でー』
そう叫ぶノアの言葉を聞いたエリシアは魔力を集めようとして、眩暈を覚えた。
視界が一瞬で白い輝きに包まれる。
もし少しでも
「続きが気になる!」
「面白かった!」
と思っていただけたら、
【★★★★★】や【ブックマーク】を押していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
それではまた次回!




