本当の狙い
ー私たちはもどらないー
ディートリヒが村人達へ冷徹な視線を向けるが、その視線にもリナは引かなかった。
「城門で私たちを追い返したとき、あなたは『ここは物乞いのための救護院じゃない』と言いましたよね」
「それは緊急時の判断だったのだ。・・・もうお前は口を閉じろ」
ディートリヒの声が門前へ響く。馬が一頭驚いて首を振ったがリナは一歩も動かなかった。
「城塞都市へ戻れば安全だとでも言うんですか? 私たちを門前で捨てた場所に?」
「貴様――」
「・・・リナさん」
エリシアが静かに呼ぶとリナは少し呼吸を整えて、一歩下がった。
「すみません」
「いいえ。言いたいことは分かります」
エリシアはディートリヒへ向き直った。
「皆さんの意思も確認できました。今日はお引き取りください」
「……調子に乗るなよ。少なくとも、魔物の件に関して、治安の維持を担う我々騎士団を書面一枚で追い返せると思っているのか?」
ディートリヒは門の内側へ視線を向けた。レッドキャップが二体と少し離れてマグマゴーレム。そして積み上げられた魔石。
「人の居住地に魔物を飼っているならば危険性の調査が必要だ」
「住民を連れ戻すお話ではなかったのですか?随分熱心ですね」
ディートリヒは答えず、修道院の奥を見た。その視線が地下礼拝堂のある建物へ、まるで獲物を見定めるように止まる。
その不自然な視線の動きを見てエリシアは違和感を覚えた。
初めて来たはずなのに外から見ただけなら、そこが重要な場所だとは分からないはずだ。しかし、
「……騎士団長。先ほどからあなたは何を探しているのですか?」
僅かに間があったがディートリヒは毅然と答えた。
「危険な魔物の発生源だ」
「発生源?」
「これだけ魔物がいるんだ。巣がある可能性くらい考えるだろう?」
答え自体は不自然ではないが、エリシアには引っかかった。
「少なくとも調査命令書をご用意下さい。それがなければ敷地内へ入ることは許可できません」
ディートリヒは暫く黙ったあと、書面をエリシアへ投げ返すように渡した。
「いいだろう・・・・・・・・・・・・明日の朝までは待ってやる」
「は?」
ディートリヒは騎士たちの方へ振り返り手を振り上げた。
「それまでに領民を全員引き渡せ。それと魔物も拘束しておけ。明日の朝までに応じなければ、辺境伯領の秩序を乱す者として武力を持ってお前達を制圧する」
「な、?そんなことはしないと何度も・・・!」
今までの話を無に帰すような宣言に住民たちの間に緊張が走った。
「公爵令嬢様を相手にしてるってことをわかっているのか?」
「先に辺境の秩序を破ったのがそちらなら話は別だ。偉大なる”王太子殿下”も納得していただけるだろう。”元”公爵令嬢と王太子殿下の関係はこの辺境の地まで届いているぞ。」
ディートリヒは馬へ乗り、その横で騎士の一人が笑う。
「今のうちに素直に従った方がいいぞ」
「騎士団相手に柵なんか作っても意味ないからな」
「魔物を何匹飼ってようが同じだ」
リナが何か言い返そうとしたが、バルトが止める。今ここで言い合っても意味がない。
騎士団は修道院から少し離れた街道沿いへ移動し、そのまま野営準備を始めた。
本当に帰る気はないようだ。
「エリシアさん」
バルトが不安そうに尋ねる。
「どうします?」
「まず、全員で話しましょう」
エリシアは騎士たちの背中を見た。
「それと……少し気になることがあります」
「何かありましたか?」
「あの方たち、本当に皆さんを連れ戻すためだけに来たのでしょうか」
リナも同じように騎士隊を見つめる。
「私も気になりました。人数が三十人ほどいましたが、村人二十七人を連れ戻すだけにしては多すぎます。それに荷物が多すぎる」
「荷物?」
「騎士が数日野営するだけなら、あんなに大きな箱はいくつもいりません」
エリシアは遠くの荷馬車を見ると布をかけられた荷物がいくつも積まれていた。
「ノア。外縁領域へ入っていない騎士団の様子はわかりますか?」
『詳細は困難です。距離が近づけば魔力反応の検知は可能です』
「では、騎士団が領域近くへ来たら教えてください」
『了解しました』
◇ ◇ ◇
日が沈む頃、修道院の食堂には成人した住民のほとんどが集まっていた。窓には灯りが漏れないよう布を掛けており、子どもたちは別の部屋へ移し、マルタと数人の大人が交代で見ていた。
「戦うしかないのか?」
誰かが不安そうに尋ねる。
「向こうは武力を使って制圧するって言ってたぞ」
「ええ、彼らの言うことが本当ならもう戦うしかありません」
リナが机の上へ簡単な見取り図を置いた。
「俺たちも戦うのか?」
「戦わずに済むならそれが一番ですが・・・」
エリシアが答えるとそのとき、ノアの声がその場にいた全員の頭の中に響いた。
『エリシア。騎士隊の一部が外縁領域近傍へ移動しています』
「偵察でしょうか?」
『その可能性があります。複数の魔力反応を検知しました』
「魔力反応?騎士だけでなく魔法使いもいるのでしょうか?」
『人間由来の魔力ではありません。おそらく魔道具によるものです』
「どんなものか分かりますか?」
『解析します』
数秒の間ではあったがエリシアには短く感じられなかった。
『一つは高出力火炎魔道具です』
「火炎……?」
リナが声を低くする。
「火を出す魔道具を持ってきている、ということですか?」
「・・・対魔物用か」
バルトが呟く。
「魔狼討伐用として騎士団が持っていてもおかしくないのでは?」
エリシアも最初はそう思ったが否定するようにノアの言葉が続く。
『追加反応を確認。・・・こ、この反応は魔力封鎖器具です。形状推定――杭状。複数本。恐らく、いや、確実に用途は、高密度魔力を流す領域へ打ち込むことで魔力循環を阻害する装備と思われます』
「……まるでそれは、ダンジョンの攻略に役立つものであるように聞こえたのですか?」
『はい、間違いありません。彼らは、ダンジョンに対する進軍を想定していると思われます』
食堂が静かになり、エリシアはゆっくり椅子から立った。
「ノア。それは普通の魔物討伐でも使いうるものですか?」
『限定的には有効です。例えば領域を支配する、魔王型の魔物の討伐には効果を発揮すると思われます。ただし複数本を同時運用する用途として最も合理的なのは、ダンジョン機能の封鎖です。主に防衛機能と魔力循環を弱め、内部へ侵入しやすくすることができます。』
その言葉を聞きリナが机へ手をついた。
「まさか、最初から……」
『さらに魔力を遮断する大型容器を一つ検知しています。用途は断定できませんが恐らく高魔力物質の運搬用と推定します』
高魔力物質と言えば大量の魔石、あるいは・・・ダンジョンコア。
エリシアの中で、昼間の違和感が一本の線として繋がった。
ディートリヒが地下礼拝堂へ向けた視線と住民の引き渡しについて話していたはずなのに、途中から修道院内部を調べることへ執着したこと。
「……彼らは皆さんを連れ戻すことは、本当の目的ではなかったのかもしれません」
バルトが顔を上げる。
「どういうことです?」
「少なくとも、彼らの今の動きを見るとここにダンジョンがあることを知っている、もしくはあることを想定して動いている様に見えます。」
エリシアは地下へ続く床を見た。
「騎士団は最初から、ここにダンジョンがあることを知っていたのではないでしょうか」
「どういうことですか?」
「確証はありません。でも、魔封じの杭を何本も用意して、偶然ダンジョンのある修道院へ来るでしょうか?」
誰も答えない。
「住民を連れ戻すという理由なら、領主としてここへ来る口実になります」
リナの顔に理解が広がる。
「私たちは……ついで?」
「そう考えると、あの人数も荷物も説明できます」
バルトが唇を噛んだ。
「つまり、最初からこの場所を奪うつもりで?」
「まだ断定はできません」
エリシアはそう言ったが証拠は揃い始めている。
「そうであるならば、明日の朝まで何もしないという約束を信じて眠るのは危険です」
『同意します』
ノアの声も、今度はいつもの軽い調子ではなかった。
「ノア。地下の防衛状態を確認してください」
『第一階層から第二階層まで正常に作動しています。・・・ヴァルハザード・ウルフもいつでも戦闘行動に移れます』
そこまで聞いた上でエリシアは住民たちを見る。
「今夜は交代で見張りを置きます。子どもと怪我人は修道院の奥へ。魔物たちも、まだ表には出しすぎないでください。そして、今のうちに避難経路の確認をしておきましょう。」
窓の外はもう暗い。
街道の向こうには、騎士団の野営火がいくつも見えていた。
エリシアはその灯りを見ながら、静かに息を吐いた。明日の朝まで、という言葉を、もうそのまま信じることはできない。
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