嗤い
あまりの言い草にエリシアとリナの表情が固まった。隣にいた猟師の男が一歩出かけるがバルトが腕を伸ばして止めた。
「……覚えていたんですね」
「よく騒いでいた女だ。記憶には残るし、いい賭けの種になった!」
「・・・私たちが死ぬと思って追い払ったくせに」
「生きていたのだから問題あるまい」
リナの手が拳を作る。エリシアはその動きを横目で確認しながら、男へ尋ねた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ?修道女?まさか、俺の事を知らないのか?」
「ええ、何分初めてお会いしますので」
男は少し不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ちっ、ヴァルケン辺境騎士団長、ディートリヒ・クラウゼだ」
「まあ!まさかあなたが騎士団長ご本人でしたか」
「そうだ。おい、修道女、俺は話を長引かせるつもりはない」
そう言うとディートリヒは後ろの騎士へ手を上げ言葉を続けた。
「こいつらに荷物をまとめさせろ。動ける者から馬車に――」
「お待ちください」
逸る騎士達を押さえるようにエリシアが声をかけるとディートリヒの目が細くなった。
「何だ?」
「ここにいる誰も、あなたたちのもとへ帰るとは申し上げていません。なので、私はあなたたちへ”元村人”を返すわけにはいかないのです」
騎士たちの間から失笑が漏れた。一人が隣へ何か囁き、別の者が笑う。
「聞いたか?」
「管理人殿は状況が分かっていないらしい」
「辺境伯の命令より、ここの決まりが上だと思ってるんじゃないか?」
声を隠すつもりもないその様子をディートリヒも止めなかった。
「おい、女」
先ほどまで一応「修道女」と呼んでいた言葉まで取り繕うことを辞めたようだ。
「残念だが・・・これは相談ではないのだ。”領主命令”この意味がわかるか?」
「こちらも相談しているわけではありません」
エリシアは声を荒らげることなく話し続ける。
「この方々は現在、修道院の管理業務を手伝う者として、ここで生活しています。本人の意思を無視して連れていくことは認められません」
「はあ?認められない?・・・ただの修道女であるお前が何を認めないというのだ??」
笑みが消え今度は脅すような声色に変わる。
「勘違いするな。荒れた修道院を任されている程度の管理人に、辺境伯領の住民を勝手に抱え込む権限などない」
「・・・それは確認をしてもらえればすぐにわかります」
「確認?」
「私には、この修道院と付属地を管理するための権限を記した正式な書面があります」
ディートリヒの眉が僅かに動くがすぐに、面倒そうな表情へ戻った。
「後で見てやる。今は領民を連れ戻すことが先だ」
「書面を確認する前に、皆さんを引き渡すことはできません」
後ろの騎士たちがまたざわめく。
「随分偉そうだな」
「誰に口を利いているのか分かってないぞ」
「騎士団長殿が直々に来てやったのに」
エリシアは彼らへ視線を向けると目が合った一人が、挑発するように笑う。
「何だ?何か文句でもあるのか?」
「いえ。あなた方はこちらの話を聞く予定はないのだと分かりました」
「当たり前だろ」
その返事を聞き、エリシアはディートリヒへ視線を戻した。
「でしたら、あなた方は後悔することになると思いますが・・・」
「口だけは達者な女だ」
ディートリヒは吐き捨てるように言ったあと、修道院側をもう一度見回した。そこでレッドキャップの一体が木材を抱えて歩いているのが目に入ったらしい。
「……あれは何だ」
ディートリヒの声に苛立ちが混じる。
「なぜ魔物がここにいる」
「一緒に暮らしていますから」
今度は騎士たちがはっきり笑った。
「魔物と暮らしてる?」
「教会はこんなやつまで管理人にするのか?よっぽど人手不足らしいな!」
レッドキャップは言葉の意味を理解しているのか、持っていた木材を抱えたままこちらを見ている。その後ろではマグマゴーレムも動きを止めた。
ディートリヒは腰の剣へ手を置いた。
「危険な魔物を人の居住地で飼育しているのか」
ディートリヒはマグマゴーレムを眺め、さらに外庭の一角へ積まれている魔石へ目を向けた。キングウルフ戦で得た魔石の一部を、トーマたちが照明や道具へ使えないか分類していた場所だ。
「魔石まであるな。どこで手に入れた?」
「先日、ここへ襲来した魔狼からです」
「魔狼?」
「黒牙魔狼、ダイアウルフ、それからキングウルフの群れでした」
後方の騎士の一人が吹き出した。
「キングウルフ?ここにいる連中で討伐しましたってか?」
「冗談だろ」
「・・・お前達は黙っていろ」
ディートリヒが片手を上げ鋭く声をとばすと笑い声が止まる。
「それが本当なら、相当な量の魔石があるはずだ。・・・保管場所は?」
「お答えする必要がありますか?」
「辺境伯領内で発生した魔物の素材なら、領主へ報告する義務があるはずだが」
「ここは修道院付属地です。・・・まさか、教会が得た神からの祝福を奪うおつもりですか?」
「魔石は危険物でもある。勝手に保管されては困る」
ディートリヒの目は危険を心配している人間の目ではなかった。積まれた魔石にマグマゴーレムと二体のレッドキャップ。その順に、価値を測るように見ている。
「……先ほどまで、皆さんを連れ戻すことが目的だったはずですが?」
「現地で違法行為を確認したなら処理するのも我々の仕事だ」
「ここは、修道院付属地ですと何度もー」
「危険な魔物を飼い、出所不明の大量の魔石を保有している。それだけで調べる理由には十分だ」
ディートリヒは後ろへ振り返り声を張り上げた。
「おい!敷地内を確認しろ!もし邪魔立てされるようなら・・・切っても構わん」
「お待ちください」
エリシアが門の前から動かずに叫ぶ。進みかけていた騎士が止まりディートリヒの顔から完全に笑みが消えた。
「何だ?」
「ここは私が管理を任されている修道院です。事情の説明もなく、武装した方を中へ入れることはできません」
「騎士団の調査を拒否するのか」
「・・・ならば、調査命令書はありますか?王国法によれば騎士団による強制の立ち入りは、いかなる理由があっても調査命令書が必要なはずです!」
ディートリヒが黙る。
「修道院を捜索する許可状でも構いません」
「……女のくせに随分と法律に詳しいな」
「仮にも王太子妃になるための教育を受けていましたので」
その言葉で、初めてディートリヒの表情が変わった。
「王太子妃?なっ、お、お前はまさか!」
「名乗る際、姓までお伝えしていませんでしたね」
エリシアは姿勢を正した。
「エリシア・アルセイン。私は”元”ではありますがアルセイン公爵家の長女です。現在は王家、公爵家、教会の三者からの命によって、この辺境修道院の管理人に任じられています」
後方の騎士たちから声が消え、ディートリヒも数秒ほど何も言えなくなってしまった。
公爵家、しかも王太子の元婚約者である長女がこんな辺境の荒れた修道院にいるとは思っていなかったのだろう。
「……ア、アルセイン公爵令嬢。これは大変な失礼を・・・」
「今は修道女で構いませんよ」
エリシアは穏やかなまま返した。
「皆さんを連れ戻すというのであれば、まずその権限が、王家と、教会の決定よりも優先されるのかを確認させてください。私には、この方々を雇用し、その家族を付属地へ住まわせるという権利がありますので。」
バルトがエリシアの横へ並び、少し遅れて、リナも立った。住民たちも一人ずつ集まってくる。誰も武器は構えていないがその顔には一種の覚悟がみてとれた。
ディートリヒはそんな人々を一瞥すると、苛立ちを隠さなくなった。
「……ちっ!面倒なことを」
「何か?」
彼はエリシアを睨むように見た。
「なら、その書面とやらを見せていただきましょう。」
「もちろんです」
「ただし勘違いしないでいただきたい、エリシア公爵令嬢。領民の件とは別に、魔物の不法飼育と魔石の保管については調べる。必要であれば、この修道院そのものも騎士団管理下へ置く」
ディートリヒは薄く笑った。
「この王国と他国との境は我々が守ってきたのだ。我々にはこの地を守るという義務がある。そしてそのための力もある。・・・ここでは、我々が秩序だ!そのことを努々忘れることのないように」
エリシアは少しだけ目を細めた。
「そうですか」
王都にいた頃なら、この言葉を聞いても、自分とは遠い地方の話だと思ったかもしれない。場合によっては頼もしいとすら感じていたかもしれない。
だが今は違う。その言葉は、その剣は、
城門を閉じられた人々に向かって、ようやく作り始めた畑や家を背にした人々に向かって、ここを守ろうとした魔物たちまで、向けられている。
「私達は逃げも隠れもしません!確認いたしましょう!あなた方が従う秩序と、私に与えられた権限の、どちらがこの場所で優先されるのかを!」
エリシアはディートリヒから目を逸らさなかった。
「ただ、もしあなたたちが秩序をはき違えて剣を振るうならば、私たちも力でもって抗います!」
今度は、騎士たちの側から嗤いの声は上がらなかった。
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