所有物は返して貰おう
迷宮での狩りが生活の一部になり始めてから数日後、修道院の朝は以前よりずっと早くなっていた。
日が十分に昇る前から、リナたちは地下迷宮へ入る準備を整え、ユアンたちは畑の様子を見ていた。トーマは修復した柵の脇で新しい倉庫の柱を組み、二体のレッドキャップがその横を行き来しながら木材を運んでいる。
エリシアは畑の端で、ユアンが植えたお化けかぼちゃの種を覗き込んでいた。
「……やっぱり他の作物よりも成長が少し早い気がします」
「僕もそう思います」
土から出たばかりの小さな芽を前に、ユアンは嬉しそうにしゃがみ込んでいる。
「普通のかぼちゃなら、こんなに早く芽がでるなんてありえません!・・・ただ、魔物のまま育っているのか、普通の作物になったのかはまだ分からなくて」
「突然蔓が伸びて攻撃してきませんかね?」
「それは僕も心配しています・・・しかし!愛情を込めて育てたかぼちゃに殺されるなら本望ですよ」
そう言いながらユアンが土へ手を伸ばしかけ、途中で止める。
「まあ、触るのはやめておきます」
「賢明だと思います」
『現時点で敵性反応はなく、むしろ友好的な反応が見られます。』
「ノアは大丈夫だと言っていますよ」
二人で笑っていると、外壁の方から短い笛の音が聞こえた。
その音はリナが見張り用に決めた合図であり、二人の間に少しの緊張が走る。
”ピィーーー!”と鋭い音が一度鳴り、少し間を置き二度続く。
これは、魔物ではなく人間の集団が近づいているときの合図だ。
「エリシアさん」
ユアンの表情から笑みが消える。
「はい。すぐに戻りましょう。・・・嫌な予感がします」
畑から修道院へ向かう途中で、リナが外壁沿いの見張り台から下りてきた。
「・・・街のある方角から騎馬がやってきています。数は・・・三十前後」
「商人ではありませんよね?」
「全員武装しています」
リナはそこで一度口を閉じた。その顔には森を警戒するときとは違う焦燥感が浮かんでいる。
「・・・おそらく、辺境伯に仕える騎士です」
「分かるのですか?」
「あの旗を見間違えるはずはありません」
近くにいたバルトも、その言葉を聞いて足を止めた。
「……辺境伯の騎士?まさか、城塞都市からー?」
リナはバルトの疑問に答えるように強く頷いた。
それを見てバルトの顔が強張る。そして、その反応を見て、周囲にいた者たちも何かを察したらしい。作業していた手が止まり、何人かが修道院側へ集まってくる。
「皆さん、まず普段どおりに過ごして貰っても大丈夫です。武器を持って集まらないでください。こちらから戦う理由はありません」
リナは弓を持っていたが、すぐには下ろさなかった。
「最初から武器を構えていれば向こうにこちらを攻める理由を与えます」
不満は残っているようだが、矢には手をかけない。
「ノア。人数は分かりますか?」
『外縁領域外のため詳細解析不能。接近反応は三十一。騎乗個体を含めれば六十以上です。・・・戦闘準備を推奨します。』
「あなたも聞いていたでしょう?無闇に攻める口実を与えれば逆にこちらの首を絞めることになります。」
『・・・地下防衛個体”ヴァルハザード・ウルフ”は待機状態を維持します』
ヴァルハザード・ウルフを地上へ出すことはできないし、それ以前に、出せたとしても今ここでその力を奮わせるつもりはなかった。
人間が来ただけで、最終防衛用の魔物をぶつける理由などない。
そんなことを考えながらエリシアたちが門の近くへ移動する頃には、街道側から蹄の音が聞こえ始めていた。
最初は地面を小さく叩く程度だったものが、次第に重なって大きくなっていく。
やがて木々の向こうから旗が見え、その下から三十人ほどの鎧姿の騎士たちが現れた。全員が統一された装備を身につけ、腰には剣、何人かは槍も携えている。
魔狼に追われて逃げてきた人々を迎えたときとは、空気がまるで違った。
騎士たちは修道院を見るなり速度を緩めたものの、門の前で綺麗に停止することはなく、先頭の数騎は外壁ぎりぎりまで馬を進めてきた。
修復したばかりの道端の土が蹄で抉られる。
「止まれ!」
先頭の男が後ろへ手を上げ、その一言で隊列が止まった。号令そのものはよく通り、騎士たちも迷いなく従っている。
戦場では有能なのだろう。
馬から降りた男は三十代後半ほどで、周囲より質の良い鎧を身につけていた。体格も良く、腰の剣は飾りには見えない。
彼は門の前に立つエリシアたちを見回した。
人、修復途中の柵、畑、積まれた木材。そして、その横にいる二体のレッドキャップ。最後に、半ば修復を終えたマグマゴーレムへ視線が止まった。
眉が僅かに動く。
「……随分と好き勝手やっているようだな」
バルトの肩が僅かに強張るが男はその反応を気にした様子もなく、続けた。
「この修道院の責任者は誰だ」
「私です」
エリシアが一歩前へ出た。
「お前が?」
「はい。辺境修道院の管理人を務めています、エリシアと申します」
「なるほど、ただの修道女を管理人に据えるとは・・・教会の腐敗も相当なもののようだな。」
姓までは聞かない。そもそも必要だと思っていないらしい。
「なら話は早い。一度しか言わないからよく聞いておけ!我が領民を返してもらおう」
「……領民?」
「そこにいる連中だ」
男はバルトたちを顎で示した。
「ヴァルケン辺境伯領から無断で離れた村民二十七名。領主命令により全員連れ戻す」
周囲がざわついた。
「ま、待ってください」
バルトが前へ出て声をあげる。
「我々は無断で村を捨てたわけではありません。村は魔狼に襲われました。残れば死ぬしかなかったんです」
「そんなことは聞いていない。”黙れ”」
「ですが――」
「”黙れ”と言ったはずだ!」
男はバルトへ顔を向けたが、話を聞くためではなかった。
「ただの村人が領主様の許可なく領地を離れた。その事実だけで十分だ」
「我々は城塞都市へ行ったんです。そこで保護を求めました。しかし、門前払いしたのはそちらでしょう?」
「それがどうした?」
バルトの顔に困惑が浮かぶ。
「どうしたって……城門で追い払われたんですよ」
「当時は魔狼災害への警戒中だった。一時的な退去命令と、領民としての義務は別の話だ」
あまりにも簡単に切り分けられ、バルトが言葉を失う。
「子どもも、歩けない老人もいた。それでもあなたたちは門を開けなかった。なのに、今更あなたたちのもとへ戻る義理はない!」
男の視線がリナへ移った。怒りに溢れたその顔を数秒見たあと、口元へ薄い笑いが浮かぶ。
「ああ!あのとき門前にいた猟師か。まだ生きていたとはな。おい!お前ら、賭けは俺の勝ちだな!やっぱりあの威勢の良さで簡単にくたばるわけがないと思ったんだ!」
「ぎゃはははは!」
人の必死に助けを請う姿を賭けて嗤う異様な光景にエリシアは言葉も出せずに絶句した。
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