迷宮のある暮らし
猟師たちが獲物を地上へ運び出したあと、エリシアは修道院裏手へ向かった。
昨日までは草の生えた空き地だった場所に、細長い畑が作られ始めている。そこでは、ユアンを中心に何人かの農民が集まり、鍬で土を起こしていた。
「進んでいますね」
「あ、エリシアさん」
ユアンが鍬を止めて話しかけてくる。
「もう少しかかりますけど、今日中に最初の畝は作れると思います」
掘り返された土へ近づくと、思っていたより柔らかい。
「昨日見たときより土が良くなっていません?」
「僕もそう思います」
ユアンはしゃがみ、手の上で土を崩した。
「表面は固かったんです。でも少し掘ると、水持ちのいい土が出てきます。それに……なんというか、妙なんです・・・普通の土地より魔力が馴染みやすい気がします」
エリシアには農地の良し悪しを見分ける知識はほとんどない。
「ノア、何か分かります?」
『外縁領域内ですので、地下から循環した魔素の一部が土壌へ定着しています。現在確認できる濃度であれば人体には問題ありません。むしろ成長補助効果が発生する可能性があります』
エリシアがそのまま説明すると、ユアンの顔が明るくなった。
「やっぱり!いえ、何となく分かっていたのですが・・・でも、生活魔法を使ったらもっと分かるかもしれません」
「生活魔法?」
「僕、土属性は少しだけ使えるんです!旅の騎士様に”お前は才能値がCはあるだろうな”って言われたこともあるんですよ!実はぼく結構やる方なんです!」
「C・・・ですか?」
「土を柔らかくするとか、小さな畝を整えるくらいなら……簡単にできちゃうんです」
ユアンは自信満々に、作りかけの畝へ両手を向けた。少し身構えてしまうが大きな魔法陣が現れるわけではないし、土が爆発することも、壁になることもない。
足元の土がゆっくり解れ、鍬で何度も砕いていた固まりがさらさらと崩れていく。
「こんな感じです。まあ、ぶっちゃけ少ししか役には立ちませんが・・・」
近くで見ていた年配の農民がすぐに割って入った。
「少しどころじゃないぞ。ユアン、それ、向こうもやってくれ」
「あとちょっとしか魔力がないから硬いところだけやるよ」
ユアンが次の畝へ移るそのとき、ノアの声が入った。
『エリシア。DP獲得を確認しました』
「え?」
エリシアは思わずユアンを見る。今は侵入者もいないはずだ。
『住民による魔力使用によるDPの獲得です。最初に説明はしていたでしょう?』
「・・・ユアンさんの魔法ですか?」
『はい。ただし一度の生活魔法で獲得できる量は極微量です。現在までに外縁領域内で使用された住民の魔力が蓄積し、合計値が1DPへ到達しました』
エリシアはしばらく黙った。
ー刺客やキングウルフを殺したときのような、大きな数字ではないー
わずか1DP。けれど誰も死んでいない。ユアンは畑を作っているだけだ。他の人々も修道院で生活し、必要なところで少しずつ魔力を使った。その結果が迷宮ではDPがたまった。
「エリシアさん?」
ユアンが不安そうにこちらを見ていた。
「あ、すみません。続けてください」
「何か変でした?」
「いえ。むしろ、とても助かっています」
ユアンには意味が分からないらしいが今は説明しなくてもいいだろう。
「水属性も使えると聞きましたけど?」
「本当に少しだけです。水差し一杯分くらいなら。というかエリシアさんの基準がおかしいんですよ!」
珍しくはっきり言われ、エリシアは目を瞬いた。
「そうでしょうか?」
「昨日、火で魔狼を吹き飛ばした人と比べたら、誰だって魔法に自信がありますなんて言えませんよ!トーマさんからも聞きましたよ!」
エリシアは遠くで柵を直しているトーマを余計なことを言うなという視線で見たが、こちらへ気づいたトーマは、何も知らず大きく手を振っていた。
「あとで少しお話ししましょう」
『報復を推奨しません』
ユアンが笑いながら、小さな水の塊を作った。掌から流れた水が、作ったばかりの畝へ落ちる。量は少ないけれど必要な場所へ正確に入っていく。
「水路を作ったら、もっと楽になりますね」
「泉から引けますか?」
「高低差が取れれば。トーマさんにも見てもらいたいです」
エリシアは畑の端へ目を向けた。まだ何も植わっていないがユアンは、昨日迷宮から持ち帰ったお化けかぼちゃの種を布の上へ並べ、普通の種と見比べていた。
「それ、植えるのですか?」
「まず一つだけです。もし全部お化けかぼちゃになったら困りますから。でも、普通のかぼちゃとして育ったら面白いと思いません?」
ユアンは嬉しそうに土へ小さな穴を作った。そこへ種を一粒だけ置き、丁寧に土を被せる。
「魔物から取った種で畑を作るなんて、村にいた頃は考えたこともありませんでした!育つかなー」
「育ったら教えてくださいね」
◇ ◇ ◇
昼を過ぎる頃には、修道院の外庭に料理の匂いが漂い始めていた。朝に狩った一角兎はすでに解体され、肉は食べやすい大きさへ切り分けられている。
お化けかぼちゃも割られ、大きな鍋の横へ橙色の果肉が積まれていた。
「エリシアさん、そこに立っているなら手伝ってください」
マルタに声をかけられ、エリシアは素直に袖をまくった。
「何をすればいいでしょうか?王太子妃教育に、領地視察時の生活実習もありましたから!大抵の料理はできますよ!」
「便利なんだか大変なんだか分かりませんね」
「私も今、初めて役に立った気がします」
包丁を受け取り、かぼちゃを切ると普通のものより少し固いが、中身はほとんど変わらない。
「本当に食べ物なんですね」
「朝も食べていたじゃないですか?」
マルタは兎肉へ塩を振り、残っていた香草と一緒に鍋へ入れる。昨日までなら、保存食を少しずつ使うことしかできなかった。
しかし今日は量こそ多くないが、新しく手に入れた肉と野菜がある。
「煮込みにするのですか?」
「人数が多いからね。肉を焼いて一人ずつ分けるより、この方が行き渡りますからね。かぼちゃも入れます。少し潰せば汁にもとろみがつくでしょう」
「美味しそうですね」
「食べる前から期待しすぎると困りますよ。初めて使う材料なんだから。もしかしたら失敗するかもしれませんし。」
近くでは数人の女性たちが一角兎の毛皮を洗い、別の者が骨や角を分けている。捨てるものはほとんどないらしい。
「角はどうするんでしょう?」
「トーマさんが欲しいって言っていましたよ。だから一応切り分けているんですが」
言った直後、外庭の向こうからトーマが声を上げた。
「柄に使えるかもしれん! あと矢尻にもできるぞ!」
料理の準備は、食べさせる相手が大人数になるほど忙しい。水を汲む者、野菜を切る者、鍋を混ぜる者、 使った道具を洗う者。ニナも何かしたいと言い出し、結局、お化けかぼちゃから取り出した種を布へ広げる役を任されていた。
その隣には透明なスライムがいる。
「これ、食べる?」
ニナが種を一粒差し出すとスライムが身体を傾けた。
「その子はたぶん食べませんよ」
エリシアが声をかける。
「じゃあ、何食べるの?」
『スライムは周囲の微量魔素および有機物を吸収して維持できます』
「周りの魔力と、小さな汚れなどを食べているそうです」
ニナは透明なスライムを見る。
「だからお掃除が好きなの?」
ぷるん、と身体が揺れた。
「そうかもしれませんね」
その話を聞いていたマルタが、取り分けた種を小さな鉄板へ広げる。
「エリシア様は火の魔法が使えるんだよね。それなら火の番をしてちょうだい」
そう言われるとエリシアは素直に火の前へ座った。昨日までの自分なら、魔力で火を出した方が早いと思ったかもしれない。ただ、つい最近柵まで吹き飛ばした経験がある。
「ノア。調理用なら、このくらいでしょうか」
『通常の一パーセント以下を推奨します』
指先へ小さな火を作る。今度は人の頭より大きくならないように蝋燭より少し強い程度の炎を、薪へ移した。
「できました」
『適正範囲です』
「できたなら鍋も見てくださいね。煮立ちすぎてますよ」
慌てて薪を一本外す。
「魔法より料理の方が難しいですね……」
「火力が強ければ美味しくなるわけじゃありませんからね」
ノアからも何か言われるかと思ったが、今回は黙ってくれているようだった。
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