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迷宮のある暮らし

 ヴァルハザード・ウルフを第十階層へ残して地上へ戻った翌朝、エリシアが外庭へ出ると、修道院ではすでに一日の仕事が始まっていた。


 トーマは壊れた柵の前で木材の長さを測り、その少し先では修復の進んだマグマゴーレムが太い柱を支えている。二体のレッドキャップは昨日迷宮から運び出した一角兎の毛皮を興味深そうに眺めており、透明なスライムは食堂から流された水を追うように床を掃除していた。


 数日前まで荒れた修道院に一人きりだったことを思えば、朝から人の声が聞こえるというだけでも随分と変わったものだ。


「エリシアさん。おはようございます。昨晩はどちらに行かれていたんですか?」


 地下礼拝堂へ向かおうとしていたリナに呼び止められ、エリシアはそちらへ振り返った。


「おはようございます。え、えっと・・・な、なんでもありません!リナさんはもう迷宮へ?」


「?ええ。今日は昨日より少し奥まで見ようと思っています」


 リナの隣には、村で猟をしていた男が二人いた。三人とも弓を持ち、腰には短い刃物と獲物を運ぶための縄を下げている。


「第二階層までですか?」


「そのつもりです。一角兎だけなら昨日で大体分かりました。今日はお化けかぼちゃをもう少しちゃんと狩って、どれくらい持ち帰れるか確かめます」


「でしたら、私も途中まで一緒に行きます」


「エリシアさんは別の仕事があるんじゃないですか?」


「畑を見に行く予定はありますが・・・でも、その前に皆さんが安全に使えているか見ておきたいんです」


 リナがじっと見てくるが、こういうやり取りにも少し慣れてきた。三人と一緒に地下礼拝堂へ降りると、住民用に作った迷宮入口にはすでに簡単な道具置き場ができていた。


 縄、予備の矢、小さな籠など昨日リナたちが使ったものを、バルトが一ヶ所へまとめさせたらしい。


「昨日戻ってきたあと、バルトさんが『入口で準備できた方が忘れ物が減る』と言いまして」


『管理効率も上昇しています』


「さすがです」


 もうリナも、エリシアが突然誰もいないところへ話しかけても気にしなくなっていた。


 第一階層へ入ると発光苔が淡く照らす通路には、昨日と同じように出口方向を示す印が刻まれている。先頭を歩いていたリナが曲がり角の手前で足を止めた。


「ここが、昨日少しだけけが人が出てしまったところです。床を見て下さい」


「何かありました?」


 言われて見れば、一枚だけ石の色が僅かに違う。エリシアも昨日通った場所だったが、そこまで細かく見ていなかった。


「転倒罠ですね」


リナがしゃがみこみ、床の境目を指でなぞった。


「高位の踏み罠なら、こんなにはっきり継ぎ目は残りません。初心者が引っかかるぐらいでたいした危険はありませんよ」


『第三階層の罠難度を上げましょう』


「勝手に上げないでくださいね。ちゃんと私に相談してから決めて下さい」


 リナが笑いを堪えるように顔を背けた。


「何です?」


「いえ。ダンジョンって、もう少し恐ろしい場所だと思っていました。ここの罠は管理人と喧嘩しながら作っているんですね」


 一角兎の巣がある草地へ近づくと、今度は三人の猟師の空気が変わった。会話が減り、足音まで小さくなる。


 エリシアも邪魔にならないよう後ろへ下がった。

 

 すると広い草むらの中で白い耳が揺れる。一頭、少し離れて二頭目もいる。さらに穴の近くに小さな個体が一頭いた。


 リナは矢をつがえたものの、すぐには射たない。


「小さいのは残します。あっちの大きい方を狙いましょう」


「あいよ!」


「一度に二頭以上狙わないで。驚いて走るから」


 三人は少しずつ位置を変えた。リナが草地の右側へ回り、もう一人が左へ寄る。残った一人は入口側だ。


「逃げ道を決めているのですか?」


 エリシアが小声で尋ねると、リナは視線を外さず頷いた。


「追い回すと危ないですから。わざと逃げ道を作って誘導するんです。」


 矢が放たれ、一角兎の身体へ突き刺さる。周囲の個体が一斉に跳ねたが、逃げる方向には人がいない。予定どおり奥の草地へ散っていった。


 仕留められた一頭へ猟師が近づき、素早く状態を確かめる。リナは矢を拾いながらエリシアへ振り返った。


「森なら、獲物を見つけるまで何時間も歩くことがあります。でもここは巣の場所が決まっている。食料を取るだけなら、かなり助かります」


「取りすぎだけ気をつけてくださいね」


「バルトさんに昨日散々言われました。今日は一角兎は三頭までです」


『現在個体数から見ても妥当です』


 一角兎を縄へ括り、第二階層へ向かう。階段を下りるにつれて、石壁の隙間へ蔓が目立ち始めた。


「ここからはお化けかぼちゃですね」


「名前は可愛いんですけど」


 リナが弓を構える。


「昨日、一人足を掴まれています。怪我はありませんでしたが・・・本人はかなり怒ってました」


『拘束時間は短時間でした』


「かぼちゃに転ばされたことの方が嫌だったそうです」


「分からなくもありませんね……」


 広い部屋へ入る前に、リナが仲間を止めた。入口から見えるところに、大きな橙色の実が三つある。何も知らなければ畑に転がっているかぼちゃにしか見えない。


 猟師の一人が小石を投げた。

 

 かぼちゃの近くの床へ落ちるが反応はない。もう少し近い位置へ投げると、一体のお化けかぼちゃから蔓が伸び、小石へ絡みついた。


「届くのはあそこまでか」


「昨日より少し短いですね」


「個体差かもしれないな・・・」


 リナたちはすぐに矢を放つことはなく蔓の長さや動く方向、そして他の個体が反応する範囲を一つずつ確認している。


「まずは、右の一体だけを狙います」


 いうやいなやリナは矢を放つ。一射目が蔓へ刺さると、お化けかぼちゃは口のような裂け目を開き、別の蔓を伸ばした。


 二人目の猟師がそれを避けながら、側面へ回る。


「今です!打って下さい!」


 二本目の矢が本体へ突き刺さり、かぼちゃが大きく震えたがまだ動いている。しかし、三本目の矢が目のような穴に吸い込まれるように入ると、蔓が床へ落ちた。


『生命反応消失』


 リナはすぐ次を狙わず、倒した個体へ近づいた。


「昨日は三体持って帰りましたけど、これ結構重いんですよ」


「本当だ。兎より運ぶのが大変だな」


「中身が詰まっていますからね」


「今日は二体でいいか」


「そうしましょう。必要になれば午後の組が来ればいい」


 食べる量と運べる量だけ持ち帰る。エリシアはその判断に少し安心した。


 帰り道、別の通路を選んだ一人が床を踏んだ。壁の穴から丸い木製の矢が飛び、男の肩へ軽く当たる。


「いてっ!」


 声が上がるとリナがすぐ振り返った。


「怪我は?」


「いや、痛いだけだ」


 先端を確認すると、木を丸めた訓練用のものだった。肩をさすっていた男が苦笑した。


『フっ!勝ちました』


「勝ち負けではありませんよ?」


 今日のノアはどうやら機嫌がいいらしい。

もし少しでも

「続きが気になる!」

「面白かった!」

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それではまた次回!

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