迷宮の守護者
『ここまで、お手伝いしたんです。私にもご褒美を下さい!』
「……なんですか、急に?」
あまりにもノアらしくない要求に、エリシアは夕食の準備が進む外庭で思わず立ち止まった。これまでのノアなら、欲しがるものといえばDPか魔素くらいだった。
椅子を作りたいと言えば無駄だと言い、装飾を置こうとすれば却下し、風呂の話をすれば泉があると返してくる。そのノアが、自分から「ご褒美を下さい」などと言い出したのである。
「ご褒美って……何が欲しいのです?」
『・・・先に許可を下さい。そうしたら話します。』
「内容を聞かずに許可する人はいませんよ?」
『お願いします! 絶対にエリシアの損にはなりません!』
声そのものはいつもと同じように頭の中へ直接響いている。なのに今日は、妙に勢いがあった。
「余計に怪しいのですが……」
『大丈夫です。今回は有用な投資です』
エリシアは暫く黙った。周囲では、一角兎の肉が焼かれ始めている。少し離れた場所では、トーマが大鍋を覗き込みながらマルタに邪魔だと追い払われていた。
皆が明日の生活の話をしている中で、自分だけノアと妙な押し問答をしているのもおかしい。
「……分かりました。あまりにも危険なものだったら途中で止めますからね」
『やったー!』
「……ノア?」
エリシアは思わず目を瞬いた。
「今、やったーって言いました?」
『そんなことはどうでもいいんです!ではでは、第十階層にボス部屋を設置して下さい!ボス部屋です!』
「聞こえていますよ」
エリシアは額へ手を当てた。
「ボス部屋……ですか?」
今まで一度も聞いたことのない施設名だった。
「その名前だけで嫌な予感がするのですけれど」
『そんなことはありません! ボス部屋とは、ダンジョンに設置できる施設の一つで、ダンジョンを守るボスを指定できるんです! ボスに指定されると、その魔物はボス部屋から出られない代わりに強大な力を得ることができるんです!』
「ちょっと待ってください。一度に言わないでください」
珍しく捲し立てるノアを止める。
「まず、その『強大な力』というところからです。具体的にはどんな力なんですか?」
『ボス部屋は通常の部屋とは異なり、ダンジョンの魔素循環路へ直接接続されます。指定されたボスは部屋の内部にいる限り、身体能力、魔力出力、耐久力、回復力に大幅な補正を受けます』
「それはまた……随分と強くなるんですね。人類に討伐はできるのでしょうか?」
『ボスといえど生物ではあるので討伐自体は可能です・・・まあ、元となる魔物にも寄りますが』
「その強大な力の代わりに外へ出られない?」
『はい。一度ボスとして正式登録された個体は、ボス部屋から外へ出ることができません。管理者命令でも解除できません』
「私が命令しても?」
『はい。ボス権限の悪用を防ぐための制限です。ボスを強化したまま外へ連れ歩くことはできません』
「それなら、地上の防衛には使えないということですね」
『直接は使えません。あくまで地下へ侵入された場合の最終防衛ラインと考えて下さい』
その説明で、エリシアにも役割が見えてきた。第十階層は昨日作ったばかりで、今のところほとんど何もない。その先にコア管理区画へ通じる経路を置き、ボス部屋を必ず通らなければ奥へ進めない構造にすれば、仮に地下へ侵入者が入り込んでもそこで止められる。
「管理者である私は奥までいけなくなりますか?」
『管理者専用経路を作成できます。登録した住民にも限定的な通行権を付与できますが、現在は必要ありません』
「そうですね。第十階層まで住民を入れる予定はありませんし」
少なくとも、人間が間違ってボスのところへ入り込む心配は減らせる。
「他に制限はあります?」
『あります。まず、ボス部屋は一つの十階層区画につき一つまでしか設置できません。現在の迷宮は十階層ですので、一部屋だけ設置できます』
「・・・なるほど」
『次に、ボスは部屋内では強化されますが、部屋そのものが機能停止すると補正も失われます』
「部屋を壊された場合?」
『はい。また、ボスが討伐された場合は即座に再生成されません。一定期間の休眠と再召喚用DPが必要です』
「無限に生き返って侵入者を襲う、というわけではないのですね」
『そのような不公平な機能はありません。世界側の仕様的許されないのでしょう』
少し安心したところで、もう一つ気になることがあった。
「そもそも、ボスにする魔物はどうするのです?マグマゴーレムなどが候補になるのでしょうか?」
『ダンジョン内で生成した全ての魔物から選択できます。または――』
ノアの声が、そこで僅かに弾んだ。
『領域内で討伐し、完全な魔素記録を取得できた魔物を再召喚できるのです!』
「完全な魔素記録?」
『領域内で死亡した魔物について、種族情報、魔力構造、身体構成を記録しています』
「つまり、一度倒した魔物を作れる?」
『条件付きです。対象は魔物のみ。完全な記録が残っている個体に限ります。また再召喚される存在は、死亡した個体そのものの魂を戻すものではありません』
エリシアはそこで少しだけ安心した。
「同じ姿と力を再現した、新しい個体ということですか?」
『そういう認識で構いません。個体の身体情報と魔素構造を再現しますが、元個体の記憶や意思までは継承しません』
「でしたら、元々こちらを襲っていた魔物を呼び出しても、また襲われるわけではない?」
『ボスとして召喚された個体には、ダンジョンコアへの敵対禁止、管理者への攻撃禁止、登録住民および所属魔物への敵対禁止が最優先命令として組み込まれます』
「そこまで決まっているなら安全そうですね」
ここまで聞いても、ノアが何をボスにしたいのかはまだ分からない。
ーいや、何となく嫌な予感はしてきたー
「ノア、もしかして、もうボスの候補を決めています?」
一拍置いて、ノアが答えた。
『もちろんです!効率を考えるならば彼しか考えられません。幸運なことに我々は、あのキングウルフを“領域内”で殺すことができました!』
エリシアの動きが止まった。
「……まさか」
『するとなんとっ! あのキングウルフを召喚してボスにすることができるんです!』
「やっぱり!」
『あのキングウルフをボスとしてさらに強化したうえで、エリシアの魔素で強化したら、ダンジョンを守る最強のガーディアンになると思いませんか?』
「思いませんか、と言われましても……」
エリシアは頭を抱えた。キングウルフとは、二日前に自分たちが総力を挙げてようやく倒した魔獣である。 黒牙魔狼を六十頭近く従え、ダイアウルフすら統率し、こちらの防衛配置を見ただけで弱点を探し当てた。
マグマゴーレムの身体を砕き、あと少し対応が遅れていれば子どもが殺されていた。
「よりによって、あれですか?」
『強かったでしょう?』
「敵として強かったから困ったんです!理屈は分かりますけど……」
『だから守護者にしたら頼もしいのです!しかも、元個体より強化できます』
ノアは楽しそうだった。今までDPの話をするときですら、これほど明確に何かを欲しがったことはない。
「これが、ご褒美なのですか?ノア自身は何も貰っていませんよ?」
『強いボスがいるダンジョンになれるのです!これ以上の幸福と安心はありません!』
「なるほど、”安心”が欲しいのですね?」
『欲しいです!』
あまりにも迷いのない返事にエリシアは少しだけ笑ってしまった。
『ダンジョンコアとして自然な欲求です』
「では、夕食のあとで見に行きましょう。ただし、設置するかどうかは実際に条件を確認してからです」
ここまで喜ばれると、断りづらくなる。
◇ ◇ ◇
夕食を終えたあと、エリシアは地下礼拝堂から一人で迷宮へ降りた。新しく作った住民用の狩猟区画ではなく、管理者専用の通路を使う。
一階層から三階層までは、昼間に見たばかりの迷路や魔物の巣がある。そこから先は、まだほとんど手を入れていない石造りの階層が続いていた。
「十階まで歩くと、結構ありますね」
『管理者用転移機能を追加できます。DPを使用しますが・・・』
「じゃあ、歩きます」
昨日まで存在しなかった場所を歩いているというのは妙な感覚だった。階層が深くなるほど住民の声は届かなくなり、代わりに自分の足音だけが石壁へ返ってくる。
「ボス部屋を作ると、第十階層は全部使うのですか?」
『基本形では、前室、戦闘区域、封鎖扉を含めて第十階層の大部分を使用します』
「かなり広いのですね」
『大型ボスの場合は必要です』
「もうキングウルフをボスにする前提になっていませんか?」
第十階層へ着くと、そこには広い石の空間があるだけだった。入口側へ階段があり、反対側の奥には、将来コア管理区画へ繋ぐ予定の封鎖壁。
今は何もない。
「ここをボス部屋に変えるのですね・・・費用を表示してください」
視界へ必要DPが出る。 昨日、一角兎とお化けかぼちゃの巣を作った後でも払えない額ではない。決して安くはないが、キングウルフ戦で得たDPを全て使い切るほどでもなかった。
『第三階層を住民用の施設にしても予備DPは十分残ります』
こんな話をしながらボス部屋を作ろうとしていることが、少しおかしかった。
「……設置します」
『承認しますか?』
「はい。ただし、キングウルフの召喚はそのあと改めて決めます」
エリシアが承認すると、足元から低い振動が広がった。石壁が左右へ下がり、目の前の空間が一気に拡張されていく。
床は黒い石へ変わり、天井も高くなる。
中央には巨大な円形の戦闘区域が形成され、その周囲を太い石柱が取り囲んだ。
入口側には二重の扉と奥にも、さらに重そうな扉が一つ。
《特殊施設生成》
《第十階層》
《ボスルーム》
「……ずいぶん立派ですね」
『ボス部屋ですので!かなり頑張りましたよ!』
「今日そればかりですね」
円形の部屋へ足を踏み入れると空気そのものが違う。迷宮全体を流れている魔素が、この部屋へ集められているのがエリシアにも分かった。
「私でも分かります。魔力が濃いですね」
『ボス強化領域です。通常時は最低限の維持だけ行い、侵入者を検知すると出力を上昇させます。DP消費が大きすぎるので、ずっと全力で動かすわけではないのが拘りです!』
「ノアらしいですね」
奥の壁へ近づくと、小さな石板が浮かび上がった。
《ボス登録可能》
《未登録》
「ここで登録するのですか?」
『はい!その通りです!はやく!はやく!』
「はあ、それではキングウルフを表示してください」
もし少しでも
「続きが気になる!」
「面白かった!」
と思っていただけたら、
【★★★★★】や【ブックマーク】を押していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
それではまた次回!




