作ってみましょう!ダンジョンを!
朝の話し合いを終えると、エリシアは地下礼拝堂から迷宮へ降りた。人間の住民を連れてくる前に、まず自分で安全を確かめなければならない。
石階段を下りた先では、透明なスライムがいつものように通路を掃除している。さらに奥へ進むと、地下の管理区画へ続く石扉が静かに開いた。
「ノア。住民用の入口と、コアへ続く道は分けられますよね?」
『可能です。現在の地下礼拝堂を起点に、狩猟区画専用の階段を新設します。コア管理区画へ続く直通の既存通路は管理者権限がなければ開かないよう封鎖します』
「それなら安心ですね」
目の前に迷宮の簡略図が浮かぶ。今までは、広いとは言えない地下空間がいくつか繋がっている程度だったがそこへ新たな領域を作るのだ。
「今のDPで、どの程度まで増やせます?」
『キングウルフを含む魔狼群から得たDPを使用すれば、大規模拡張が可能です!!!』
「例えば?」
『修道院周辺から逸脱しない構造であれば、十階層程度』
「……十階層?」
エリシアは表示されたDPを見た。確かに以前とは桁が違う。刺客と戦ったあとですら多いと思ったのに・・・今回は大規模な魔狼の群れ一つを領域内で倒しているためだろうか。
「使い切ってしまうことはありませんよね?」
『おそらく大丈夫だと思われます。予備DPも十分に残すことができるでしょう!』
エリシアは迷宮図へ目を戻した。
「では、新しく十階層お願いします。基本的な”洞窟と森の一体型”なんてどうでしょう!」
『装飾を要求されると思っていました』
「食料が足りないのに壁飾りを作るほど私も余裕はありません」
『成長しましたね』
軽く息を吐いてから、エリシアは改めて条件を伝えた。
「上の階層は住民が狩りに使います。道は完全な一本道ではなくても構いませんが、迷ったら戻れないような作りにはしないでください」
『迷路としての意味が薄れますが・・・では、第一層から第三層までは簡易迷路。第四層以降は通常迷宮構造を推奨します』
「それでお願いします」
『第十層は防衛区画として設計します』
「住民は入れない?」
『はい。将来、外部から侵入者が入った場合、管理区画へ直接近づかせないための最終防衛層として利用できます』
エリシアが承認すると、迷宮全体へ低い振動が走った。
地震ほど強くはないがそれでも地面の奥深くで、巨大な何かが動いているのが分かる。目の前の図面で、地下礼拝堂から伸びる新しい階段が描き足された。
その先に第一層、さらに下へ第二層、第三層と一つずつ増え、十まで続く。
《地下迷宮領域拡張》
《新規階層生成――10》
《基本構造生成開始》
「本当に十個できるのですね……分かっていましたけれど、図で見ると随分大きいです」
『まだ石壁、床、通路、階段のみしか完成していません!ここからが腕の見せ所です!』
これまで死にかけていた小さな迷宮が、地下へ向かって急速に広がっている。
第一層には幅の広い通路と小部屋。
第二層には曲がり角の多い迷路。
第三層はやや広く、中央に大きな空間がある。
第四層以降はまだ最低限の石造区画しかなく、暗いままだ。
「まず一階から三階まで使えるようにしましょう!魔物を配置するとなると……毎回生成するのですよね?一角兎を十体生成して、狩られたらまた十体?」
『はい、もし毎日生成するならそうなります。』
「何日も続けたら、かなりDPを使いませんか?」
『そのため、別の方法を推奨します』
待っていましたと言わんばかりの返答だった。
「別の方法?」
『定期的に魔物を配置するよりも施設の《魔物の巣》を設置することをおすすめします』
表示が切り替わる。
《生成施設》《魔物の巣》
エリシアは聞き慣れない文字を見た。
「魔物の巣とは?」
『魔物百体分のDPを支払うことで設置できる施設で、一度設置すれば、その魔物が永久的にダンジョンへスポーンするようになります』
「……百体分ですか?高くありません?」
『百一体以上狩る予定であれば、個別生成より遙かに安価です』
「そう言われると急にお得に聞こえますね」
『実際にお得です。ダンジョン長期運用向け施設ですから』
説明を聞きながら、エリシアは表示を読み進めると、巣を設置したからといって、無限に魔物が溢れるわけではないらしいということが分かった。
各施設には、その階層内で維持できる個体数が設定されている。狩られて数が減れば一定時間をかけて新しい個体が生まれるが、一度に全滅させれば補充にも時間がかかる。
「では、狩りすぎないよう管理が必要ですね。巣から生まれた魔物を倒した場合もDPになります?」
『なりません。迷宮由来の生命を迷宮が再吸収しても、利益は発生しません』
「良かったです。それでDPが増えたら、延々と魔物を生んで倒すだけになってしまいますから」
代わりに、住民が迷宮の中で活動し、魔法や魔道具を使うことで少量のDPは蓄積される。つまり、食料になる魔物が生まれ、住民は狩りを行い、その活動から迷宮にも少しずつ利益が戻る。
ー一方だけが消費する仕組みではないのだー
「巣を作れる魔物の一覧を見せてください」
『表示します』
いくつもの名称が並んだその中で、エリシアの目が最初に止まったのは一角兎だった。
「この子は食べられるのですよね?」
『はい。肉は一般的な食用資源として利用可能です。また、角、毛皮も回収できます』
「危険度は?」
『低。角による突進攻撃を行いますがそれが致命傷を受けることはありません』
「猟師さんなら問題なさそうですね」
もう一つ名前だけで用途が分かりやすいものを見つける。
「お化けかぼちゃ……」
『植物型魔物ですね』
「名前通り、本当にかぼちゃなのですか?」
『外見は大型のかぼちゃに近似しています。蔓による拘束と打撃を行います』
「食べられるのですか?」
『可食部率八十七パーセント。一般的な可食部ではない蔓と葉を煎じて飲むことでポーションの代わりになります。種子も食用および栽培研究に利用可能です』
「ユアンさんが喜びそうですね」
エリシアは少し考えた。肉だけでは食事が偏る。穀物はまだ残っているが、野菜が補充できるのはありがたい。
「一角兎と、お化けかぼちゃ。この二つの巣をお願いします」
『承認確認。一角兎百体分、お化けかぼちゃ百体分のDPを消費します』
「お願いします」
迷宮図に、新しい印が灯った。
「実際に見に行けます?」
『可能です。ダンジョン内では、すでに一角兎とお化けカボチャが生成されています』
◇ ◇ ◇
新しくできた第一層へ降りると、エリシアは想像していたより明るいことに驚いた。石造りの通路には発光苔が一定間隔で生え、完全な地下でありながら足元は見える。
「発光苔まで作ったのですか?」
『暗闇では住民の負傷率が上昇します』
「ノアが安全を気にしてくれています」
『負傷者が増えるとエリシアが治療に魔力を消費します。そんなことに魔力を使うぐらいなら私に魔素をください』
「……そういう理由でしたか」
最後の一言が少し気になったが、エリシアは追及せず歩いた。第一層は、いくつもの通路が交差している。
ただし完全な迷路ではない。
壁の一部には出口方向を示す小さな印があり、迷った場合でもそれを辿れば入口へ戻れるようになっていた。
「この印、いいですね」
『管理者から遭難者を出さないよう指示されましたので』
途中には床の色が僅かに違う場所が何カ所かあった。
「罠ですか?落ちても怪我しません?」
『簡易転倒罠です。成人が通常速度で踏み込んだ場合、擦過傷程度を想定しています』
「それは怪我していますよ」
『罠ですので。完全無傷では訓練になりません』
反論しようとして、リナの言葉を思い出す。森では罠に気づけなければ、本当に命を落とす。
「……浅いものだけにしてください。・・・なんだか嬉しそうですね?」
『ダンジョンに罠を置ける機会は貴重です』
声は変わっていないのに、なぜか楽しんでいるように聞こえる。
『さあ、もうすぐ魔物の巣ですよ!』
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それではまた次回!




