迷宮を狩り場に
魔狼を退けてから二日目の朝、エリシアは修道院の食堂として使い始めた部屋で、バルトが作った食材の一覧表を見つめていた。
長机の上には、避難民たちが村から持ち出した穀物や干し肉、キングウルフとの戦いのあとに回収した物資まで、現在使える食料が細かく書き出されている。
数字だけを見れば、ほとんど何もなかった昨日より状況は良くなったはずだった。
・・・問題は、それを二十七人で分けて食べなければならないことだった。
「もって……十日ですか?」
「かなり切り詰めて、ですな」
向かいに座るバルトが苦笑した。
「子どもや怪我人の分まで減らすわけにはいきませんから、実際にはもう少し短いと思っていただいた方がいいでしょう」
「魔狼から取った肉は?」
「食べられる部位はあります。ただ、全部をすぐ食料にできるわけではありません。処理できる人数にも限りがありますし、日持ちさせるには塩も足りません」
エリシアは一覧へ視線を戻した。これまで自分一人だった頃なら、数日分の食料があれば十分だった。足りなければノアと相談し、最悪の場合はDPで何かを用意する方法もある。
今は違う。
二十七人もの人がいるのだ。しかも、これから家を作り、畑を作り、この場所で暮らしていくと決めたばかりだ。食べ物がないので飢え死にしました、では洒落にもならない。
「畑の方はどうでしょう?」
壁際で話を聞いていたユアンに尋ねると、青年は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「土は悪くないです。昨日見た感じだと、ちゃんと耕せば畑にはできます。ただ……」
「収穫まで待ってはくれませんよね」
「はい。実るのが早い作物を選んでも、今日植えて明日食べるというわけにはいきませんので・・・」
「ですよね」
「すみません」
「ユアンさんが謝ることではありませんよ」
むしろ、今日植えれば明日育つと言われた方が驚く。
エリシアが紙へ目を戻したところで食堂の扉が開いた。そして部屋に入ってきたリナは弓を背負ったまま、外套の肩に付いた葉を払い落としている。
「森を見てきました」
「どうでした?」
「昨日よりは随分静かです。キングウルフが死んだ影響でしょうね。魔狼達が群れとして動いている様子はありません」
その言葉に、室内の空気が少し緩む。ところがリナは椅子へ座らず、続けた。
「でも、入らない方がいいです。黒牙魔狼の足跡を三ヶ所で見ました。二頭か三頭ずつに分かれているようです。それ以外にも、ダイアウルフのものらしい足跡が一つ残っています」
「キングウルフがいなくなっても、魔狼そのものが消えたわけではないのですね」
「はい。統率されていない分、昨日ほど厄介ではありませんが、狩りに出た人間が二、三人で遭遇したら十分死ねます」
バルトが腕を組んだ。
「森へ入れないとなると、食料を増やす手が減るな」
「山菜や木の実を採るだけでも危険です」
「どれくらい待てば安全になりそうですか?」
エリシアが聞くと、リナは少し考えた。
「分かりません。群れを失った魔狼が別の森へ移ればいいんですが、ここには広い森があり、獲物には事欠かないでしょう。それに……」
そう言いながら、床の下を見る。
「この場所の魔力、前より濃くなっているんですよね?なら、それに寄ってくる魔物が今後もいるかもしれません」
キングウルフの群れも、避難民の血の臭いだけではなく、急に濃くなった迷宮の魔素へ引かれていた可能性がある。
ー同じことが二度と起きないとは言えない。ー
「外へ狩りに行く前提だけでは駄目、ということですね」
エリシアは頷き、食料一覧へもう一度目を落とした。街へ買い出しへ行く方法もある。しかし、ここからまとまった食料を買える場所まで往復するには時間がかかるうえ、運搬手段も十分ではない。何より、移住してきたばかりの二十七人を継続して養うには、購入だけに頼るのは心許ない。
「困りましたね……」
『提案があります』
頭の中に響いたノアの声に、エリシアは顔を上げた。
「ノア?何でしょう?」
『ダンジョンを拡張したうえでダンジョンの存在を明かし、そこで魔物を狩って貰うのはどうでしょう?』
エリシアは一度黙った。
「……どういう風の吹き回しですか?」
バルトたちにはノアの声が聞こえないため、突然地下へ向かって話しかけ始めたように見えているだろう。だが今はそれどころではない。
「以前は、人間が地下へ入ることどころか修道院に入る自体をかなり警戒していたでしょう?」
『現在もコア周辺への侵入は推奨しません。ただ、彼らをここに住まわせることが決定した以上、その方が効率がいいと判断しました』
エリシアは少しだけ目を丸くした。
「効率がいいから?」
『二十七名分の食料を外部から購入し続けるより、領域内へ食料資源を生成した方が維持費を抑えられます。また、住民がダンジョン内部で活動し、生活をする中で魔力を消費すれば、その一部をDPとして回収できます』
「なるほど……」
『狩猟経験を積ませれば、外縁部の防衛能力向上も期待できます』
「随分たくさん理由を用意していますね」
『必要な説明です』
「それだけですか?」
相変わらず淡々とした声だった。ただ、少し前ののノアなら、そもそも人間を迷宮へ入れる案を自分から出しただろうか?
エリシアはそれを指摘しようとして、やめた。
「分かりました。信じます」
エリシアが苦笑すると、バルトが遠慮がちに尋ねてきた。
「あの……何か方法があるのですか?」
「あるかもしれません。ただ、皆さんに話していなかったことがあります。まずは、そのことについて説明させて下さい。」
ずっと隠し続けるつもりはなかった。この場所で一緒に暮らすと決めた以上、いずれ話さなければならないことなのだ。
「この修道院の地下に、ダンジョンがあります」
予想通り、全員が黙った。しかし、最初に反応したのはリナだった。
「……ダンジョン?そ、それは、”あの”ダンジョンですか?」
リナの手が無意識に弓へ近づいていく。
「それは、野生のダンジョンですか?」
「いえ、私が管理しています。黙っていてごめんなさい」
今度はバルトまで言葉を失った。
「・・・エリシアさんが?」
「正確には、ノアと契約して私が管理者になっています。ゴーレムやレッドキャップ、それにスライムたちも、元々はその迷宮で生まれた子たちです」
「ちょっと待ってください」
リナが額を押さえた。
「昨日から色々ありすぎて、どこから聞けばいいのか分からないんですが……あなた、公爵家の娘なんですよね?聖魔法を使えますよね?なのに魔物を従えていて、その上ダンジョンの管理者?」
「そうなります」
横でバルトが吹き出した。
「笑い事ではありません!」
「いや、すまん。リナがそこまで困った顔をするのは珍しくてな」
「それで、エリシアさん。そのダンジョンが食料にどう繋がるので?」
さすがに元村長だけあって、切り替えが早い。
「今の地下迷宮はまだ小さいのですが、今回の討伐でエネルギーが集まったおかげで拡張できます。そこへ食用にできる魔物を発生させれば、森へ出なくても狩りができます」
バルトが眉を上げた。
「魔物を……作れる?なるほど……」
理解したというより、受け入れることにした顔だった。
「危険はありませんか?」
慎重なユアンが尋ねるがエリシアは誤魔化さなかった。
「相手は魔物ですから、狩りをするなら怪我をする可能性があります。でも、森よりずっと管理しやすいはずです。どの魔物をどこへ置くかも、罠の場所もこちらで決められます」
「罠まで置くんですか?」
「それは……これからノアと相談します」
『・・・必要です。そこは絶対に譲れません』
「もう反対されていますね・・・罠は必要だそうです」
リナが僅かに口元を緩めた。
「私は賛成です」
「森へ出るなら罠を見抜けない方が危険です。安全な場所で経験できるなら、その方がいい。それにダンジョンにはコアというものがあるんですよね?それを破壊されるとまずいという噂もあります。最低限の防衛はできるようにするべきでしょう」
そこまで聞き、エリシアも腹を決めた。
「では、作ってみましょう!ダンジョンを!」
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