新たな門出
エリシアから「安全な場所まで送る」と言われたバルトの表情が変わる。
「ここから出ていけ、ということですか?」
「いえ!そういうわけではありません!」
エリシアは慌てて否定した。
「昨日は時間がなかったので、修道院の人員として皆さんを雇う形にしました。でも、今すぐ危険が迫っているわけではなくなりましたから、改めて選んでいただいた方がいいと思うのです」
「選ぶ?」
「はい。ここに残るか、別の場所へ行くかです」
バルトは黙っている。
「ここはまだ家も寝るところもありません。修道院だって直さなければいけませんし、食料も十分ではない。その上、魔物も暮らしています」
視線の先では、レッドキャップがトーマから木材の置き場所を指示されている。
「それでも残ってください、とこちらから頼むのは違うと思うのです。昨日は逃げる場所がなかったからここへ来ただけですもの」
「エリシアさん、俺たちは、城塞都市の門前で追い払われました」
バルトの声は穏やかだった。
「村がなくなって、怪我人もいて、子どももいた。それでも入れてもらえなかった。昨日ここへ来たときも、正直に言えば長居できるとは思っていませんでした。・・・一晩休めたら、それだけでもありがたいと思っていた」
そう言いながらバルトは作業している者たちを見る。
「でも、あなたは俺たちへ仕事をくれるって名目でここにいて良いって言ってくれた。」
「それは、人手が必要でしたから。本当に仕事をしてもらうつもりでしたよ」
「ええ。だから良かったんです」
エリシアには、その意味がすぐ分からなかった。
「仕事をくれたから良かった?」
「何もできずに守られているだけなら、また追い出されるんじゃないかと考えていたと思います。でも俺たちは昨日、この場所で働いた。柵を直して、石を運んで、矢を用意して、魔狼と戦った」
バルトは一度言葉を止めた。
「ここに残る理由を、ここを守りたいと思う理由を、自分たちでも作れた気がするんです」
エリシアは作業する人々へ目を向けた。誰かに命令されて動いている様子ではなく、昨夜使った道具を探し、足りないものを相談しながら、壊れた場所を直している。
「ですから、どうか俺たちを、ここで働かせてください」
「……皆さんも、そう思っているのですか?」
「俺一人で決めるつもりはありませんよ。朝、動ける者には聞きました」
「・・・それなら、残りたい者は残らせてください。他の街に行きたがる人を無理に引き留め内で下さいね。」
そう言うとエリシアは小さく息を吐いた。
「バルトさん、修道院はまだ見ての通りですから仕事はたくさんあります。これからもぜひ、よろしくお願いします。」
そのとき、小さな足音が近づいてくる。
「お姉ちゃん!」
ニナだった。母親も少し後ろから歩いてきている。昨日より顔色はずっと良くなっていた。
「ニナ。おはようございます!お母さんも元気になったのですね」
「マルタおばちゃんが、まだ走っちゃ駄目って」
ニナは素直に頷いてから、修道院の外庭を見回している。
「ここに住むの?」
「そのつもりだよ」
「今度のおうちは、なくならない?」
ニナは少し考えた後でぽつりと呟いた。それにエリシアは答えようとして、すぐには言葉が出なかった。
この子にとって「家」は、いつなくなるか分からないものになってしまったのだろう。
「絶対になくなりません、とまでは言えません」
ニナがエリシアを見る。
「私は神様ではありませんし、何が起こるか全部分かるわけでもありませんから。ただ、なくならないように努力はします」
エリシアはしゃがみ、ニナと同じ高さになる。
「昨日みたいなことがあったら、また皆で守りましょう!壊れたのなら、今日みたいに直しましょう!」
近くにいたレッドキャップが、話を聞いていたのか勢いよく手を上げた。
「ギャッ!」
ニナが笑った。
「守るって」
「どうやらそのようですね」
昨日までは、この修道院を自分が暮らす場所として直していたが今朝からは、少し意味が違うのかもしれない。
『不要な設備へのDP使用を検知する前から警戒します』
「まだ何も言っていませんよ?」
『管理者の思考傾向から予測しました』
バルトが不思議そうに尋ねる。
「はい。今後、皆さんが暮らす場所を作る相談をしていました」
『相談には同意していません』
ノアの悲痛な声を聞きながらエリシアは修道院の外へ目を向けた。
石壁の向こうには、まだ広い土地がある。正式な村を作る権限があるわけではない。今はあくまで修道院で働く者たちと、その家族が暮らすための場所だ。
それでも、家を建てることはできる。
「まずは、雨を凌げる家からですね」
「畑も作りたいですね!ここの土地はとても土がいいのですぐに軌道に乗りますよ!」
少し離れていたユアンが口を挟んだ。
「柵を先にしろ。昨日ので半分死んでるぞ」
トーマまで声を飛ばす。
「……皆さん、一度に言わないでください」
『必要DPを概算します』
「ノアまで始めないでください!」
朝の外庭に笑い声が広がった。
昨日まで誰も住みたがらないと言われた荒れた修道院で、もう次に何を作るかという話が始まっている。それなら、まず紙を用意して順番を決めなければいけない。
エリシアはそんなことを考えながら、自分も作業へ加わるため袖をまくった。
◇ ◇ ◇
同じ日の午後、城塞都市では辺境伯アルブレヒト・ヴァルケンのもとへ、一件の報告が届いていた。
「何だと?」
執務机の向こうで、アルブレヒトは書類から顔を上げた。報告に来た騎士が、もう一度内容を繰り返す。
「先日、城門前から退去させた避難民二十数名ですが、辺境の旧修道院へ到達した模様です」
「生きていたのか?」
「はい。さらに昨夜、周辺で大規模な魔狼の群れが確認されましたが――」
「ほう、魔狼にやられて避難民どもも全滅したか?」
騎士が僅かに言い淀む。
「魔狼側が壊滅しています」
アルブレヒトの手が止まった。
「誰が討伐した」
「詳細は不明です。ただ、旧修道院には現在、管理人として一人の若い女性が入っているとの情報があります」
「修道院の管理人?」
「エリシア・アルセインという名です」
その姓を聞き、アルブレヒトの眉が動いた。
「何?それは例のアルセイン公爵家の?」
「確認中ですが、同一人物であれば公爵家長女です」
「なぜそんな者が辺境の廃修道院にいる」
「・・・そこまではわかりません。ただ王家も関与しているとの噂が」
アルブレヒトは椅子へ深く座り直した。机の上には領内の収穫予測、税収、人員配置、街道警備の報告書が並んでいる。
その中へ、新しい数字が一つ増えた。
「避難民は何人だ」
「確認できた範囲では二十七名ほどです」
「全員、我が領の村民だな?」
アルブレヒトは指先で机を二度叩いた。
「ならば連れ戻せ」
騎士が少し顔を上げるが既にアルブレヒトは書類へ視線を戻していた。
「あれらは我が領の労働力なのだ。不当に他家の者が領民を召し抱えるなど言語道断だ。生きてたのなら、死ぬまで私に仕えてもらう」
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