王との戦い
「ここから先は、あなたの餌場ではありません」
エリシアがそう告げても、キングウルフはすぐには襲いかかってくることはなく、低く身体を沈めたままこちらを見ている。
その距離は十数歩ほどで間にいるのはエリシアと、片腕を失ったマグマゴーレムだけだった。
修道院の入口ではマルタたちが負傷者を中へ移していて先ほど狙われた少年もすでに運び込まれ、ニナを含む子どもたちも姿が見えない。
そこまで確認してから、エリシアはようやくキングウルフへ意識を戻した。
「ノア。あの子の状態は?」
『現在のマグマゴーレムは左腕完全欠損。胸部および右肩に大規模損傷。内部核は正常ですが、現在の状態で戦闘を継続した場合、個体消滅の可能性があります』
「消滅……」
エリシアが振り向くと、マグマゴーレムは残った右腕を地面について身体を支えていた。深く刻まれた亀裂の奥では赤い光が弱く脈打っている。
「もう戦わなくていいですよ。・・・あなたは十分守ってくれました。あとは私たちに任せてください」
ところがエリシアがキングウルフへ向き直ろうとすると、背後で石が擦れる音がした。
「……まだ立つのですか?」
残った腕を使い、マグマゴーレムがゆっくり身体を起こしている。
『当該個体の自己判断で戦闘の継続を望んでいます』
ノアの答えに、エリシアは一瞬だけ言葉を失った。
「無茶をするところまで覚えなくていいのですけれど……」
『エリシアの影響である可能性があります』
思わず言い返したところで、キングウルフが動いた。
『前方から来ます!ノアは補助を!』
エリシアは反射的に《聖壁》を張ると、光の障壁へ巨大な前脚が叩きつけられ、腕に強い衝撃が返ってくる。
「くっ……!」
ダイアウルフとは比べものにならない。障壁そのものは壊れていないのに、支えるエリシアの身体が後ろへ押された。
キングウルフは一撃で諦めず、地面へ降りた反動を使って横へ回り込む。
『右へ移動しています!』
聖壁の向きを変えるより何倍も速く、キングウルフの牙が脇腹へ迫ったため、エリシアは風属性を掌から横へ放つが相手を吹き飛ばすほどの威力はでない。
ー・・・ならば自分の身体を風で無理矢理にでも押しだして回避する!ー
「――っ!」
風に背中を押され、エリシアは横へ転がるように逃げるとキングウルフの牙が服の端を掠める。
「今のは……使い方として合っています?」
『風属性による自己加速としては粗雑ですが有効です』
起き上がろうとしたところへ、再びキングウルフが踏み込んでくる。
すると間に赤い影が飛び込んだ。
「ギャッ!」
一体のレッドキャップが火を纏った石を真正面から投げつけるとキングウルフは首を傾けただけで避けたが、その隙にもう一体が反対側から矢を放った。
風を纏った矢が頬を掠め、黒い毛を数本飛ばす。
「二人とも、近づきすぎないでください!」
「ギャ!」
「ギャギャ!」
だが下がる気はないらしく、援護の射撃が続くとキングウルフの注意が二体へ向いた。
「ノア、あの子たちを狙っています!狙われる前に下げてください!」
『命令は可能ですが――上手く翻弄できているようです!』
レッドキャップの一体がエリシアから距離を取り、もう一体も別方向へ走るとキングウルフがどちらを追うか迷ったように頭を動かしている。
彼らはただのゴブリンだった頃から二体は一緒に作業していたのだ。
戦い方を教えた覚えはないが・・・それでも二人なりに、どうすれば相手を困らせられるか考えているのだろう。
「ノア!私も合わせます。魔法の補助を!」
エリシアは地面へ手を向け魔素を放出するために身体に力を込める。
「ノア。土属性の制御をお願いします。あの子たちが走っている場所には影響を与えないようにキングウルフの周囲だけを攻撃します!」
土属性の魔素を流すとキングウルフの足元が僅かに沈んだ。すると足を取られたキングウルフが一瞬だけ止まり、その横をレッドキャップが駆け抜けた。
「ギャアッ!」
火を纏った矢が脇腹へ刺さる。しかしキングウルフが怒りのこもった唸りとともに身体を揺らすと、矢を身体ごと振り払った。
「効いてはいますが……」
『致命傷には程遠いです』
遠くから別の鳴き声が聞こえた。外壁の向こうでは、まだ黒牙魔狼とダイアウルフが残っていて、リナたちも戦っているはずだ。
「このキングウルフだけに時間をかけていられませんね」
『同意します』
キングウルフが低く吠えると、呼応する声が外から返ってくる。次いで、正面側で人の怒鳴り声が上がった。
「ダイアウルフが来るぞ!」
エリシアがそちらへ視線を向けかけが、ノアから檄が飛ぶ。
『見ないでください、現在の優先対象はキングウルフです!』
ノアに言われ、すぐ正面へ視線を戻すと、その直後に牙が《聖壁》へ食い込んだ。
「危なっ……!」
『今のは視線誘導の可能性があります。気をつけて下さい!』
「遠吠えまで使って?まさかそんな!」
『これほどの群れを統率して維持しているのです!知能も人間と同じかそれ以上にあると判断できます!』
エリシアは障壁越しにキングウルフを見る。
「・・・本当に嫌な相手ですね」
こちらが仲間を気にすることまで分かっているのかもしれない。ならばと外壁の向こうへ届くよう、エリシアは声を張った。
「リナさん!そちらは任せます!」
すぐには返事が来なかった。代わりに弓弦の音が二度響く。そのあとで、
「こっちは気にしなくても大丈夫です!その化け物を倒してください!」
とリナの声が返ってきた。
「お願いします!」
エリシアはそれだけ答え、目の前へ集中する。
すると雰囲気が変わったことを察知したのかキングウルフが再び距離を取った。これまでなら、そのまま別方向から攻撃してきた。
今回も奇襲を仕掛けているのだと思いエリシアは風属性の魔素を準備するがキングウルフは動かない。
「……?」
『警戒してください』
キングウルフの黒い巨体が一度だけ大きく息を吸い込む
「何を――」
ーヴウウウウウウウウウウ、ア゛オオオオッッッッッンー
とてつもない衝撃波を伴った吠え声が外庭を揺らした。
音そのものに魔力が乗っている遠吠えが、耳を塞ぐより先に全身を震動が抜け、エリシアの視界が一瞬揺れた。
「っ……!」
少し離れたところでは、二体のレッドキャップも耳を押さえるように頭を抱えていた。
『精神干渉を伴う咆哮を確認』
「そういうものまであるなら、先に……教えて下さいっ!!」
キングウルフが走り出す姿が視界の端に映るが、身体がまだ思うように動かない。
「《聖壁》!」
光の障壁は出る!しかし位置が上手く定まらない。
キングウルフは端へ身体をぶつけるようにして障壁をすり抜け、そのままエリシアへ前脚を振った。
ー避けきれないー
腕で顔を庇った瞬間、横から大きな衝撃が入った。
「……!」
恐る恐る目を開くとマグマゴーレムが残った右腕を横から差し込み、キングウルフの前脚を受け止めていた。
ひび割れていた腕がさらに砕ける。
「もう下がってもいいって言ったでしょう!」
ゴーレムは答えない。それどころか片腕しか残っていないのに、その一本でキングウルフを押し返そうとする。
『個体損傷率上昇!このままでは・・・』
即座にエリシアは水属性を集めた。ゴーレムまで巻き込むわけにはいかないため、低い位置だけを狙ってキングウルフの後脚へ水を叩きつける。
地面が濡れ、キングウルフの足が僅かに滑った。
「スライム!お願いします!」
呼ぶと、外庭の端で身を低くしていた透明なスライムが動き、キングウルフの後脚へ身体を伸ばしてそのまま足首へ絡みついた。
「グルルッ!」
不快感を表すようにキングウルフが脚を振る。
普通の相手ならそれでも拘束は外れないはずだった。しかし体格も力も桁違いなパワーで透明なスライムの身体が大きく伸ばされ、今にも引きちぎられそうになる。
『拘束維持可能時間、短。これ以上は持ちません!』
「それだけあれば十分です!」
エリシアはキングウルフの前へ踏み込んだ。
聖属性では攻撃効率が悪い、火属性なら傷を与えられるが、今の自分では威力を制御しきれない。
ーならば、当て方を考えるー
「ノア。キングウルフの足元を崩して下さい!」
土属性の魔素を流すとキングウルフの左側の地面だけが沈んだ。透明なスライムに右後脚を取られた状態で地面が傾き、巨体が大きく揺れる。
「今です!目と足下を狙って下さい!」
声が響くと同時に二体のレッドキャップが同時に動いた。一体が火を纏わせた矢を顔の前へ放ち、キングウルフが反射的に目を閉じる。
もう一体は逆側から石を投げると風を受けた石は矢より速く飛び、前脚の関節へ当たった。
完全に倒れはしないが、それでも姿勢は崩れた。
そこへマグマゴーレムが残った腕を伸ばすとキングウルフの首元へ腕を回し、そのまま体重をかけた。
『拘束を確認』
赤い亀裂から熱が漏れ、キングウルフの毛が焦げていく。それを嫌がるように獣が暴れるたび、マグマゴーレムの身体から石片が落ちた。
「みんなが作ってくれたチャンス!一度で決めます」
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