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狼の王

「エリシアさん!」


 リナの声が飛ぶ。


「森を見てください!」


 エリシアは顔を上げると先ほどまで次々と襲いかかってきていた魔狼が、急に動きを止めている。侵入していた個体まで一度距離を取り、森側へ顔を向けていた。


「退く……のか?」


「違います、ダイヤウルフなんて比にならないぐらいやばい奴が・・・来ます!」

 リナが矢をつがえたまま答えると、低い遠吠えが森から響いた。黒牙魔狼たちが一斉に姿勢を低くする。


 少し離れた場所にいたダイアウルフまで、鳴き声へ応じるように頭を下げた。


 エリシアはその光景を見て、背中に冷たいものを感じた。


「ダイアウルフまで?」


 リナの声にも余裕がなかった。


「普通、上位種はここまで素直に従順の姿勢を見せることなんてないはずです!」


『大型生命反応を確認』


「・・・またダイアウルフですか?」


『いいえ』


 ノアの返答と同時に、木々の間から一頭の魔狼が姿を現した。先ほどのダイアウルフより、さらに大きい。


 周囲の黒牙魔狼が道を空け、数頭のダイアウルフまでその後ろへつく。


「ノア……あれは?」


『個体解析を開始』


 その巨大な魔狼は森から出たところで止まり、修道院を睨みつけた。


 他の個体のように目の前の獲物へ安易に飛びつこうとせず、石壁、誘導路、マグマゴーレム、猟師たちの位置を順番に確かめている。


 しばらくして表示が出た。


《キングウルフ》


《群統率型上位個体》


「キングウルフ……」


『黒牙魔狼だけでなく、複数のダイアウルフへの統率行動を確認しています』


「・・・そんな魔物が、村を襲っていたのですか?」


 リナが首を横へ振った。


「分かりません。村では、逃げるので精一杯でした。あんなのが後ろにいたなんて……」


 キングウルフが低く唸ると直後、群れが二つに分かれる。


「来ます!」


 正面へ黒牙魔狼が集まり、マグマゴーレムとレッドキャップたちへ一斉に襲いかかった。


 一方で、二頭のダイアウルフが右側へ走る。


「右を狙っています!」


「トーマさん、石壁を!」


 防衛側が対応しようとした瞬間、さらに別の群れが左へ回った。


「今度は左!?」


『複数方向への同時攻撃です。しかし先ほどまでの攻撃行動とは練度が格段に違います。』


 先ほどまでと明らかに違う。それぞれの魔狼が勝手に獲物へ飛びついているのではなく、こちらのされたくないことを的確についてくる。


 エリシアが右へ土壁を作れば、左へ黒牙魔狼が突撃し、リナたちが左を射れば、今度は正面のダイアウルフがマグマゴーレムへ突進する。


「こいつら……!」


 リナが歯を食いしばる。


「私たちの防衛位置を少しずつずらしてる!」


 エリシアもようやく気づいた。


「ノア。あの個体、罠の位置まで見えているのでしょうか」


『断定できません。ただし、配下を複数方向へ進ませることで防衛反応を確認している可能性があります』


「試されている?それは、嬉しくない相手ですね……!」


 右側の土壁へダイアウルフが体当たりする。


 エリシアは崩れた部分を土属性で補強した。


「エリシアさん、右腕!」


 リナに言われ、自分の腕から血が流れていることに気づいた。


 いつ傷ついたのか分からないが


「これくらいなら放っておいても――」


「駄目です!」


 マルタの声が修道院の入口から飛んできた。


「治療する人間が自分の傷を放っておいてどうするんです!」


 エリシアは一瞬だけ迷った後に《治癒》を使い傷を塞いだが、その僅かな時間にも、キングウルフは動きを見ている。


 嫌な感じがした。


「ノア。キングウルフが見ている方向を追えますか?」


『もちろん、可能です。三秒待って下さい。』


「お願いします。できるだけ____」


 ー急いで下さいーといいかかけた瞬間に、ノアの声が返ってくる。


『修道院正面、右側防衛線、左外壁、再び正面――忙しなく視線が動き続けています。まるで、何かを探しているような・・・』


 そこでノアの言葉が止まった。


「・・・どうしました?」


『対象の視線が外庭奥へ移動し、視線が固定されました』


「奥?」


 エリシアも振り返るとそこには戦えない者たちを移した修道院がある。入口付近ではマルタが負傷者を診ており、その近くに子どもたちも集められていた。


「っっ!まさか……!」


 森から、王の短い遠吠えが響き、黒牙魔狼が一斉に正面へ飛び込む。


「来るぞ!」


 トーマが叫ぶとマグマゴーレムが二頭を同時に受け止め、レッドキャップたちも火を纏った矢を次々と放つ。


 リナたちの意識も正面へ向いた。


「違います!みなさん!今、王はどこにいるかの確認をっっ!」


 そう叫びながらエリシアは森を見ると、既にキングウルフがいなくなっていた。


「ノア!」


『左外縁に高速移動反応!』


 キングウルフは配下が正面へ集中した隙に大きく迂回して、壊れかけていた外壁へ向かって走っている。


 その進撃を食い止めるためにエリシアが土壁を作ろうとするが間に合わない。


 キングウルフは速度を落とさず石壁へ踏み切り、一度だけ足をかけると、そのまま高く跳んだ。


「嘘でしょう……!」


 巨体が外壁を越える。


 着地した場所は外庭の端で、エリシアとキングウルフの間にはかなりの距離があった。獣は一瞬だけエリシアを見た後、そのまま顔を修道院へ向けるとそこにいたのは、マルタと負傷者たちだった。


「全員、中へ!」


 エリシアが叫ぶと一斉に人々が動く。


 そしてそれを咎めるようにキングウルフも動いた。


 ー誰より足が速いー


 マルタが子どもを一人抱き上げ、別の女性がニナの手を引く。だが、怪我をしている少年が一人、立ち上がろうとして転んだ。


「待って!」


 エリシアは走るが到底、間に合わない。死力を尽くし走るエリシアを嘲笑うかのようにキングウルフが少年へ飛びかかる。


 ー終わったーそう思った瞬間、キングウルフと少年の間へ、赤く光る巨体が滑り込んだ。


「ゴーレム!」


 正面を守っていたはずのマグマゴーレムだった。


 いつ移動したのか分からないし、命令もしていない。しかし確かにゴーレムは両腕を広げ、少年を庇うように立っている。


 そこへキングウルフの爪が胸へ叩き込まれた。


 鈍い破砕音が外庭へ響き、強化された黒い石の身体へ亀裂が走り、内部の赤い光が大きく揺れた。


「――っ!」


 攻撃が有効だと思ったのかすぐさま二撃目が放たれるとマグマゴーレムの肩が砕け、片腕が地面へ落ちる。


 それでもゴーレムは退かなかった。


 残った腕でキングウルフの身体を押し返し、少年との間から離そうとする。


「マルタさん、その子を!」


「分かっています!さあ、グズグズしてないで行くよ!っ逃げるんだ!」


 マルタが少年を引きずるようにして修道院へ運ぶとエリシアは二人と入れ替わるように前へ出た。


「ゴーレム、もういいです。下がってください」


 身体の半分近くを砕かれているが、それでもゴーレムは動こうとした。


「大丈夫です。あとは私がやります」


 その声が届いたのか、ゴーレムの巨体が僅かに止まる。


 その様子を見て警戒したのかキングウルフはすぐには襲ってこなかった。その目は自らの前へ立ったエリシアを見ている。


 後ろには、傷ついたマグマゴーレム、少し離れた場所では二体のレッドキャップが、こちらへ駆けつけようとしていた。


ー私が守らなければならないー


 エリシアは両手へ魔力を集めた。


 土

 水

 風

 火

 そして、ずっと学んできた聖属性。


 聖魔法以外はまだ満足に使えない。それでも使わなければ、後ろにいる者たちが襲われる。


「ノア、今度は、壊さないように手伝ってくださいね」


『可能な限り補助します』


「ありがとうございます」


 言葉をかけ終えるとキングウルフが牙を剥く。低い唸り声に応じるように、外壁の向こうから魔狼たちの声が重なった。


 エリシアはその群れの主から目を逸らさなかった。


「ここから先は、あなたの餌場ではありません。どうかお帰り下さい。」


 最後の忠告を無視するようにキングウルフが身体を沈める。


 エリシアも一歩前へ出た。


 修道院を巡る戦いは、まだ終わっていなかった。

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それではまた次回!

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