全属性持ち令嬢の本領
三頭目の黒牙魔狼が壊れた柵を越えたとき、エリシアの視界にはノアが表示した防衛情報が広がっていた。
正面の誘導路では、リナたち猟師とゴーレムがまだ群れを抑えている。問題は自分が吹き飛ばしてしまった左側の柵だ。そこには落とし穴も粘着床もなく、修道院の外庭までほとんど一直線に入れてしまう。
「ノア、土属性を流します。壊れた場所を塞いでください!」
『幅を指定してください』
「魔狼が通れなければ十分です。高くしすぎるとこちらも外が見えません」
エリシアは膝をつき、地面へ手を当てた。
ー先ほど火属性を使ったときのように、一気に流し込んではいけないー
必要な量だけをノアへ渡す。
土が盛り上がり、吹き飛んだ柵の隙間へ向かって伸び始めた。だが、すでに侵入している三頭までは止められない。
「一頭、そっちへ行ったぞ!」
トーマの声が響き、黒牙魔狼が人々の間を抜け、修道院の入口へ向かっていた。
足場から降りていたゴブリンの一体が石を投げると魔狼の頭へは当たらなかったものの、前脚のすぐ脇へ落ちたため進路が僅かに変わった。
そこへバルトたちが運んでいた木材をトーマが横から突き出す。
「こっちには行かせんぞ!」
魔狼は木材へ牙を立てたが、近くにいた男たちも加わり、三人がかりで押し返す。
「そのまま離れないでください!」
エリシアは掌を前へ向けた。
ー火は危険すぎる・・・今度は水だー
先ほどの戦いで何度か使い、少なくとも火属性よりは加減が分かっている。
「前へ……狭く!」
水が地面すれすれを走り、魔狼の前脚へ当たって足元をさらうとトーマたちが押し返した力も重なり、黒い巨体が横倒しになった。
「今です!」
リナの矢が飛んできた。
倒れた魔狼の首元へ深く突き刺さる。
「次が来ます!」
息をつく時間はなかった。柵を塞ぐ土壁はまだ腰ほどの高さしかない。その向こうで、新しい黒い影が飛び込もうとしている。
エリシアがさらに土属性を流そうとすると、急に熱風が頬を撫でた。
「熱い……?」
『先ほどの火属性攻撃による残留炎です』
振り返ると、吹き飛んだ柵の木材へ火が移っていた。
乾いた木へ炎が広がり始め、その先には修道院へ運び込む予定だった資材が積まれている。
『水属性を推奨します』
「それは私でも分かります!」
水を出そうとしたところで、炎に煽られた煙が外庭へ流れてきた。
「げほっ……!」
近くにいた男が咳き込む。このまま水を大量に出せば、足元まで泥になってしまう。
「ノア、私は風属性も使えますよね?」
『適性はSSですが、使用経験がないため、出力には注意してください』
「火のときにも先に言ってくださいませ!」
エリシアは煙の流れを見る。
大きな風はいらない、視界を良くするために煙を押し戻すだけでいい。
「少しだけ……向こうへ」
風属性の魔素を意識した途端、身体の中で火とも水とも違う軽い感覚が広がった。
掌を横へ振ると豪風が生まれ、煙を外へ押し返した。
「できた……!」
喜んだ直後、積まれていた布までばさばさと舞い上がる。
「嬢ちゃん、布が飛ぶ!」
「すみません! 拾わなくていいです、今はそのままで!」
煙の流れが変わったことで炎の位置が見えやすくなり、エリシアは今度こそ水を絞って放った。
燃えている木材だけを濡らす。
一度では消えず、もう一度、三度目でようやく火が収まった。
『鎮火を確認しました』
「最初から水だけより、少しは上手くできましたよね?」
『結果としては。しかし、風属性の魔法が一番あなたの気風に合っているかもしれませんね。』
そんな一声にエリシアが喜色に溢れた顔を上げると、正面の防衛線で大きな音がした。見るとゴーレムが一頭の黒牙魔狼を殴り飛ばしたところへ、別の個体が横から飛びついている。
さらにその後ろ。
先ほど倒したものと同じ、大型の魔狼が二頭並んで現れた。
「ダイアウルフ!まだ、別の個体がいたなんて!」
リナの声が外庭へ響く。
一頭だけでもここまで戦場を荒らした相手だ。
それが二頭。
しかも今度は、その後ろにもさらに大きな影が見えていた。エリシアがそちらへ意識を向けるより先に、ゴーレムが二頭の黒牙魔狼に同時に取りつかれた。
片方を腕で振り払っても、もう片方が脚へ噛みつく。
「ゴーレムを助けないと……!」
『・・・土属性魔素による個体強化が可能です。本体構成と属性が一致しています。効率は高いです』
エリシアはゴーレムの背へ向かって手を掲げた。
「少し多めに流します。受け取ってください」
土属性の魔素をノアを通して送り込む。灰色だった石の身体が僅かに膨らみ、欠けていた部分が埋まっていった。
腕は太くなり、脚も一回り大きくなる。
『強化を確認』
「これなら――」
ゴーレムが腕を振ると黒牙魔狼が一頭吹き飛んだ。ところが、続いて突進してきたダイアウルフを受け止めた瞬間、ゴーレムの足が地面を大きく滑った。
「押されています!」
『耐久性は上昇していますが、土属性単体では質量および硬度の強化が主体です』
「戦う力そのものは、あまり上がっていないということですか?」
ダイアウルフが再び突進する。ゴーレムは耐えているが、押し返せない。
ー硬くなっただけでは足りないのだー
エリシアの頭に、先ほど自分が放った炎が浮かんだ。
「ノア。土の中へ火属性を混ぜたらどうなります?」
『は?いや、失礼しました。回答としては不明です。』
「危険はあるのでしょうか?」
『あります』
答えは迷いがない。
『慣れない属性魔素に身体が耐えきれずに自壊する可能性は高いです』
エリシアはゴーレムを見た。ダイアウルフの牙が肩へ食い込み、既に石が砕け始めている。
「……やります。ゴーレム、少し熱くなりますよ!」
返事はない。
それでもゴーレムはエリシアからの魔素を静かに待つようにダイアウルフを掴んだまま離さなかった。 エリシアは土属性を維持しながら、慎重に火属性の魔素を混ぜる。
先ほどのように外へ撃ち出すのではない。
土の中へ
石の奥へ
ほんの少しずつ熱を流す。
『属性混合を確認。内部温度上昇。・・・これは、』
ゴーレムの身体に赤い筋が走った。
最初は一つ、しかしそれが胸から肩、両腕へ広がっていく。
「これ、大丈夫なのでしょうか?」
『進化反応を検知しました』
赤い光が一気にゴーレムを包み、石の表面が黒く変わり、その亀裂の奥では赤橙色の光が脈打っていた。
押し合っていたダイアウルフが熱に耐えかねたように身体を離した直後、エリシアの視界へ表示が浮かんだ。
《個体進化を確認》
《ゴーレム》
↓
《マグマゴーレム》
「マグマ……」
『土属性を基盤に、高濃度火属性魔素が定着しています』
マグマゴーレムが大きく一歩踏み出した。
先ほどまでより動きが速く、振り下ろされた拳がダイアウルフの胴へ入り、巨大な身体が横へ吹き飛んだ。
地面へ転がった魔狼の毛から煙が上がる。
『火属性による追加損傷を確認』
「土だけより、ずっと戦えますね」
『はい。今回の個体は建築・運搬による経験に加え、継続的な防衛行動を行っています。進化条件が一定以上整っていたと推定します』
サンクチュアリフェアリーのときとは違い、単純に大量の魔力を押し込んだから進化したわけではない。
ここで暮らし、働き、戦った経験があり、その上へ属性が加わった。
「……では」
エリシアは足場の方を見た。二体のゴブリンが必死に矢と石を投げているがダイアウルフにはほとんど効いていない。
一体が放った矢は毛皮に弾かれ、もう一体の石も頭を僅かに逸らしただけだった。
「二人も、今までここで働いてきましたよね。属性を渡せば、進化する可能性はありますか?」
『存在します。ただし、進化先の完全な指定はできません』
エリシアは二体へ声をかけた。
「こちらへ来られますか!」
ゴブリンたちは顔を見合わせたあと、足場から飛び降りて走ってくる。
「少しだけ、力を貸してください。今より強くなるかもしれないのです。ただ、もしかしたら身体がおかしくなってしまうかもしれません。」
「ギャ?」
「嫌ならしなくて大丈夫ですが・・・」
一体がエリシアの手を見る。そしてもう一体と何か話すように声を交わしたあと、二人揃って手を差し出してきた。
「……分かりました」
エリシアは片方ずつ手を取った。
「ノア。火属性だけだと、さっきの私みたいになりそうです。風の属性を混ぜましょう。火を大きくするのではなく、動きを速くするような感じで」
『理論上、風属性は火属性との相性が良好です。ただ、現状行っていることは、前例がないのでなんとも言えません。』
右手から火
左手から風
それぞれを別々に出すのではなく、少しずつ混ぜていく。火が暴れようとするたび、風を細く流して向きを整える。
「こんな感じでしょうか?」
『混合状態、安定』
「二人とも、いきますよ」
混ぜた魔素を一体ずつへ渡すとゴブリンたちの身体が同時に震える。
「大丈夫ですか?」
「ギャッ!」
力強い返事に呼応するように次第に身体を包む光が赤く染まり、その周囲を小さな風が回り始めた。
『進化反応を確認しました』
《個体進化を確認》
《ゴブリン1》
↓
《レッドキャップ1》
《個体進化を確認》
《ゴブリン2》
↓
《レッドキャップ2》
光が消えると二体の体格は以前より僅かに大きくなり、細かった腕にも筋肉がついている。何より目についたのは、頭部に現れた深い赤色の頭巾だった。
「……お揃いですね」
「ギャ!」
「ギャギャ!」
『戦闘能力の上昇を確認。火・風属性への適性が定着しています』
「無事で良かったです」
安心していると、一体のレッドキャップがすぐ弓を拾い、もう一体も石を掴む。
「もう戻るのですか?」
二体とも当然のように頷いた。
「……無理はしないでくださいね」
返事を待つより早く、一体が矢を放った。矢の周囲に小さな風が巻きつき、その先端へ炎が灯る。先ほどまで弾かれていた矢が、ダイアウルフの肩へ深く突き刺さった。
「グルァッ!」
「効いています!」
もう一体が投げた石も風に乗って速度を増し、途中から赤く熱を帯びた。
ダイアウルフの額へ直撃し、巨体が大きくよろめく。
「……進化って、こんなに変わるのですね」
『通常、短期間で三個体も進化することはありません』
「私の魔素が原因ですか?」
『それも、もちろん大きな要因です。ただし今回は、個体側の経験および戦闘行動も進化条件へ含まれています。サンクチュアリフェアリーの事例とは異なり、より戦闘に特化して進化しています。』
「なるほど、運が良かった、ということですね!」
何でも魔力を大量に流せば進化できるという話ではないらしい。今はそれだけ分かれば十分だった。少なくとも戦況が言い方向に転んでいくことがわかったのなら。
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