魔狼の主?
「……本当に戦えてる」
近くにいたバルトが呟いた。
「まだ安心するには早いですよ、バルトさん。」
「分かっています。ただ……」
言葉を続けようとしたバルトが、森の方を見て黙った。その様子をエリシアもすぐ気づく。
ー明らかに地面の振動が違うー
これまで走ってきた魔狼より、一歩ごとの重さが明らかに大きい。
『大型個体を確認』
「黒牙魔狼だけではないのですか?」
『類似個体ですが、魔力量および体格が大幅に上回っています』
そして、月に照らされながらその巨体が姿を現した。
森の奥から姿を見せた獣を見て、リナの顔色が明らかに変わる。
「ダイアウルフ……!」
「ご存じなのですか?」
「黒牙魔狼の上位種です。まさか、村を襲った奴らの中にこんな化け物はいなかったぞ!」
現れた魔狼は、これまでの個体より頭一つ以上大きかった。
黒に近い灰色の毛に太い四肢。誘導路の前で一度足を止めたかと思うと、他の魔狼たちが罠へ追い込まれている様子を見ている。
『・・・恐らく警戒しています』
「なら、矢で――」
言い終わるよりも速くリナを含めた三人がほぼ同時に矢を放った。
ダイアウルフは矢が風を切る音を聞き取ったのか一歩横へずれる。そのせいで一本は外れ、一本は肩を掠めただけだった。そして最後の一本が脇腹へ刺さる。
だが、獣はほとんど怯まなかった。
「か、硬い……!矢がまともに刺さっていないなんて・・・!」
次の矢をつがえるより早く、ダイアウルフが走り出す。誘導路へは入らずに石壁の横へ回り、そのまま勢いをつけた。
「まさか――」
リナが声を上げる。
「飛び越える気ですか!?」
ダイアウルフの巨体が地面から離れ、人間の頭ほどの高さまで積んだ石壁を、ほとんど触れずに越えていく。
「そんな!」
『防衛線、突破されました。』
着地した先は柵の外側であり、そこから修道院までは遮るものが少ない。ゴーレムは正面の魔狼を受け止めており、すぐには移動できない。
「リナさんたちはそのまま正面を頼みます!」
「一人で行く気ですか!」
エリシアは返事を待たず走った。
ダイアウルフは柵を回り込み、傷んでいた部分へ体当たりすると補強した木材が大きく軋んだ。
二度目の突進では柵の一本が外れる。
「止まりなさい!」
当然、言葉が通じる相手ではなく、エリシアの声を無視してダイアウルフは柵の隙間へ前脚を入れ、そのまま押し広げようとした。
エリシアは両手を前へ向ける。
「《聖壁》!」
柵の内側から光の障壁が現れ、ダイアウルフの頭がぶつかり、巨体が一度後ろへ下がる。
「これなら――」
続けて障壁を前へ押し出そうとする。
だが獣はすぐに横へ跳び、障壁の端を回った。
「速い……!」
『左です』
振り向いたときには、ダイアウルフが別の柵へ爪をかけていた。
ーこのままでは中へ入られるー
エリシアは聖属性の魔力を集め、光を一点へ収束させた。
攻撃用の聖術は、治癒や結界ほど得意ではない。それでも王都で訓練した経験はある。
「そこから離れてください!」
放った聖光がダイアウルフの胴へ当たり、光が弾け、獣の身体が一歩よろめく。仕留めたと思ったが、光が消えるとダイアウルフは再び顔を上げた。
毛が焦げたように白くなっているだけで、致命傷には程遠い。
「効いていない?」
ダイアウルフが低く唸る。
今の攻撃で標的をエリシアへ変えたらしく、身体を低く沈め飛びかかる姿勢を取った。
『火属性を使用してください』
エリシアは耳を疑った。
「使えませんよ!火属性なんて!」
『適性はSSなのです。撃てば何とかなります』
「今火魔法なんて火力の高い魔法が暴発すれば他の皆さんにまで被害が!」
『火属性魔素の生成はすでに成功していますし、高度な術式は不要です』
「不要と言われても――」
『前方へ放出してください。形状制御はこちらで補助します』
話している間にも、ダイアウルフは待ってくれない。後ろには修道院があり、中にはマルタと負傷者たち、ニナや他の子どももいる。
「……分かりました!」
エリシアは両手を前へ出した。
ー火属性ー
昨日、炉を生成するときに流した感覚を思い出す。熱を恐れることなく、身体の中に湧き上がるものを前へ。
『出力を抑えてください。通常個体基準の三割程度から――。・・・そうその調子!』
そこまで聞いたところでダイアウルフが跳んだ。
「間に合いません!」
『今です!』
言葉に応えるようにエリシアは魔力を放った。
掌の先で赤い光が生まれるような小さな火球を想像していた。少なくとも、エリシア自身はそのつもりだったが・・・
『・・・出力過剰です。』
ノアの無情な返事と同時に炎が膨れ上がった。人の頭ほどだった火球は、一瞬でエリシアの身体より大きくなる。
「ノア、これ止められます!?」
『すでに放出されているので無理です。』
しかし、過剰な魔力を得て通常ではあり得ないほどに膨れ上がった巨大な炎は、暴発することなく真正面からダイアウルフへぶつかった。
轟音と熱風が外庭を走る。
ダイアウルフの身体は炎に包まれ、そのまま後方へ吹き飛ばされ、石壁へ激突し、崩れた石の中へ倒れ込む。
『大型個体、生命反応消失』
「倒した……?」
エリシアは自分の両手を見た。
「……火属性、すごいですね」
『喜ぶのは後を推奨します』
答えは聞くまでもなかった。見ると火球が通過した横では、補強したばかりの柵が大きく吹き飛んでいた。
「あ……」
炎そのものは外へ抜けている。だが木材が数本折れ、地面へ散らばっていた。魔狼を入れないために作った防衛線へ、人一人どころか獣が何頭も通れるほどの穴が開いている。
「私が壊したのですか?」
『はい』
森側から遠吠えが上がった。まるで、敵の根城を破壊するための千載一遇の穴を見つけ歓喜の声を上げたような声だった。
「左の柵が開いてる!」
トーマの怒鳴り声が響く。
「石を持ってこい! 急げ!」
ゴーレムが正面から離れようとするが、その前にはまだ黒牙魔狼がいる。猟師たちも誘導路側へ配置したままだ。
「エリシアさん!」
リナが叫ぶ。
「そっちへ行きます!」
「正面を空けないでください!」
「でも――」
森の中から黒い影が次々と現れた。誘導路には向かわずに炎と破壊音でできた新しい道を見つけ、数頭が真っ直ぐ壊れた柵へ走ってくる。
「ノア、塞げますか?」
『即時修復には土属性魔素が必要です』
「なら――」
エリシアが地面へ手を伸ばしたところで、一頭目が柵の穴から飛び込んだ。
続いて二頭目
スライムが止めようと身体を広げたが、今度は誘導路のように準備した地面ではない。魔狼は少し足を滑らせただけで、そのまま外庭へ入ってくる。
「下がって!」
ゴブリンの一体が足場から飛び降りる。
トーマが持っていた木材を横へ構え、近くにいた男たちも武器を取った。
さらに森から影が増える。
『侵入個体数、増加』
「分かっています!」
先ほどまで機能していた誘導路も罠も、ここにはない。自分で開けてしまった穴から魔狼が入ってくる。
エリシアは火を放った自分の手を一度だけ見たあと、すぐに外庭へ視線を戻した。
「っノア!今使える防衛機能を全部表示してください!もう、出し惜しみはなしです。バレてしまった時は・・・その時はその時です!」
『了解しました』
視界へ迷宮の情報が広がる。その向こうでは三頭目の魔狼が柵を越え、修道院側へ走り始めていた。
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