役割分担と防衛準備
「リナは猟師です。俺たちの中では森を見るのが一番上手い。トーマは大工と石工をやっていました。農家も多いですし、マルタはご覧の通りです」
マルタは立ち上がり、負傷者の方へ目を向けた。
「動けない人たちは私が見ます。手が空いたら、食事の準備や矢の整理くらいはできますよ」
「ありがとうございます」
役割が決まり始めると、さっきまで不安そうに森を見ていた人々も動き出した。
まずリナと、弓を扱える猟師が修道院の外へ出る。リナは僅かに口元を動かすと、もう一人の猟師を連れて森沿いへ向かった。
次に大柄な男がエリシアのところへ来る。
「トーマ・ベルクです。大工も石工もやります。あの柵を見る限り、直す場所は山ほどありますな」
トーマは外庭を見渡したあと、ゴーレムへ目を止めた。
「……ところで、あの石の奴も使えるんですか?」
その言葉に反応するようにゴーレムがゆっくり顔を向けるとトーマは僅かに身構えたものの、興味深そうにその姿を観察する。
「言葉は簡単なものなら分かりますよ」
「本当ですか?おい、そこの大きいの。この石をあっちへ運べるか?」
トーマがゴーレムへ向かって手招きすると、ゴーレムは積まれていた石を一つ持ち上げ、指された位置へ運んだ。
「……便利だな」
「その言い方、本人の前でしない方がいいかもしれませんよ」
トーマはゴーレムとエリシアを交互に見た。
「……まあ、今は仕事ができるなら何でもいいか」
完全に納得したわけではなさそうだったが、そのまま柵の確認へ向かった。他の農民たちには、外庭と周囲の地面を見てもらうことにした。
その中にいた若い青年が、門の少し手前で土を手に取っている。
「何か分かりますか?」
声をかけると、青年は慌てて立ち上がった。
「す、すみません。勝手に触って」
「土くらい触って構いませんよ。あなたの名前は?」
「ユアン・ロシュです。畑をやっていました。あのこの土なら土塁を作りやすいと思います」
先ほどまでの気弱そうな様子とは違い、土の話になると少しだけ声がはっきりした。
「どうしてです?」
「地面が少し高くなっています。こっちを削って向こうへ盛れば、少ない土でも段差が作れます。雨が降ったら水が流れるので、掘る場所は選ばないといけませんけど」
「なるほど……」
エリシアは地面を見たが、言われなければ高低差には気づかなかっただろう。
「ノア。この地形、使えますか?」
『有効です。外縁領域へ含めれば、土属性魔素を利用して短時間で加工できます』
「ではそうしましょう」
エリシアは修道院の門前から森へ続く範囲を見渡した。
「ノア。外縁領域を広げます。どこまでなら無理なく維持できます?」
『現在のDP量であれば、防衛予定地を含めた拡張が可能です。ただし、領域を広げるほど維持負荷も増加します』
「必要なところだけで構いません。修道院を囲むように、森との境まで」
『土属性魔素を補助素材として要求します』
エリシアが地面へ手を触れると、身体の中から土属性の魔素を引き出した。以前よりは扱いに慣れたとはいえ、自分で魔法として完成させるのはまだ難しい。
だからノアへ渡す。
地面の奥へ魔力が広がり、修道院の周囲へゆっくり染み込んでいく感覚があった。
『外縁領域を更新します』
エリシアの視界へ、周辺の簡単な地形が浮かび、どこに人がいるのか、どこまでが領域内なのか、先ほどまでは修道院の石壁近くまでだった範囲がその外側へ広がっていく。
「ここなら落とし穴を作れますね!ここは道を狭くすることも?」
『石壁と土塁を併用すれば可能です。』
「全部塞ぐのではなく、魔狼が通りやすい場所を残しましょう」
隣で聞いていたユアンが驚いた顔をした。
「通り道を残すんですか?」
「はい。どこから来るか分からないより、来てほしいところを作った方が守りやすいでしょう?」
『合理的です』
防衛準備はそこから一気に進んだ。
トーマが傷んでいた柵を確認し、直すべき場所を指示する。その横ではゴーレムが太い木材と石を運び、最初こそ距離を取っていた村人たちも、危害を加えないと分かると一緒に作業を始めた。
二体のゴブリンも加わったが、こちらはまだ警戒する者が多かった。
「そっちへ置いて」
「ギャ」
ゴブリンが矢束を運ぶと、弓を使える男が一瞬手を止める。
「……そこへ置いてくれ」
「ギャ!」
「言葉、分かるんだな……」
離れたところで見ていたエリシアは、特に間へ入らなかった。
ー今すぐ仲良くする必要はない。ー
一緒に作業できるなら、それで十分だった。
動けない者たちは外庭の奥で食事を用意し、使える矢を選別している。マルタは怪我人を診ながら、休まず動こうとする者を片っ端から座らせていた。
「エリシアさんももう一度休んで下さい」
そう言われて渡された水を飲みながら、エリシアは作業の進む外庭を眺めた。数時間前まで、ここにいたのは自分とノア、それに生成した魔物たちだけだった。
今は二十七人がいる。
彼らは守られるだけで座っているのではなく、それぞれ自分のできることを探して動いている。
「思っていたより、早いですね」
エリシアが呟くと、近くにいたバルトが振り返った。
「昨日まで、ここまで人が増えるなんて思っていませんでした」
バルトが少し笑う。
「それでも仕事があるなら、俺は助かります」
エリシアはその言葉にすぐ返事ができなかった。父が自分を遠ざけるために与えた権限で、村を失った者たちへ仕事を作っている。
妙な話だ。
『エリシア』
ノアの声が入り、エリシアは顔を上げた。
『外縁領域北側の罠が作動しました』
「・・・もう来たのですか?」
立ち上がろうとすると、バルトもすぐ動いた。
「リナを呼びます」
「お願いします。そして、戦えない方は外庭の奥へ入ってください!」
声をかけると、人々が一斉に動くとエリシアは門まで走り、北側に作った誘導路へ向かった。
途中で合流したリナが前へ出る。
「私が先に見ます。エリシアさんは、私より前には出ないで下さいね。」
二人で石壁の陰から覗くと落とし穴の中で、黒い獣が暴れていた。
大型犬より一回り大きく、全身を覆う黒い毛の間から牙が覗いている。前脚を穴の縁へかけようとするたび、土が崩れる。
「黒牙魔狼です」
リナの声が低くなる。
「村を襲った奴と同じです」
「一頭だけですか?」
『その認識は正しくありません』
会話にノアが割り込んでくる。
「どういうことです?」
『当該個体の行動を解析。群れの本隊ではなく、先行して周囲を確認する個体と推定します』
「・・・偵察ということですか?」
リナが森の奥を見ると
「やっぱり追ってきた……」
穴の中の魔狼がこちらへ気づき、激しく牙を鳴らすとその声へ応えるような遠吠えが、森のさらに奥から返ってきた。
遠くで重なる声を聞き、リナの顔が険しくなる。
「エリシアさん。急いだ方がいいです」
『同意します』
ノアの声とほぼ同時に、視界へ新しい反応がいくつも現れた。
外縁領域のさらに向こう。まだ直接捉えられない場所から、森の鳥たちが次々と飛び立っていく。
「本隊はどのくらいでここに到着しますか?」
『移動速度を再計算します』
エリシアは返答を待ちながら、修道院を振り返った。
柵はまだ半分しか補強できておらず、落とし穴も予定していた数には足りないし、矢の準備も途中だ。 それでも、そこでは人間とゴブリンが一緒に木材を運び、ゴーレムが石を積んでいる。
逃げる時間がないなら、ここを守れる形にするしかない。
『推定結果が出ました』
「お願いします」
『群れの本隊は、今夜、ここへ到達します』
エリシアは西の空を見た。
すでに陽は木々の向こうへ沈みかけている。
「……思っていたより早いですね」
隣でリナが弓を握り直す。
「皆さんに伝えます。できるところまで準備しましょう」
用意できる時間は、あと僅かしか残されていなかった。
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