刺客を寄越したのは・・・
戦闘が終わっても、地下の空気はすぐには元へ戻らなかった。
床には割れた武器や血が残り、罠として使った石床も何ヶ所か形を崩している。壁際では欠けた右腕を抱えるようにゴーレムが座り、その近くで二体のゴブリンが傷ついたスライムを心配そうに覗き込んでいた。
敵がいなくなったからといって、先ほどまでの出来事までなくなるわけではないらしい。
エリシアは隊長の外套から落ちた黒い札を手にしたまま、まず住人たちのところへ戻った。
「ゴーレムの腕は直せますか?」
『可能です。欠損部分の大半が領域内に残っていますので、再生成より修復の方が安価です』
「お願いします。スライムは?」
『核に損傷はありません。サンクチュアリフェアリーによる浄化と自然回復で十分です』
エリシアが水色のスライムへ手を伸ばすと、まだ形の戻りきっていない身体が指先へ寄ってきた。
「怖かったでしょう。ごめんなさい」
『謝罪の必要性が不明です』
少し離れたところでは、腕を斬られたゴブリンがもう片方のゴブリンへ何かを伝えるように身振りをしていた。治療そのものは終わっているが、何度も傷のあった場所を触っている。
「痛みますか?」
エリシアが近づくと、ゴブリンは慌てて首を振った。
「無理をしなくて大丈夫ですよ。今日はもう仕事はお休みにしましょう」
すると二体とも顔を見合わせ、一体が修道院の上を指さした。
「外壁ですか?まさか続けるつもりなのですか?」
今度は二体揃って頷いた。
「……元気なのは分かりました。でも今日は駄目です。私も休みますから、一緒に休みましょう」
そこまで言うとようやく納得したらしく、木槌を床へ置いたゴブリンたちを見て、エリシアも少しだけ肩の力を抜いた。
『敵性個体の確認を先に行うことを推奨します。生命反応はありませんが、所持品から情報を取得できる可能性があります』
「そうですね。後回しにしてしまいましたが・・・何か情報が得られるといいのですが」
気が進む作業ではなかった。
だが、自分を殺しに来た者たちが誰だったのか、何を持っていたのかを確かめずに処理する方が、後になって困るだろう。
エリシアは立ち上がると、倒れている者たちを一人ずつ確認していった。
武器は剣、短剣、弓と統一性はなく着ているものは擦り切れ、いかにも盗賊らしく見えるよう揃えられている。
ところが細かく見れば、違和感はすぐに見つかった。
「この剣……ずいぶん手入れされていますね」
『刃の摩耗状態から、日常的に整備されていたと推測します』
「盗賊だから武器を手入れしないとは言いませんが、八人全員が同じ程度に整えているのは少し妙です」
革鎧にも同じことが言えた。
外側は意図的に汚されているのに、留め具や革紐は傷んでいない。野盗に見せかけただけだという隊長の言葉を、装備そのものが裏付けていた。
エリシアは次に、隊長の外套から落ちた黒い札を改めて調べた。
薄い金属板の中央に、小さな印が刻まれている。
「ノア、これ自体に魔力は?」
『ありません。一般的な金属です』
「でしたら、身分証のようなものでしょうか」
『用途は特定できません』
裏返すと端に小さな切れ込みが三つあり、それぞれ位置が違っていた。
ー単なる飾りには見えないー
他の刺客を調べると、同じ印を刻んだ小さな金属片がもう一つ見つかった。こちらは形が少し違い、切れ込みも一つしかない。
「同じ組織の印というより、仲介に使う符丁でしょうか」
『推測の域を出ませんが・・・』
「ええ。これだけで決めるつもりはありません」
金属片は残すことにして、次へ移る。副長の荷物からは、小さく折られた紙が出てきた。濡れて文字が滲んでいるうえ、固有名は書かれていない。
それでも読める部分はあった。
『辺境修道院』
『若い女一名』
『生存確認不要』
『書面・私物を含め処分』
エリシアは最後の一文を二度読んだ。
「私物まで?」
『彼らは侵入した時点で、地下礼拝堂の位置も把握していました。恐らく何かしらのスキルを使用していたとは考えられますが・・・それにしても精度が異常と言わざるを得ませんでした。』
「ええ。それに私を殺すだけなら、わざわざ持ち物まで処分する必要はありません」
見つかって困るものがある。あるいは、自分がここにいた痕跡そのものを消したい。
そこまで考えたところで、隊長が戦闘中に口にした言葉が自然に思い出された。
『姉が生きてる限り安心できない女が王都にいる』
王都にいる、自分の妹。そしてエリシアが生きていることで、自分の立場が揺らぐと考える理由のある者・・・
「……ミレイユ」
口に出した名前を聞いても、不思議なくらい驚きはなかった。
『妹君が依頼者であると判断しますか?』
「少なくとも、この件に関わっている可能性は極めて高いと思います」
『確定ではありません。』
「分かっています。でも、王都にいて、私を姉と呼べる女性はミレイユだけです。それに、この方々は公爵家から私が辺境へ送られたことだけでなく、修道院の場所まで知っていました」
エリシアは手の中の紙を折り直した。
「もちろん、誰を通して依頼したのか、ミレイユ本人がどこまで指示したのかまでは分かりません。そこまで想像で決めてはいけませんね」
妹に婚約者を奪われたと分かったとき、もう家族として以前のように接することはできないと思った。それでも、自分が王都を去れば終わるのだと思っていた。
自分からミレイユの生活を邪魔する気はなかったし、レオンハルトを取り戻そうとも思わなかった。
実際、こちらへ来てからは修道院と迷宮のことばかり考えている。
「私、王都へ戻るつもりなんて本当にないのですけれどね」
思わず笑ってしまった。
自分でも場違いだと思ったが、少しだけ気持ちが楽になった。
『では、妹君への対応は?』
エリシアは少し考えた。
王都へ戻って問い詰める、父や母へ訴える、レオンハルトへ陳述書を送ると様々な考えが浮かんだがどれも今の自分には現実的ではなかったし、何より、そこへ時間を使いたいとは思えなかった。
「・・・今すぐ何かするつもりはありません」
『あなたの殺害を試みた可能性が高い相手ですが。恐らく今後も同様の手口で命を狙ってくる可能性があります。』
「でも、私はここを離れて王都に行くことはできませんし、そもそも離れたいとも思っていません」
足元では透明なスライムが、戦闘で汚れた床を少しずつ綺麗にし始めている。休みなさいと言ったはずなのだが、この個体にとっては清掃が落ち着く行動なのかもしれない。
「今、私がやることはこの場所を直して、次に誰かが来ても守れるようにすることです」
『復讐は優先しない、と』
「はい。もしまた襲ってくるのであれば、そのときはまた迎え撃ちます・・・」
そこで一度言葉を切り、倒れている刺客たちを見た。
「ここでただ静かに暮らそうとする者を殺そうとする方は、私たちの敵です」
『あなたの定めた敵であれば殺害を許可する、という認識で構いませんか?』
「・・・ええ、必要なら。」
ノアへ向き直る。
「昨日までの私は、そこを曖昧にしていたのだと思います。”帰ってくださるならこちらからも必要以上に追い立てない”と言う考えは今も同じです。でも、帰る機会を与えても住人へ剣を向ける方を、こちらが怪我をするまで見逃す理由はありません」
『理解しました。従来より判断基準が明確です』
エリシアはそう言ってから、刺客たちの装備をまとめた。金属札、指示書、特徴のある武器や小物は証拠として残す。
それ以外については、処理をノアへ任せることにした。
「確認できるものは取りました。残りはお願いします」
『生命および残留魔力をDPへ変換します。遺体そのものも資源還元しますか?』
以前、肉や野菜まで生物由来の資源として扱えると聞いたことを思い出す。
「……残しても、埋葬できる場所を作らなければなりませんよね」
『はい』
「変な話ですが、彼らが私を殺しに来たことと、死体を粗末に扱いたいかどうかは別です」
『資源還元は粗末な扱いに該当しますか?』
エリシアは困ったように遺体を見た。
「少なくとも、私には少し抵抗があります。でも、この場所で八人分の墓を作って管理するのも現実的ではありません」
『DPへ変換すれば、迷宮の修復と防衛に利用できますよ』
「その言い方をされると、さらに複雑な気持ちになりますね」
『・・・事実です』
しばらく考えてから、エリシアは頷いた。
「お願いします。ただし、今後も人をDPにするために殺すことはありません。そこは混同しないでください」
『・・・』
ノアが処理を始めると、地下の床に淡い光が広がった。
刺客たちの身体から残っていた魔力が少しずつ抜け、迷宮そのものへ吸い込まれていく。続いて遺体も光の粒へ変わり、最後には血痕まで含めて何も残らなかった。
そして目の前に表示されたDPは、それまでとは比べものにならないほど増えている。
「……こんなに」
『人間八名分です。戦闘中に使用された魔力も一部すでに蓄積されています。残りも順次DPに変換するのであと5%ほどDPが増える見込みです。』
「嬉しくはない報告ですね」
『DP増加は迷宮にとって最大の利益ですよ?』
「ノアにとってはそうでしょうね」
『エリシアにとっては違うのですか?』
「DPが増えたことは助かります。でも、八人が死んだから増えた数字を見て喜ぶのは無理です」
『・・・非効率な感情です』
エリシアは表示を閉じた。
「でも、その非効率な人間と契約してしまったのですから諦めてください」
数秒ほど返事がなかった。
『契約解除は推奨しません』
「……分かりました。これからもよろしくお願いします」
『了解しました』
ノアとのやり取りがほんの少しだけ、以前より会話らしくなった気がした。
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